第3話

 中庭を覗き込みながら、周囲の人影を確認する。

 いつもなら、まだ日も暮れていないこの時間なら、人がいそうなものだが、先日の事件のせいで、他の人も訪れにくいのだろうか。


 しかし、今の俺たちにとっては、都合がいい。


「大丈夫ですよ!」


 小声で、そう呼べば、第二皇女は、何か言いたげな表情で、小走りにやってきた。


「たぶん、ここが現場です」


 担架が運ばれていた時、この辺りで掃除をしている生徒たちがいた。

 おそらく、ここでその、アルグディアン先輩が殺されたのだろう。


「とはいえ、やっぱり、掃除されてますね」


 第二皇女がどうしてもというから、連れてきたが、既に掃除もされて、数日経ってしまっている。

 証拠を探すにも、それはおそらく正式な組織が回収して、調査しているはずだ。素人の自分たちで、何か見つけられるとは思えない。


「調査なんて、されてないわよ」

「え……」

「クレアの死は、なかったことにされた」

「そんな……さすがに、そんなことは……」


 人が一人死んでいるんだ。スラムに住んでいる人でもないし、まして上級貴族だ。死をなかったことにされるなんて、ないはずだ。


「…………」


 でも、その睨むような第二皇女の目に、つい否定しそうになる言葉は飲み込む。


「探すって言っても、何を探すんですか?」

「……証拠よ」

「犯人の、ですよね……?」

「そう! 決定的な、そういうの!」


 なんて無茶な注文だ。

 先程までの格好といい、この無鉄砲な行動といい、この子、相当やんちゃなのかもしれない。

 今は、生徒が使う運動着に着替えてもらってはいるが、それでも、王族なら、見る人が見ればバレてしまいそうだ。

 なにより、先程の倉庫に、脱いだ服をそのまま置いているから、それも見つかったら、その時点で騒ぎになる。


 そうなったら、自分なんて、簡単に首が飛ぶ。

 教師に連絡こそしていないが、護衛みたいなものだから、退学ぐらいで済ませてくれないだろうか。

 少なくとも、家族には、被害を広がらないようにしてほしいところだ。


「ねぇ、詳しい話は聞いてないの? 言い争う声とか、そういうの」

「さぁ……俺が見たのは、あくまで担架だけで……」


 正直、あの担架で運ばれていたのが、誰であったのかも、彼女から聞いたばかりだ。


 少しでも、彼女の気が済むように、あの光景を思い出すが、先輩の男子生徒が数名と、掃除をしていたであろう生徒が数名いたくらいだ。


「あ、そうだ。その時に掃除してた人に、知り合いがいますよ」


 その掃除をしていた中の一人。

 それが、クラスメイトだったはずだ。


「その人なら、もう少し知ってるかも」


 少なくとも、掃除をしていたくらいだから、多少事件について聞いているだろう。

 しかし、俺の提案に、彼女は少しだけ微妙な表情をしていた。


「それ、あっち側の人間ってことじゃないの?」

「え……? あっち側?」

「…………派閥の話! 本当に、貴方、そういうこと、ひとつも知らないのね!」

「す、すみません……」


 貴族の派閥の話は、騎士学校にいる限り、聞いたことはある。

 複数人いる皇子たちの誰についているか、なんていうのは、平民の俺でもわかりやすい派閥のひとつだ。

 誰が、どの派閥かまでは知らないが。


「でも、話を聞かないことには、わからないですよ! 俺が、ただの野次馬みたいに、話を聞くとかなら、何とかなるんじゃ……」


 このまま、ここで見つからない証拠を探してても、進展はない。

 その、死んだ人のことが大切なら、可能性がある方に賭けるべきではないか。


 そう伝えれば、彼女は、おずおずといった様子で、小さく頷いてくれた。


「――あ、あの日のこと……?」


 第二皇女には隠れてもらってて、クラスメイトである、ハンス・クラインに話を聞けば、ハンスは、ひどい青い顔をした。


「アルグディアン先輩だったんだろ?」

「! ど、どうしてそれを……」

「いや、だって、噂になってたし……」


 さすがに、生徒の人がいなくなってるのだから、彼女に近い人たちは知っているはずだ。

 学年が違う自分たちにまでは、情報が回ってきてはいないが、そこは噂で押し切れるだろう。


「有名な先輩だったし、何があったのかなって」

「…………」


 世間話でもするように聞くが、ハンスはただ青い顔をして、顔を逸らすばかり。


「ハンス? 大丈夫か? 顔色悪いぞ……」

「ご、ごめん……なんて、いうか、その……死体とか、苦手で……思い出したくも、なくて……」

「ご、ごめん! 無理はしなくていいから」


 口ではそういうが、気になるのは、隠れてもらっている第二皇女の方。

 これでは、結局わからなかったと、激昂するかもしれない。できることなら、少しでも情報が欲しいところだ。


「そんなにひどかったのか……? 刺客が入ったって話だろ?」

「あ、えっと……そうだね……そう……」


 ハンスは、確かに物静かなタイプではあったが、ここまで歯切れの悪いタイプではなかったはずだ。

 明らかに、何かを隠している、というより怖がっている様子だ。


「大丈夫か? えーっと、アレだよ。その刺客が、捕まったとか、そういう話、聞いてないかっていうことを聞きたくて」


 努めて明るく、自分に関わりがあるような顔で、そう問いかければ、ハンスはまた視線を泳がせている。


「ごめん……! わかんない。というか、本当に、僕はこれ以上、話せることないから……」


 早々に話を切り上げようとするハンスに、慌てて手を伸ばせば、振り払われた。


「やめてくれよ! 頼むから……! 僕だって、これ以上、関わりたくないんだ……!!」


 ハンスは、そう言い残すと、俺が呼び止める声を無視して、一目散に走って行ってしまった。

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