第3話 探求という翼

俺の父は技術者だった。

物心つく前から、世界の仕組みを語る声が耳に残っている。


ある夕暮れ、小学校から帰ると、父は図面を睨んでいた。

俺に気がつくと、ふっと表情が和らいでいく。


「ツバサ。小学校は慣れたか?」


俺はコクンと頷く。


「いいか。学校にいけば勉強をすることになるよな。勉強が嫌いな子もいる。それはすごいもったいないことなんだ」


俺は思わず笑ってしまった。


「お父さん、またその話?」


「大事なことだからな。学ぶこと、その本質は面白いことなんだよ。知識や技術があれば、世界の見方が変わる。生き方が変わる。人々が紡いだ物語を見て、体験することができる」


「どういうことなの?」


父は窓から空を見上げ少しだけ笑った。


「この世界の美しさを知るには探求心が必要ってことさ。今も父さんの言葉を知ろうとしていることは偉いぞ」


「そうかな」


「そうだ。幸福は、永遠の探求の中にある。大人になれば分かるようになるさ」



俺は変わり果てた世界の今をこの目で確かめたかった。

希望の予感が胸の奥で静かに感じていた。それと同時に俺がこの世界に馴染めるのか不安もあった。


「君のことは、なんて呼べばいい?アニミスか?」


「アニミスは種族名のようなものです。人間と呼ばれているのと同じですね」


「じゃあ、名前は?」


「それが……まだないんです。型番ならありますがそれはちょっと恥ずかしいですね」


目の前の少女は高校生ぐらいに見える。だか、機械的な印象は全くない。肌も瞳も滑らかで、まるで生きた細胞で構成されているようだった。


俺は少女を見て、ふとエイイチを思い出す。才能の象徴のような奴だった。


「君は……アビリィ。君の名前はアビリィでどうかな」


「アビリィですか……素敵な名前ですね!これからはそう呼んでください!」


無邪気に笑うアビリィ。その笑顔を見て俺は自然と笑みが溢れていた。


「アビリィ……今のアニミスについて聞かせてくれないか?」


「もちろん!AE歴十五年にアニミス支給法が制定されました。すべての人間に、一体のサポーターアニミスが支給されるようになりました」


「つまり、生まれた時から一緒なんだな」


「はい。私たちの外見は生涯変わりません。それでも、所有者と一緒に成長し、共に死を迎えるんです」


「現在の人々にとってアニミスと一生を共にすることは常識になっているのか」


俺の中に違和感がよぎる。

教育という名の価値観を刷り込み。洗脳が日常で行われている可能性もあるが、証明する根拠も、今の俺にはない。考えすぎだろう。


「あなたが目覚めるとわかった瞬間、私は送られることが決まりました。まだ生まれたてなんです」


「それにしては、知識が豊富だな」


「アニミスネットワークを通じて、先人たちの知恵と経験は継承されています。これからは、ずっと一緒ですよ」


アビリィは俺の生涯を支える存在になるらしい。浦島太郎状態の俺にとっては安心できる。


「AE歴ってのはなんなんだ?西暦もうは使われてないのか?」


「AEとはAnimis Era、アニミス紀元です。AE歴二十年頃から、アニミスの誕生を元年として使われるようになりました。現在はAE歴が一般的ですね」


暦を変えられるほどの影響力を持つ存在。

それが今のアニミスなのか。

人々が二千年の歴史ある暦を手放すなんて、信じがたい。


「外の世界を見に行ってくる。エイイチ……あいつの変えてしまった世界をこの目で確かめたいんだ」


「お供します!外は温暖化によって暑いですので、快適な世界へお連れしますね」


ベッドから立ち上がると妙に体が軽い。まるで浮いているような感覚だ。

手元を見ると艶やかで若々しい肌。

おかしい。


「歳をとっていない……?」


三十年経っているはずの身体は、まるで時が止まっていたかのように変化がない。

むしろ、以前よりも動きやすく感じる。


「現在の医療は大きく進歩しました。『セピア』の発明により、老化は克服されました」


「不老不死になったのか?」


「いえ、『セピア』にも寿命があるようで、ほとんどの人間が20代前後の若さを保ち続けていますが、老衰の数ヶ月前から急激に老化が始まり、そのまま亡くなってしまう方が多いようです」


「俺の体にもそれが入っているってことだよな」


俺は知らないうちに改造されてしまった。

誰かの判断によって俺は生かされている。

背筋が冷たく感じたが、妙なロマンも感じていた。


「あなたの生命活動を回復させるため、特別な措置を施されたそうですね。『セピア』は免疫機能を向上させ、病原体から身を守ってくれます。ナノマシンで検知、対応し、人工バクテリアによって細胞の強化修復をします。人間が病気にかかることはほとんどなくなりました」


たった三十年でそこまで進化するものなのか。アニミスは人間以上の想像力を手に入れ、世界を塗り替えてしまったのかもしれない。気がつくと好奇心は不安を打ち消していた。


「気になるな。今の世界の仕組みはどうなっているんだ?」


「見に行きましょう!支度は不要です。セピアがあれば、今すぐにでも行けますがどうされますか?」


「今すぐに?行けるのなら行きたいが」


アビリィがそっと近づき俺の頭を優しく抱えた。

その瞬間、睡眠薬でも盛られたかのように強烈な眠気が襲ってくる。


「ツバサさん、行ってらっしゃい」


意識はぼやけ、やがて完全に消えていった。



気がつくと俺は真っ白な空間に立っていた。

光が満ちているのに、寂しさはない。静かでどこか温かい。


そこにひとり少女が立っていた。


アビリィに似ているが、何処か違う。


彼女の輪郭は柔らかく、まるで3Dアニメのキャラクターのようだった。


俺の手を見下ろすとそこにも違和感がある。

肌の質感、動きの滑らかさ、俺自身もアニメ調のグラフィックになっていた。

夢かと思った。だが、五感は確かに働いている。

空気の温度も足元と感触も全てがリアルだ。

少女がこちらに歩み寄ってくる。

その笑顔は、紛れもなくアビリィのものだった。


「ようこそ。ここは仮想現実『アニミバース』その中でも『アトリエ』と呼ばれる場所です。ここでは現実の制約を超えて、自由に空間を創造できます。さあ、あなただけの空間を作ってみましょう」


俺は言葉を失っていた。目の前に広がるのは無限の可能性。現実では叶わないことでもここでは形にできるかもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る