棋聖の孫、江戸に立つ ～盤上の記憶譚～

第５話 タイムスリップしてる？

「……小僧」

静かな声が、空間を支配した。

押さえつけられていた俺の体から、武士たちの手が離れる。

声の主は、奥の段に座っていた男。

切れ長の目に、穏やかだけど鋭い眼光。

それでいて、どこか面白がっているような笑み。

煌びやかな着物に身を包んだその姿は、明らかにただ者ではない。

この男が一言発しただけで、空気が張り詰めた。

「お前……この状況でも、盤から目を離さぬのか」

言われて、ようやく自分でも気づく。

今にも刀で斬られそうなのに――

俺は、盤面のことが気になって仕方なかった。

「まさか……この局面、次の一手が見えておるのか？」

蓮は答えようか迷ったが、

「……はい」

気づけば、声が出ていた。

男の目が細くなる。

「ほう、面白い。申してみよ」

盤を再度見つめた瞬間、ある一点が――光った。

「……△５六角打です」

静寂。

対局者の一人、厳しい顔つきの老人が、眉をひそめ、もう一人、穏やかな笑みを浮かべた中年の男が、ほんのわずかに口角を上げた。

「宗歩」

奥の男が、その微笑んだ中年の対局者に声をかけた。

「その小僧が申した手、いかに見る？」

宗歩？そうほ？

その名前を聞いたとき、俺の心臓がバクンと跳ねた。

今、なんて言った？

"そうほ"――

そういえば、さっき武士が"御城将棋の舞台"って――

ってことは、この将棋は御城将棋？

将軍の御前で、選ばれた最高峰の実力者が対局を見せるっていう――

ってことはやっぱり奥の男は将軍で、目の前のこの人は――天野宗歩？

将棋をしばらく離れていた俺でも、もちろん知っている。

江戸時代最強と謳われた、伝説の棋士。

あまりの強さに"棋聖"と呼ばれ――

おじいちゃんがが持っていた将棋のタイトルである"棋聖"の由来となった人物。

宗歩は将軍の問いに、何も言わず静かに頷いた。

その頷きは、俺の指し手を肯定することを意味していた。

「はっはっは！そうか！」

将軍が愉快そうに笑う。

「面白い。実に面白いぞ、小僧」

……俺は、ようやく状況を理解し始めてた。

ここは撮影現場じゃない。

まさか――俺、江戸時代にタイムスリップしてる？？？