学年一かわいい枦木姉妹は推しヒロインに選ばれたい!
ぱん
-プロローグ-
男なら誰しも抱く夢がある。
それは、手も届かないような美少女に言い寄られること。
「ねぇ……お願い」
後ろ手に閉められた教室。
少しだけ開いた窓から吹き込む風になびく白の斜光カーテン。
差し込む橙色の斜陽の影で赤らむ頬に顎を引き、上目遣いにしな垂れかかる温もり。
柔らかく細い指先に手を握られ、その言いよどみを見せる小さな唇からこぼれる吐息は、焦りなのか、緊張なのか……――
異性といえば母親としか繋いだことのない手を握られてしまえば、男友達のように意識してこなかった女子でさえ、「あれ、俺のこと好き?」と勘違いする思春期男子は今日日、その考えから進歩することはなかった。
視線を一瞬外し、また見上げてくる学園のアイドルが、垂れた横髪を耳にかける。
「ダメ……かな?」
え、好き。
「す――いや、大丈夫……だけど」
好きな性癖第一位で迫られたから、告白するところだった。
ちなみに第二位は「ふと目があったときに笑って小さく手を振ってくれるけど友達に話しかけられたらすぐ何事もなかったように話しはじめる数回話した程度の美少女とのたった数秒の昼休みシーン」だけど、そんな子と関わる恵まれた人生は送ってこなかった。
しかし今、第一位がそこにいる。
学校にいる間は、なぜかそこかしこで出会い頭、好意がありそうなリアクションでバットを掠めさせられてきた。
くしくもツーストライク、ツーアウトの九回裏。相手が優勢で次はないこの回で勝ち星を手にするには、逆転の一打を打つ他なかったのに。
――それなのに今、後方で弾けたミットの音が試合終了を告げたのだ。
思い返せば、人気のない教室に誘い込まれた時点で終わっていたのかもしれない。
『完全下校一〇分前となりました。生徒の皆さんは速やかに――』
ぎゅっと押しつけられる、はち切れそうなサマーセーターの膨らみ。
途端に下校を促す校内放送は右から左に流れ、俺は天井の穴を数えようとして算数すらできなくなるほど下腹部に血が集まるのを感じた。
――ああ、そうか。
彼女は、本気なんだ。
「大晴くんなら、わかるよね……?」
「俺、なら……?」
小さく頷く彼女は、ゆっくりと背伸びする。
何をするんだろう。
そんな野暮なことを考えられる頭はすでになかった。
俺は何も知らない、わからないような男ではないのだ。齢一七にして、インターネットで簡単にご禁制品に触れてきた世代だ、緩みそうになる頬を引き締めるなんて簡単だし、どう対応するかなんてマスターした独り遊びで熟知している。
何より、
「バラされたくなかったら……わかってくれる、よね……?」
目の前に差し込まれるスマートフォン。
映り込む青い鳥のタイムラインに並ぶ、見覚えのある愛の囁き。
傍目から見たら気持ちの悪い、同士からすれば賛美歌に過ぎない黒歴史。
――それは、あるアイドルオタの鍵アカウント。
「ね? ――『オタぬき』、さん?」
ゆっくりと、好きだった笑顔に影が差す。
「あたしのこと、好き、だよね?」
――何より、俺は、
これが告白ではなく脅迫だと知っているからこそ、この夢に呑まれるわけにはいかなかった。
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