最弱者の下剋上~お前らが否定したそのスキル、実は最強レベルってことを教えてやる~

草凪 希望

第1話 神凪家

 神凪かんなぎ家は、静かだった。

 それは誇りの静けさであり、威圧の沈黙でもあった。

 代々魔術師を輩出してきたこの家では、

 子どもがどんなスキルを得るかが、その子の未来だけでなく、家の名誉にも関わるとされていた。

 廊下には先祖の肖像画が並び、 壁には魔術師協会から贈られた勲章が飾られている。

 床は磨き上げられ、埃一つもないほどに整えられていた。 家の中には、常に“期待”と“緊張”が漂っていた。

 俺、神凪夕かんなぎゆうは、その空気の中で育った。

 兄のあさは、【操作者アヤツリシモノ】――時間を操る希少なスキルを持ち、

 家の誇りとして扱われていた。

 朝がスキル【操作者アヤツリシモノ】を取ったとき、この家はとても湧いた。

 父は何度も魔術師会に報告に出向き、 母は静かに微笑んでいた。 「神凪家にふさわしい力だ」 「これで、家の名はさらに高まる」 そんな言葉が、家の中を満たしていた。

「すごいな、兄さん……時間を止めるなんて、本当にできるんだ。俺も、いつか誰かの役に立てる力がほしいな」

 俺はそう思っていた。

 いや、思うだけじゃなく、信じていた。

「俺にも、何かあるはずだ。まだ見つかってないだけで、きっと、俺の中にも“何か”が眠ってる」

 俺は、そう何度も心の中で繰り返していた。

それは祈りのようでもあり、誓いのようでもあった。

 兄さんは、俺に対して冷たかった。

 俺が剣を振るようになったのは、八歳の頃だった。 兄さんが魔術の訓練を始めたのを見て、 「自分も何か始めなきゃ」と思ったのがきっかけだった。

 魔術は難しかった。 詠唱も、魔力の流れも、うまくつかめなかった。 でも剣なら、手に取って振ることができた。 それだけでも、夕には希望だった。

「俺は魔術師じゃなくてもいい。剣士でも、誰かを守れるなら、それでいい」

 そう言ったとき、朝は笑った。

「剣士? この家で?  魔術師の家系に生まれて、剣しかできないって、  それ、ただの落ちこぼれだろ」

 父は何も言わなかった。 母は少しだけ眉をひそめたが、 結局、何も言わなかった。何か言って、欲しかった。

「お前は俺の足元にも及ばない」

「期待されてると思ってるのか? 笑わせるな」

 そんな言葉を、何度も浴びせられた。

 でも、負けなかった。

「兄さんがすごいのはわかってる。

 でも、俺だって……俺だって、きっと何かできる」

「俺は、誰かを守れるようになりたい。

 それが、俺の“強さ”になるはずだから」

 父は厳格だった。

 言葉は少なく、表情も変わらない。

 褒めることは滅多になく、

 叱るときも声を荒げることはなかった。

 ただ、沈黙が重くのしかかる。

 母は穏やかだった。

 幼い頃、よく絵本を読んでくれた。

 ずっと俺を見捨てないでいてくれた。

「夕は優しい子ね。きっと、誰かの心を守る力を持ってる」

 その言葉が、夕の中でずっと灯りのように残っていた。

「俺、優しいって言われるの、ちょっと嬉しいんだ」

「でも、優しいだけじゃなくて、強くなりたい。優しくて、強い人になりたいんだ」

 夕は、そう母に言ったことがある。

 母は少し驚いたように目を見開いて、

 それから静かに微笑んだ。

「それなら、きっとなれるよ。夕なら」

 その言葉が、夕の中でずっと響いていた。

 でも、兄さんはその会話を聞いていて、 後で夕にこう言った。

「母さん、優しいって言っただけだろ。  “強い”なんて一言も言ってない。お前が勝手に都合よく解釈してるだけだ。お前に希望なんてない」

 その言葉は、夕の胸に小さな傷を残した。 でも、それでも夕は信じていた。

 家族で食卓を囲むとき、 父は朝に魔術の話を振り、 母はその成果に微笑み、 俺は黙って箸を動かしていた。

「夕は、何か得意なことはあるの?」 母がそう尋ねたことがあった。 俺は嬉しくなって、 「剣術の練習、少しずつできるようになってきたよ」と答えた。


 でも、父はその言葉に反応しなかった。 朝は、鼻で笑った。 「剣術? 魔術師の家で? それしかないのかよ」


 その瞬間、胸の中にあった小さな誇りが、 音もなく崩れた気がした。

 夜の裏庭。

 夕はひとり、木製の剣を振っていた。

 月明かりが差し込む静かな場所。

 誰にも見られないように、誰にも笑われないように。

「俺は、強くなる。

 誰かを守れるような人になる。

 兄さんみたいじゃなくても、俺なりのやり方で、ちゃんと強くなる」

 その言葉を、誰にも聞かれていないと思っていた。

 でも、背後から足音がした。

「……は? 何言ってんだ、お前」

 振り返ると、朝が立っていた。

 腕を組み、眉をひそめている。

「強くなる? お前が? 俺みたいじゃなくても?ははっ!笑わせんなよ。

 お前に何ができるってんだ」

 夕は、言葉に詰まった。

 でも、すぐに言い返した。

「俺だって、何かできるはずだ。

 まだ見つかってないだけで……」

「まだ、って何だよ。お前、もう十二だろ? 俺は十の時点でもうスキル覚醒して【操作者アヤツリシモノ】だったぞ。

 見つかってないってのはな、何もないってことだ」

 その言葉は、冷たく突き刺さった。

 でも、負けたくなかった。

「俺は……誰かを守れる、誰かを助けれるようになりたい。

 それが、俺の“強さ”になるはずだから」

 朝は鼻で笑った。

「守る?助ける?はっ!お前が?まず自分の立場を守れよ。這いつくばれ、頭を下げろ!家の中で誰にも期待されてないくせに、守るとか一丁前に言ってる場合か?

 お前は一生負け犬!誰からも期待されないんだよ!」

 俺は、拳を握った。

 でも、何も言えなかった。

 だってその通りだから。

 朝はそのまま背を向けて歩き出す。

「ま、せいぜい夢見てろよ。スキルオーブの儀式、楽しみだな。どんな“ゴミスキル”が出るか、見ものだ」

 その言葉が、俺の胸に深く沈んだ。

 でも――

 それでも、心の中でつぶやいた。

「俺は……俺だけの力を見つける。

 誰にも笑われない、ちゃんと強い、強い力を」

 月は静かに、雲の隙間から顔を出していた。

 その光だけが、味方だった。

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