第4話 席替え

 それからは好きな漫画とか小説とか、そういった物をお互いで話して共有して。同じ物を好きだったらいいところを語り合って、知らない物を勧めてきたらお互いで良さをプロデュースして。ここだけ見たらその辺にいそうな普通の友達だろう。"百合"友達である、ということを除けば。


「えへへ〜渥美さんの手私よりおっきいね」

「……そうかな」


 でも佐倉さんの方が身長高いしな、なんて思う。まあ別に身長と手の大きさが絶対的に比例するとは限らないのだけど。

 佐倉さんはそう言いながら私と繋がってる手をぶんぶんと前後に揺らす。よほど嬉しいのだろうか。まあ私もめちゃくちゃ嬉しいのだけども。

 すると唐突に前後に揺れていた手がぴたりと収まる。なんなら手の温もりも消えてしまった。

 え、私何かしちゃった?

 と不安になるもその刹那、耳元に温もりを感じる。


「渥美さん、ここからは私たちのことしーっだよ」

「え、うん」

「2人だけの秘密っ!」


 "秘密"というワードに過敏に反応してしまう。だってなんというかこう、唆られるじゃないか。周りが知らないことを2人だけが知っている――まるで2人だけの世界であるといったような特別感があり、優越感で満ち溢れている。少なくとも私はそう感じてしまって優越感、という海の底にずぶずぶと溺れていっているだろう。

 秘密というワードに反応しすぎて見逃すところだったが、口元に指を立てて「しーっ」とする佐倉さんはめちゃくちゃ可愛かった。


♦︎

 

 ガラガラ。

 クラスの中心的存在でもある佐倉さんは教室に入ると周りから「おはよー」と声がかかる。その度に佐倉さんはいつもの可愛らしい笑顔を向けて挨拶を返す。


「…………」


 まあ私は当然誰からも声はかからない。知ってはいたけど。というか私に声をかけてくれた佐倉さんが稀な存在である、ということではある。


 そのまま席につきタブレットを取り出す。一番端、かつ一番後ろという神席を利用して今日も今日とて百合に勤しむのである。

 そんな時ふと佐倉さんのことが頭を過ぎり顔をあげるとパチっとお互いの目が合った。そのまま口パクで何かを伝えてくる。何を言っているのか、まではわからなかったけどそんな佐倉さんが可愛いということだけは確かにわかった。

 そうしていると気づけば鐘が鳴り担任がHRをしに教室に入ってくる。


「新しい月になったので席替えをしたいと思いまーす」

「わーい」「一番後ろがいいなー」


 席替え、は学校の中でもみんなが毎月心待ちにしている一イベント。かなりの優等生でもない限りは一番前を嫌がり一番後ろを求める。好きな人がいる人はその人と隣になることを望んで。そしてくじを引いて自分の席が決まるその瞬間はドキドキワクワクするものだ。

 私?私は特に目立たない席だったらもう万々歳。


 佐倉さんはもうくじを引いたらしい。ちらりと見やると喜びのオーラのようなものに包まれていて、言葉を交わさずとも見るだけで伝わるほどに喜んでいるのがわかる。

 良い席引けたのかな。

 次は私の番だ。できることなら今の席から移りたくはない。だって一番端の一番後ろなんていう素晴らしい席なんだもの。

 でももし、もし隣が佐倉さんだったら一番前だとしても嬉しいな、なんて思っちゃうもう1人の私がいた。


♦︎


 今までありがとう、と今の席に別れを告げたら荷物を持って次の席に移動する。

 ちなみに引き運はなんかめちゃくちゃ良くて一番端ではないものの一番後ろの席だったからもう最高である。

 荷物を引き出しに入れているとついさっき見た喜びのオーラのようなものを感じた。それを纏っている人として思い当たるのは佐倉さんしか思いつかない。


「えへ〜渥美さんが隣だぁ」

「よろしく」


 自分でもわかるくらい確実に喜んでいるというのになんでこんな無愛想な返事しかできないんだろう。


「うんよろしくっ渥美さん」


 席に座る。別に今までと特に変わらないことなのだけど一つだけ大きく違うことがある。それは隣を見るとすぐ近くに佐倉さんがいるということ。まぁ席が隣になったのだから当然といえばそうなのだけど。

 けど席と席とは小学校のようにぴったりとくっついてるわけではないから少し距離がある。おかげで常に高鳴る心臓を少しは抑えられる気がする。


「せんせー!そろそろクラスにも馴染んできたしもっと仲良くなりたいから席くっつけるのなんてどうですか」

「いいですね。皆さんもそれでいいですか?」

「はーい!」


 え?えまってまってちょっとまって。くっつける?席を?

 落ち着かない頭で先ほどの言葉を反芻する。

 うん。やっぱり席をくっつける、って言ってた。となると私の心臓はいつ落ち着くことができるのだろう。


「渥美さんともっと近くなれた〜」

「…よ、よろしく」


 心臓がうるさい。ばくばくと動いてこの身を突き破ってしまうのではないか。でもそうすると私は中身の空っぽのもぬけの殻のようになってしまう。そうなれば佐倉さんと話したりできなくなってしまう、と思いはっと意識を取り戻す。


「ねぇ渥美さん。私たちの席って一番後ろだよね?」

「…そうだね」

「一番後ろで隣ってなんかワクワクするね?」

「そ、そうかな」


 少し嫌な予感がする。

 そう思いながら伏せていた顔を上げると目の前に佐倉さんの可愛い顔があって私の視界を埋め尽くす。


「色んなこと、できちゃうねっ」

「い、色んなことってなに?」

「んーそうだなぁ」


 佐倉さんの声が聞こえたと思ったと同時に右手が塞がる。考えなくてもわかる、私の右手は佐倉さんの左手に包まれている。


「たとえばこんなことっ!」

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