第5.5話 前髪と桜と、触れちゃった唇(椿視点)
「……やらかした」
前髪を勢い余って切り過ぎてしまった。
今日から高校生活。新しい制服、新しい友達。
鏡の中の私は——ちょっと不格好な前髪で、少しだけ違う自分みたいだった。
「椿ー何してるの、入学式早々遅刻するわよ」
「…はーい」
ええい、仕方ない。切っちゃったものは切っちゃったのだ。どんなに嘆いても元には戻らないのだから割り切って明るく努めるしかない。
「せっかく遠くの高校にしたのにな……」
別に中学の時の友達が嫌い、というわけではない。今でも時々連絡取るくらいはしているし。ただ環境を変えたい。そう思っただけだ。
それに制服も可愛いし。
私は物心ついた頃からとにかく可愛いものが大好きだった。ちょっと大きなリボンやフリルのついたワンピース。髪だって短いよりは長め。編み込みや三つ編み、ポニーテールにツインテール。どれも可愛くて大好きで、見ているだけで私を幸せでいっぱいにしてくれる。
そしてそれは物だけに留まらず"人"に対してもだった。
「あの人めっちゃかっこよくない?」
「それな〜横顔とかマジ整っててほんとイケメン。椿はどう思う?
「……か、かっこいいなーって思うよ」
だから小学4年生あたりに進級して周りが〇〇君かっこいいとか、イケメンとか言っててもその感覚がよくわからなかった。男の子の話題で盛り上がっていても私1人あの子可愛いなーとかそういうことばっかり考えてた。
それは中学に進学しても特に変わりはしなくて。
でも百合――私の大好きがぎゅっと詰まってるもの、可愛いで満たされている世界。
ページをめくる度胸の奥がじんわり温かくなった。
――私、こういうのが好きなんだな。
って、そう思った。
それも周りと話す時は"可愛い"全面の話はできなかった。だから家に帰ってからはずっと読んで、見て放課後を過ごしてた。
だから敢えて、遠くの高校にした。新たな出会いに期待して。
――もしかしたら私とおんなじような人がいるかもしれない、って。
「そしたら初日の登校日の私が"前髪を切り過ぎた人"になっちゃうなんて…」
そんな私の頭の上に一枚の桜が降ってきた。
もう桜が散る頃…なのかな。
「えへー綺麗、それに可愛い」
桜って色も好きなんだよね。主張し過ぎずのピンクで。それに幹の色と花の色がなんか良い具合に馴染んでる。――ほんと、ベストマッチ。
咲き始めも綺麗で満開時は特に美しくて。それでいて散る時でさえも少し儚さを纏って美しい。どこを切り取っても可愛くて綺麗。
全部好きだけど私は散ってる時が一番好き。
「って考えると私の苗字、漢字は違うけど読みが"さくら"で一緒なのめっちゃいいじゃんっ。__運命だったりしてね、なーんて」
響きも可愛くて大好きなものと一緒だなんて幸せもんだぁ〜、なんて思ってたら前髪のことなんてどうでも良くなってた。
そんな時ふと目に留まった。すっごく可愛い子が。
風が吹くたび靡く綺麗な黒髪が。
ちょっと大きめの制服が。
一年生の大きめのリボン――私とおんなじ色。
「……あ、あのっ」
「どうかしました?」
「ハンカチ、落としましたよ」
私を見てくる彼女の目が、眩しい。私の心を奪って虜にして。
ほんの数秒なのに私の頭を支配してくる。
「……お節介かも、しれない、けど」
「…?」
「前髪、私は似合ってると思います」
それじゃあ。って彼女は言って私の元から離れていった。
目の前には散ってく桜が映るだけ。さらさらともそよそよとも違う。私には聞こえる散ってく音が、彼女がいたことを教えてくれる。
――どうせなら一緒に行きたかったな。
♦︎
新しいクラス。さっきの彼女はいないかと辺りを見回す。けど私の頭に焼き付いて消えない綺麗な黒髪は見当たらない。
ホームルームが始まって自己紹介して。彼女とは別クラスだということを嫌でも知ることになった。
それから彼女のクラスを知れたのは思ってたよりもすぐだった。きっと私の中で彼女の存在は既に少し特別なものになっていたからだと思う。
やっぱりすっごく可愛い。
申し訳ないが周りが生徒A、B程度に見えてしまうほどに彼女は輝いて見えた。
その日から移動教室の度に彼女の教室の前を通っては彼女のことを目に焼き付ける。そんな日々を過ごしてた。
「佐倉さん!好きです、俺と付き合ってください!」
移動教室の度に彼女を見ながら過ごしてきただからだろうか。私の視線を勘違いしたであろう男子から告白された。告白の仕方とその隠れていない自信ありげな表情を見る限り、女子たちから散々イケメン〜と褒めちぎられたのだろうと容易に推測できる。そういう態度もぶっちゃけると気に食わない。
自分で言うのもあれだけど、告白されることは多かった。…まぁ全て断ってきたけれど。
「すみません。私、あなたとは付き合えないです」
返事はいつも同じ。
私は可愛いものが、可愛い子が好きなのだ。恋愛対象に関しては女の子なのか男の子なのか明確ではないけれど。
♦︎
2年生へ進級した。今年も綺麗な桜が咲き誇って、早いところは既に散り始めていた。
クラス発表の紙を見ると当然初めて見る名前もたくさんあった。今年は同じクラスになりたい、と思いながら教室に入るとその足が止まった。
だって、いたんだもの。彼女がすぐそこに。
「ちょっと椿急に止まんないでよ」
「あ、ごめん。なんかぼーっとしてた」
「わかったから早く行こ」
「うん」
どうしようめっちゃ可愛い。
つい口からこぼれそうになる。目が合ったら、心臓が飛び出てきそう。
でも彼女は私をちらっと一瞥しただけでそのまま画面に目を落としてしまう。
もっと顔が見たかった。
でも少しほっとした。
――だって彼女に見つめられていたら私、どうなるかわからない。
その後の自己紹介で彼女の名前が"渥美桜"だと知った。
名前まで可愛いなんて、ずるい。
どの方面からも私を虜にさせてくる。
席順的に渥美さんは前で私は別の列の後ろの方。合法的にその後ろ姿を拝めることができる。
「なんで一番前…」
その幸せが崩れたのはすぐだった。5月に入ったから、と席替えをしたのだけどその結果が渥美さんは一番端の一番後ろ。それに対して私は渥美さんとは反対の一番端の一番前。どう頑張ったって見れない。
仕方ないから適当に理由を作って渥美さんの方へ行く。うとうとしてるその横顔を見るだけで心が満たされる。幸いタブレットの画面に夢中なのか私の存在には全然気づかない。
そして、あの日。
授業の3分前だというのに渥美さんが全然起きない。見た感じだけにはなってしまうけれどかなり深い眠りのように見える。
…私は起こすべき?
でも起こすとき何かしちゃうかも知れない。
二つの気持ちが相反する。葛藤する。
「渥美さーん。渥美さーん」
結局私は前者を選んだ。
「ん…ぅ」
「あ、やっと起きたー」
「ん……」
まだ眠いのか目を擦るその仕草も可愛い。自然と顔が綻ぶ。口角が緩む。
胸の奥がきゅっと熱くなる。
「もう授業始まるよーがんばろーね」
「う…ん、ありがと」
渥美さんの可愛い顔を真正面から見た時、私の心臓は大きく跳ねた。ずっと動いてた時間止まったかのように感じる。周りにいる生徒が気にならなくなる。この世界には2人だけしかいない――私と渥美さんだけがいるような。そんな錯覚に陥る。
頭を優しく撫でて、おはようと言って。机に突っ伏して寝てたからか赤くなっちゃってたおでこが気になって、
伸ばした私の指がそのおでこに触れる。赤みをそっと指の腹でなぞる。
――気づいたら私の唇はそこに触れていた。
……やばい。
心臓が早く大きく動く。手に汗が滲む。呼吸が乱れて落ち着かない。
慌てて自分の席に戻って、とりあえず教科書を出して意味もなくページをめくる。
私、何してるんだろう。どうしよう。
とにかく文字と数列を読んで自分を誤魔化す。
鐘が鳴り始めてようやく落ち着きを取り戻し始めた。
タブレットを開いて渥美さんにメッセージを一つ飛ばす。
『渥美さんってもしかして女の子好きー?』
いつ既読が付くかな。いつ、返事がくるかな。
普段なら気にならないその時間がやけに気になった。
――もっと、もっともっと知りたい。
渥美さんのこと。もっと触れてみたい。
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