3章 積み上げられる虚構

第10話

 連れてこられたのは、大きな屋敷の応接室。

 そこで待つように言われてから、数分、リアムは落ち着かない様子で、周囲を見渡していた。


「少しは落ち着きなさいよ」

「落ち着けるわけないだろ」


 明らかに学校より、高そうなものが並んでいて、今座っているソファも、今までの人生で座ったことのない弾力をしている。

 王族からすれば、気にすることもないかもしれないが、平民からすれば、この部屋の何かひとつでも壊したら、人生が変わりかねない。


「というか、なんで俺まで通されたんだよ……」


 ここに来るまでの馬車の中で、ブルーベルと会ってからのことは、話し終えている。

 これ以上、リアムから何か伝えられるようなことはない。


皇女わたしが、”約束した”って言ったのよ? あの程度の情報提供だけの関係だと、思うわけないでしょ」

「……は!?」


 してやったりという表情で、とんでもないことを口にしたブルーベルに、ついリアムも声が漏れる。


「は、ハメたのか!?」

「人聞き悪いわね。そもそも、約束はそっちが先でしょ。嘘だったわけ?」


 ブルーベルだって理解している。

 あの時、リアムと約束した、クレアの事件を調べるという言葉が嘘ではないことは。


「う、嘘ではないけど……さっきのことも、あのメイドさんが来てくれなかったら、俺も君も死んでた」


 自分なんかがいても、何の意味もない。

 ズナーティオという貴族が、どういった貴族かはわからないが、少なくとも、自分以上にブルーベルを守る力は持っている。


「ズナーティオ家は、”貴族警察”。”国王の犬”って言われてるの」


 その言葉が、決して良い意味で使われいないことは、なんとなく想像がついた。


「でも、君は、王族だろ。一番信用できる人ってことじゃないの?」

「王族って言っても、継承権は持ってないし、現国王の味方よ。私の味方じゃない」


 それでも、今一番、頼れる存在であることに違いはない。


「クレアは、アルグディアンの人間だから、さすがにズナーティオが調査に動いてたみたい」

「じゃあ、これから事件のことも、公になるんじゃない?」


 派閥や権力闘争で、闇に葬り去られたクレアの死だが、”貴族警察”とも呼ばれる存在が動いているなら、事件が明るみになって、犯人だって見つかるかもしれない。


「そうとも言えないわよ。国にとって不利益なら、国王だって隠蔽するわ。今は、それすら、わからないから調べてるだけ」

「でも……」


 うつむきがちに吐き捨てるブルーベルに、リアムも言葉を飲み込んだ。


 貴族の闇なんて、自分にはわからない。だから、少し楽観視してしまうところはあるが、先程襲われたことだって、その一端なのだろう。

 そう考えれば、人ひとりの死の隠蔽など、ありえてしまうかも。と、少しだけ思ってしまった。


「オゥオゥオゥ! 随分な物言いじゃァネェーーか! チンチクリンのガキンチョがァよォ?」


 突然聞こえてきた声に、リアムとブルーベルは、驚いたように周りを見渡すが、誰もいない。


 だが、自分たちの背後に控えるように、確かにいた膝程度の身長にずんぐりとした体形。特徴的な金属製の大きな口を携えたその人は、大股でブルーベルに近づいてくる。


「まるで、ズナーティオがろくでもない連中みたいな言い方をして…………全くもってその通りだ!」

「……は?」


 てっきり怒られるのかと思ったが、その人は突然肯定しては、ブルーベル側のソファのひじ掛けに飛び乗れば、実に楽しそうに笑っていた。


「まともな奴がいない! まともなのといえば、このナッツ様くらいなものだ!」

「……そう。今すぐに、別の使用人を呼んでいただけるかしら?」

「特技は、クルミを割って、ローストすることだ! どうだ? 食うか?」


 その特徴的な口で、殻のついたクルミを砕くと、そのまま口に入れて、すぐに香ってきた香ばしいクルミの香り。


「ほらよ!」


 開いた口から取り出したクルミは、確かにローストされている。

 目の前で起こったありえない行動の処理が追い付かないまま、そのクルミを手に乗せられたブルーベルは、何も言わずに、そのクルミをリアムへ渡した。


「クルミは好みじゃねェってか? ハァ~~~~……これだから、お偉いさんってやつは……」

「失礼。他人から出された食べ物は、必ず毒見が必要なもので。特に、そのような奇怪な作り方をされますと、警戒せざるおえませんわ」


 つまり、毒見をしろと?


 リアムは、口にこそしなかったが、手に乗ったまだ熱のあるクルミを、引きつった表情で見下ろした。

 丁寧な口調こそしているが、ブルーベルの言葉には、明らかに棘がある。

 もちろん、目の前であんな作り方をされて、喜んで食べる人の方が少ないだろう。


「…………」

「……食べなくていいわよ」


 食べるべきなのか。

 クルミと睨み合いながら、リアムが葛藤していると、小声で囁かれた。


「なんだァ? ひとつじゃ足りねェってか? 食べ盛りの子供ってのは、仕方がねェーなァ!」

「結構です。お気持ちだけいただいておきます」


 またつなぎのポケットから、くるみを取り出すナッツに、はっきりとブルーベルが断るが、話を聞いていないのか、ナッツはその殻付きのクルミを口に放り込んだ。


「……なにこいつ。本当に」

「俺が言うことじゃないけど、マナーとかはいいの?」

「コイツ、相手に必要?」

「礼儀とマナーは大事だよなァ! よくわかってるじゃねェか! 追加でやろうか?」

「いらないです」

「それ食べてていいから、こっちの会話に入ってこないでくれる?」


 先程までの丁寧な態度で対応するのすら、この数分で嫌になったのか、ブルーベルは、終始ナッツを睨むように刺々しい言葉を返している。


「というか、貴方はズナーティオの人間? ズナーティオは、礼節を弁えてる方が多い印象だったんだけど……」

「オレ様以上に、ズナーティオがいるかァ? いないだろォ?」

「あー無理。本当に、何コイツ」

「ダメだなァ。チンチクリン。でも、優しいオレ様は、答えてやる。オレは、ナッツ様だ! 覚えたか? ナッツ様!」


 自分を指さしながら答えるナッツに、ブルーベルは、頬を引きつらせていた。

 リアムも、こればかりは、小さく息を吐き出すことしかできなかった。


「ナッツ。お前はまず、ブルーベル様のお名前を覚えろ。あと、礼儀もだ」


 ナッツを窘めながら、応接室に入ってきた狼の獣人のような男は、ひじ掛けに腰掛けていたナッツの襟を掴むと、地面に下した。


「うちの者が大変失礼致しました。ズナーティオ家当主、ヴォルフ・ズナーティオでございます」


 そうヴォルフは挨拶をすると、獣人とは思えないほど美しいお辞儀をするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る