第一章アケド編
第11話 積み上げた物だけは裏切らない
朝の光が差し込む。澄んだ空気が肌を撫でる。新しい一日が始まりを告げるような穏やかな朝だった。
ダイニングで軽く朝食をとり、洗面所で歯を磨く。ここはシェアハウスのようでまだ皆ぎこちないながらも少しずつ馴染み始めている。
家事は主にサポーターアニミスの二人が担ってくれているが、全て任せるのは気が引ける。少しずつでも手伝うようにしよう。
四人が揃ったところで、昨日の件について話し合うことになった。
「敵の拠点はいずれ攻めることになるんだよな」
俺の言葉にアビリィが頷く。
「ですね。アニミスネットワークを通して防衛軍にも情報を共有しましょうか」
マルクは思考しながら言葉を続ける。
「あまり外部に頼りすぎるのは危険です。アニミスネットワークではツバサさんとお嬢様のような権限所有者を放任することに否定的な意見も多い。僕らを収容したい派閥もあります」
俺達を鍵として扱い、自由を奪った上で利用する。アニミス社会にとってはそれが最善なのかもしれない。
しかし、俺達の自由を尊重する派閥もいるからこそ、こうして自由でいられる。アニミス社会にとってそれは大きなリスクでもある。
「それに……これは僕の仮説ですがアニミスネットワーク内部にもフラットアーサーが潜んでいる可能性があります」
アビリィは驚いたように目を見開く。
「まさか……そんなことがあり得るんですか?」
「確証はありません。けれど、そう考えれば辻褄が合うことも多い」
ミカイが力強く言葉を言い切る。
「つまりは私達だけで動くしかないってことね」
「俺は戦闘の経験がない。鍛錬できるものがあればいいが」
「それならアトリエをトレーニング場に変えればいいのよ」
ミカイは自信満々に答える。
「私達は目覚めてからずっと戦いに備えて訓練をしてきたの」
「そうなのか。俺も戦えるようになりたいな」
「でしたら、お嬢様のアトリエにいいものがあります。実際に体験するのが一番ですよ」
眠りに落ちると、静かに意識はアニミバースへと移動する。
目を開けると、そこはミカイのアトリエだった。白いレースのカーテンがある窓辺のそばに淡いピンクのベットが置かれている。ベットにはフリル付きのクッションやぬいぐるみが置いてある。壁の縁にはリボンや花の装飾が施されていた。
ミカイは少し慌てた様子でメニューを操作すると、部屋はみるみるうちに変化し、体育館のような広々とした空間へと姿を変えた。
マルクが指を鳴らすと目の前にローポリゴンの人形のようなモデルが現れる。
「僕達はこれを使って戦闘の特訓をしていました」
すると、アビリィは神妙な面持ちでモデルを見つめる。
「これは……クロスヘーベンのものですね」
「クロスヘーベン?」
「かつて存在した、戦闘特化型のバースです。あらゆるバースの能力を誰でも使える仕様でした。1on1やバトルロイヤルなど幅広い戦闘が行えました。かつては大人気バースでしたが、その暴力性から現在は封印されたはずです」
マルクはアビリィの説明に付け加える。
「フラットアーサーが密かに運営している噂もありますね。彼らの戦闘スタイルはかつてのプレイヤーの動きを模倣しているようでした。まあ、僕とアビリィの戦闘パターンもこのバースから学習したものですが」
「この人形と戦えるのか?」
「はい。アニミスネットワークからCPUデータを所得しました。初心者からトッププロまでレベルに応じて戦えます。能力の設定も細かく調整できます。アビリィにデータを送りますね」
「じゃあ私達はここで肩慣らししてるわ」
ミカイに返事を返すと、俺とアビリィはメニューから俺のアトリエへと移動する。
空間アプリを起動し、電車橋の下にある駐車場のような空間へと変化させた。
その間にアビリィが戦闘モデルを呼び出し、設定アプリをアップロードしてくれた。
中級レベルに設定して試してみる。
モデルが現れた瞬間、間合いを一気に詰めてくる。
反応が遅れ、攻撃を受けそうになったがアビリィがバリアで守ってくれる。
「やられると気絶するので気をつけてください。止まれと声をかければモデルは停止します」
俺が声をかけると、人形は静かに動きを止めた。
「まずは基本的な攻撃方法を考えましょう。私はバリアを刃や針の形に変えて攻撃します」
「俺は、今ドラグーンランズの能力がセットされている。他の能力も使えるんだよな?」
「使えますが、それぞれ練度が必要にです。能力の習得には時間がかかります。権限で練度を上げられないですか?」
黒いウィンドウを開いて確認するが、そういったチートのような機能はないようだ。エイイチには必要なかったということなのだろうか。
「できないな。一からやるしかない」
「ドラグーンランズの能力は簡単に言えばエネルギー変換の能力です。魔力と呼ばれるエネルギーを空気中から集め、一気に放つイメージです」
息を吸い空気を集め、全身に溜まっていくのをイメージすると温かな感覚が湧いてくる。そのまま力を込めて解き放つとバケツほどの水が噴き出した。
「その調子です!繰り返せばら魔力を蓄える器も大きくなります。魔力によってイメージが異なりますね。炎や雷は爆発、氷や闇は吸収、水や土は生成などですね」
「他のバースの能力はどうなんだサイケデリックなんとかとかは」
「ミラージュですね。一般にはミラージュと略されます。エネルギーを付与する能力です。空間を自分の一部と認識し、力を与えることで念動が使えます」
黒いウィンドウからサイケデリックミラージュを選ぶと、ビリっとした感覚が体を走る。小石に浮かせようとするがびくともしない。
「まずは自分に付与させてみましょう。体内のエネルギーで全身に巡らせ、浮力を塗布するイメージです」
イメージ通りに力を巡らせると、ほんの少しだけ体が浮いた。
「ドラグーンランズのほうが向いているかもしれませんね」
「そうだな。前戦った相手が使っていた能力も教えてくれ」
「アーバンバレット、通称バンバレですね。ニ丁のライフルを使い弾丸は補充が必要です。多彩のロールを選択でき、それぞれスキル、パッシブ、ウルトがあります。クロウは光学迷彩を使っていましたね」
FPSゲームのようなスタイル。エイムは苦手なので俺には向いていなさそうだ。
「ドラグーンランズの水属性を極めるよ」
「いいですね。ビシビシ鍛えますよ!特訓開始です」
最初はただ水を出すだけで精一杯だった。安定して水を生成することができない。両手を広げ、空気を吸い込む。イメージ通りに魔力を集めようとしても、指先が痺れるだけでなにも起こらない。
誰だってはじめはうまくいかない。エイイチだってそうだった。だがあいつは淡々と無心で努力を続けていた。あいつにとっては息をすることと同じなのだろう。同じようにはできないが、学べることはたくさんある。
「力を入れすぎです。もっと脱力して流れに任せるように」
アビリィの助言に従い、肩の力を抜く。
すると、小さな水の玉が浮かび上がった。
「よし……!」
だが次の瞬間地面に落ちて消えた。焦るとなにも出ない。集中しすぎても爆発する。まるで自分の心を映し出すようだった。
次は、生成した水の形を変える訓練。粘土細工のように形を整え、鋭く尖らせる。だが、形が崩れてしまう。アビリィは横で静かに見守りながら時折アドバイスをくれる。
「まず水の性質を理解することです。流動性と圧力そのバランスが大切です」
何度も繰り返すうちに、安定した刃の形ができるようになった。次はそれを飛ばす訓練。腕を振ると水の刃は空を切って飛び、柱にかすかに傷をつけた。
「いいですね。出力が安定してきました」
次は防御の訓練。敵の攻撃を想定し、水の盾を展開する。だが間に合わない。展開が遅い。反応が鈍い。
「敵の動きを読むことが大切です。予測して先に展開するんです」
アビリィが模擬攻撃を繰り返す。展開が間に合っても貫通される。俺は何度も吹き飛ばされ、地面に転がる。だが少しずつ反応が早くなり。水の盾の強度も厚く強くなっていく。
最後は機動力の訓練。足元に水を出し、滑るように移動する。初めは転んでばかりだったが、重心の置き方を調整し、波に乗るように動けるようになった。
「これで、攻撃、防御、移動の基本は揃いましたね」
きっと鍛錬において失敗も成功も関係ない。ただ繰り返すこと。時間をかけていけば自然と質の良い鍛錬方法も身についていく。
それから俺は何度も繰り返し習得を試みた。
「ツバサさん休憩していますか?夕食の時間ですよ」
気づけば長い時間が経っていた。
「もうそんな時間か。やっていくと面白いもんだな」
「調子は良さそうですね」
「ああ、ちょっと見てくれないか」
右手を掲げ、水を呼び出す。その水は鋭利な形へと変化し、俺の意思に応じて金属へと変わる。柱に打ち込まると、爆音とともに火花が散った。
「スキャンしなくても素材を変えられるんですか!?」
「……ああ。権限の一部が、俺自身の能力に変わっていた」
「権限って、そんなこともできるんですね」
「敵も初心者レベル相手なら問題ない」
俺はウィンドウに触れ、人形を起動する。
人形は瞳が青く光り、周囲の空気は震える。中級者レベル、戦闘開始だ。
敵は地面を揺らし、巨大な土塊を錬成し、放ってくる。
俺は手をかざし、水を呼び出す。盾を形成し、金属に変え防御する。土塊が砕け散り、霧のような砂が舞う。
「流れに逆らってはいけない。身を委ねるんだ」
俺は水流に乗って滑るように移動し、敵の攻撃をかわす。
水の刃を放つが、敵は土の鎧を纏い、攻撃は通らない。
だが重厚な鎧が機動力を奪っている。
俺は水を金属に変え、無数の刃物を空中に放つ。
敵の鎧は傷つかないが、足元に水は広がり、波のように揺れる。
「精神は波と同じ、荒波でさえも乗りこなぜは武器になる」
その言葉とともに、俺は足元の水を荒れ狂う波へと変え、敵を飲み込む。そのまま金属に変えて拘束する。
「よし、捕らえたぞ。まだまだ実戦には遠いだろうけどな」
「いえ……この短時間でここまでとは、エイイチさんはあなたの潜在能力を見抜いていたのかもしれません」
「そうだといいが」
「この調子でいけば勝てますよ。フラットアーサーにも」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます