碧鐘の護り手 ~ 白き守護者の死の謎を追え ~

廿楽 亜久

1章 侵入者は第二皇女様?

第1話

 黒い担架が運ばれていた。


 それを見つめる人々は、ひどく恐ろしいものでも見るように、その担架が運ばれていくのを見送っていた。


「助かったよ! リアム。前の演習で歪んでから、全然フィットしないで、ズレるのなんの」


 頼まれていた兜のへこみを直して、友人へ渡せば、嬉しそうに被っては、頷いている。


「あくまで俺ができるのは、応急処置ぐらいだからな。ちゃんと修理には出せよ」

「わかっちゃいるんだけどさ、俺たちみたいな下級貴族は、ほいほい修理に出せないんだよ」


 この王立騎士学校に入学しているほとんどは、貴族階級の人間だ。

 俺みたいに、平民で入学するなら、何かしらの武術大会で評価を受けなければならない。


 俺は、地元で開催されていた、武術大会で準優勝したことで、この王立騎士学校へ入学への権利は得た。

 だが、立派な鎧もなければ、買う金もない。


「お前だって、基本、借りてるんだろ?」


 修理に出せない下級貴族の彼らも大変だが、俺なんて、学校で使用する、ほとんどの物を、学校からの貸し出しに頼っている。

 まさに、平民のそれである。


「ただの鍛冶屋が、剣も鎧も持ってるわけないだろ。鍬なら、いっぱいあるけどな」


 慣れたように、定番の冗談を口にすれば、彼らも楽し気に笑う。


 実際、俺が剣を持つようになったのなんて、ここ数ヶ月の話だ。

 その前から、祖父に時々、戦いについて教わったことはあったが、野生動物やモンスターを撃退するためのものだ。

 武術大会だって、力試しだと、気楽に参加したはずだった。もっと大きな大会だったら、準優勝なんてこともなかっただろう。


「そういえば、さっき、黒い担架が運ばれてたけど、あれって――」


 あれは何だったのかと、詳しいであろう貴族の友人たちへ問いかければ、全員がひどく暗い表情をしていた。

 担架だから、半ば予想はついていたが、大きくは外していなさそうだ。


「死んだ人を運ぶ担架だよ」


 生きているなら、人の上に布は被せない。

 もし、黒い布が被せられていたのなら、それは死体を運んでいる場合だ。


「まぁ、貴族が多いし、刺客が返り討ちにあって……ってことも、あるんだけどな」

「そうなんだ……」


 日常的ではないとはいえ、特別ということでもないらしい。

 平民で、田舎から出てきた俺には、少し理解できないが、彼らの言葉を証明するように、それから数日経った今でも、あの黒い担架についての話題は上がらない。


 見かけただけとはいえ、見てしまった故に、話題にならないのには、少し違和感を感じてしまう。

 この学校に、侵入者がいたということも、死人が出たということも、まるで無かったかのように扱われる。


「やっぱ、田舎で鍛冶屋やってる方が、性に合ってるって……」


 王立騎士学校は、騎士団に入るための訓練が主であることに違いはないが、そのためには、教養も必要であり、一般的な学校とは、授業のレベルが違う。

 そもそも学校に行くことだって、平民からすれば、わりと珍しい方に入る。


 だからこそ、家族は、入学の権利がもらえたなら、通ってこいと送り出してくれた。

 中退してもいいから。と言われたのは、少し、納得がいかないが。


「さて、これ、倉庫に戻しに行かないとなぁ……」


 今日の訓練に使っていた、学校から借りた防具や木刀を抱え、倉庫に向かう。

 生徒のほとんどが貴族で、鎧などは持参しているため、自分のように、借りる生徒は少ない。

 そのため、必然的に、その倉庫は、使い勝手の悪い敷地の隅に置かれている。


 防具なども、手入れこそされているが、生徒に授業の一環として、手入れをさせていることもあり、雑なものも混じっていて、いい物は選んで、こっそり確保しておく必要がある。

 とはいえ、使う人が少なくて、ほとんど専用と化している防具を、いつもの場所に戻せば、倉庫の奥から物音。


「…………」


 いつもなら、ネズミだろうと気にも留めないが、頭に過ったのは、あの黒い担架。


 妙な緊張感が漂う中、振り返るが、そこには暗闇だけが広がっている。

 入口までは、遠くない。一直線に走れば、おそらく逃げられる。


 だが、もし本当に侵入者だったら?

 死人がまた出るかもしれない。


「…………」


 きっとネズミだ。そうだ。ネズミが、なにか物を倒したのかもしれない。

 それを確認するだけだ。


 そう思い、念のため、本物の剣を手にしながら、ゆっくりと倉庫の奥に足を進める。


「――――」


 そこにいたのは、一人の少女だった。


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