第21話 送別会


「それって意味なくない?」

 ぽつりと漏らした言葉に手が止まる。聞き逃すことなどできなかった。

「ど、どうして」

 良い気分が吹き飛び、酔いが一気に醒める。問いただす声が掠れていた。


「誰がやっても一緒だろ。別にお前がやる必要ないじゃん」

 ジョッキを煽り、残っていた酒を飲み干す。ハンスの顔は真っ赤に染まっており、かなりの酔いが回っていた。

 和やかだった空気は吹き飛び、緊張という糸が張られていく。他の者も会話を止め、こちらの様子を窺っていた。

 彼らとは冒険者ギルドへ登録したときに知り合った仲間だ。お互いに新人同士ということもあり、交流を深めていた。いつか名を揚げてやると語りあったりもしたものだ。


「いきなりいなくなったと思ったら、これかよ。何考えてんだ」

 半ば勢いで辞めてしまったので、ろくな挨拶もできなかった。

 ようやく落ち着いたので、こうして送別会を開いてくれたのだ。あまり時間は経っていないはずなのに、随分と久しぶりな感覚がする。それだけ慌ただしく過ごしていたのだろう。

「回復薬なんてどこで買っても同じだろ。品揃えとか言うけどさ、味なんて我慢すりゃどれでもいいわけだし」

 先日のことを話したのだが、返ってきた感想がこれだった。

 ハンスに悪意などない。酔いに任せてはいるが、心から思っていることだろう。何故ならこの仕事をやるまで、ラキ自身も思っていたことだからだ。


「で、でも皆で運ぶから商品が並ぶんだよ」

「その店になければ、他のところで買えばいいだけじゃん」

 小さな街ならともかく、ここなら道具屋はいくらでもあった。回復薬など露店でも手に入るくらいだ。

「同じような会社だってあるんだろ。わざわざ冒険者を辞めてまでやることかよ」

 仮に花丸運送が間に合わなくても、流通が止まることはない。商品を運ぶ業者は他にもあるからだ。


「ちょっとあんた!」

 周りの者が止めようとするが、ハンスの口は止まらない。むしろますますムキになっていく。


「せっかくセラフィムナイツが頑張ってんだぞ。このままいけば奴らを追い出せるかもしれないんだ。なのにどうして」

 この地方では魔王軍の攻略が遅々として進まなかった。冒険者はいたのだが、拠点を攻略できるほどではない。ダンジョン探索より一際高い能力が求められるからだ。

 だからこそセラフィムナイツの存在は大きい。彼らが活躍することで、市民だけでなく、他の冒険者たちをも勇気づけているのだから。

「無駄に過ごしてるようにしか見えないよ」

 ハンスからすれば、ラキの選択は遊んでいるか、とち狂っているようにしか見えないのだ。華やかな舞台から降りる理由に納得もいかない。


「あいつらのこと聞いて見ろよ。ギルドじゃ評判悪いんだぜ」

 思わず息が詰まる。

 これに関しては事実だろう。一応仕事は貰えているが職員はともかく、上層部からはよく思われていない。先日の件を見ても、それは明らかだった。

 彼らは知らないみたいだが、セラフィムナイツの凱旋パレードを邪魔した件もある。

「よっぽど酷いことしてんだろ。ろくでもない連中じゃんか」

「ハンスには関係ないでしょう。みんな良い人たちなんだから」

 流石にカチンとする。いくら昔の仲間でも言って良いことと悪いことがある。やり過ぎるところは確かにあるが、決して悪人ではない。

「私は社長に付いていく。何も知らないくせに勝手なこと言わないで!」

 あのとき感じたものは間違いではない。本当に初めてのことだった。

「だから騙されてんだよ。目を覚ませって!」

 眉を大きく上げている。売り言葉に買い言葉と言うが、ますます苛立たせたようだ。

「いつか絶対にやらかすぜ。その前にこっちに」


「いい加減にしなさい! 今日はラキの送別会でしょ!」


 激しい雷が落ちる。同じ席にいたサラがついに我慢できなくなったのだ。


「文句があるなら帰りなさいよ!」

 強く窘められ、ハンスはそっぽを向く。すっかり不貞腐れてしまった。

 近くのテーブルにいた客が視線を向けたが、すぐに興味をなくして、元の喧噪へと戻っていく。彼らにはどうでもいいことなのだ。

「・・・・・・今日は誘ってくれて嬉しかった。本当だよ」

 お金を置いて、席を立つ。これ以上はここにいられない。すっかり空気が悪くなってしまった。



 外に出ると強い風が通り抜けていく。まだ冬ではないのにひどく冷たく感じた。

「ごめんね。せっかくあんたのために開いたのに、嫌な思いさせちゃって」

 追いかけてきたサラが頭を下げる。この街に来て、最初に友人となった娘だ。細かいことを気にしない性格で、付き合っていて楽しかった。

 冒険者を辞めるときも、最初に応援してくれたのが彼女だ。

「悪気はないんだけどさ」

「ううん。平気だから」

 ハンスが悪い人間ではないと知っている。気にしていないと言ったら嘘になるが、彼を嫌いになるものでもない。

「さっきも言ったでしょ。本当に嬉しかったんだよ」

 今日のメンバーはラキと同じように地方から出てきた者が多く、冒険者としては新人ばかりだ。こうして集まれたのは久しぶりで楽しい時間を過ごせていた。

 頼れる者がいない中で、彼らは最初にできた仲間である。お互いに夢を語り合い、励まし合ってきた。目指すべき方向はズレてしまったが、大事な仲間であることに変わりはない。


「あいつね、名を揚げるために色々と頑張ってたみたいよ。よっぽどあんたとパーティを組みたかったのね」

 ここにいる者はまだまだ未熟である。だからこそまずは上級者と組み、実力を上げることにしたのだ。いつかは一緒のメンバーになって頑張ろうと誓い合った。

「だけど寮まで出ちゃったでしょ。置いていかれたみたいでショックだったんじゃない」

 冒険者の寮は安い料金で入れるが、部屋の数は決まっている。希望者が多ければ、抽選に当たらなければいけなかった。

 寮に入れば、仲間と交流しやすく、パーティも組みやすい。経験だって多く手に入れられるだろう。

 そういう意味でもラキは運が良かったと言える。スタートラインが前にあるようなもので、他の者からすれば恵まれた環境というやつだ。田舎から出てきても、寂しさを強く感じなかったのは、彼らがいてくれたからだ。

 それを捨ててまでやっていることが運送屋である。冒険者とはかけ離れたものだ。


「相談くらいはして欲しかったけどね。変なところで思いきりがいいんだからさ」

「ごめん」

 素直に謝る。少し薄情だったかもしれない。

 最初に話したときは既に結論ができており、ほぼ事後報告に近いものだった。周りからすれば止める間もなかっただろう。

「私もハッキリしてなかったからさ」

 こんな時代だからこそ何かをしたいという気持ちはあった。平和を求める想いもあり、魔王軍の非道が許せなかった。故郷を出たのも自分でも何かができるんじゃないかと思ったからだ。

 だが果たして彼ほどの努力をしていただろうか。目標を持って少しずつ進むことができただろうか。

「ハンスみたいな人には中途半端に見えたんでしょ」

 周りの空気に乗って冒険者になることを選び、流されるままにやってきた。思いはあっても行動が伴っていなかったのだ。

 挙げ句の果てに冒険者を辞めてしまった。口だけの人間に映ってもおかしくない。


「それだけじゃないんだけどね」

 口元を押さえて、視線を逸らす。どこか頬が緩んでいるように見えた。

「何かしたかな?」

 勝手に辞めたことは別として、他に思い当たる節はない。彼とは良い友人として付き合ってきたはずだ。

「これは当人たちの話だからね。口出しすべきじゃないっていうのはわかるんだけど」

 呆れたようにため息をつく。どこか言葉を濁していた。

「そういう関係だから拗れたというか、もう少しわかりやすくしろというか」

 額を押さえながら、ぶつぶつと呟く。不満そうな視線はどこへ向けられているのだろうか。


「ともかくあんたに当たることじゃないってこと。今日は絶対にあいつが悪い」

 ぱんと手を叩いて、結論づける。もやもやしたものを吹っ飛ばした。

「本当に気にしなくて良いからさ。頭が冷えたら、あいつも反省するでしょ」

 故郷じゃない場所でできた初めての仲間である。できれば関係を続けたかった。

「それとこれ。今日はあんたの歓迎会なんだからさ」

 置いてきたお金を渡してくれる。すっかり忘れていた。

「でもあんたがね。正直今でもしっくりこない」

「私もそう思う。こんな風になるなんて」

 まさか最初に組んだパーティが、自分とさほど実力の変わらない面子とは思わなかった。確認不足といえばそれまでだが、己のそそっかしいところが嫌になる。

 ただそのおかげで大吉に出会えたのだ。嫌な部分が良い方向に転がったのだから、人生とはわからないものである。


「やるだけやってみな」

「ありがと」

 沈んでいた気持ちがほんの少しだけ上がっていく。飲み会は残念だったけど、顔を見られたことだけはよかった。

 ただハンスの言葉だけは頭に残っていた。

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