認知症老人動画化問題

有馬莉亜

母娘の会話

「お母さん、見てみて。これ、認知症だって。」

 真紀はそう言いながら、母にスマートフォンの画面を見せた。母は差し出されるがまま、ごく自然に、真紀の掲げた液晶画面を直視する。そこには、八十歳ほどに見える老婆が、一人、玄関のドアノブに手を掛けようとする様子が映されていた。真紀が画面中央の三角マークをタップすると、その動画が再生された。以下は、その動画の様子を文字に起こしたものである。


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女性:『——お義母さん、どうしたの?』

老婆:『おん?』

女性:『お義母さん、お外あぶないよ。もう真っ暗だよ。』

老婆:『大丈夫かね。』

女性:『え?』

老婆:『佐藤さん。叫んどるけど、大丈夫かね。』

女性:『何か聞こえたの?』

老婆:『佐藤さん、なんか叫んどるけど、大丈夫かえ。旦那亡くしとるもんでよ。佐藤さん、旦那亡くしとるもんで、おかしなってまったかね。可哀想かね。え?佐藤さんおかしいか。』

女性:『お義母さん、佐藤さん大丈夫だよ。私、聞こえんかったよ。佐藤さん大丈夫。大丈夫だよ。』

老婆:『ほんでも、聞こえたよ。うわあーってゆうとったよ。』

女性:『耳澄まそうか。お義母さん、シーッ。』

老婆:『……。』

女性:『……。』

(十秒ほど、静寂が続く。)

老婆:『……。聞こえんな。佐藤さん、大丈夫か。』

女性:『うん。大丈夫。佐藤さん大丈夫。お義母さん、もう遅いから寝よか。』

老婆:『佐藤さん大丈夫か。ほうか。佐藤さん、ほうか。ほんだら、すんませんねえ。夜遅いのに、エリコさん、ごめんなさいねえ。うん。うん。ほんだら、おやすみなさいねえ。おやすみねえ。はい。はあい。すみません。』

女性:『はい、おやすみね。』


(画面が暗転し、白文字で〈二十分後〉という文字が浮かび上がる。)

(ダイニングの引き戸が開かれ、老婆が入ってくる。)


老婆:『明日病院け?』

女性:『病院?』

老婆:『明日病院け?』

女性:『明日、病院ないよ。明日は何にもない。大丈夫だよ。』

老婆:『明日病院け?』

女性:『ううん、明日は病院じゃないよ。明日は病院じゃないから、大丈夫だよ。』

老婆:『明日病院ないか。』

女性:『うん、ないよ。明日は病院じゃないよ。』

老婆:『そうですか。それを聞きたかっただけですんで、どうもすみません。エリコさん、ごめんねえ。それが気になってまって、寝れんかったの。すみません。』

女性:『ううん、大丈夫だよ。お義母さん、今日寝れそう?』

老婆:『うん、それが気になっただけだもんで、寝れる。やっぱね、忘れとるか思うて、心配だもんでねえ。エリコさん、ごめんなさいねえ。おやすみなさい。』

女性:『うん、寒いから、あったかくしてくださいね。』

老婆:『はい、はい、ありがとう。』


(再び画面が暗転し、白文字で〈二十分後〉という文字が浮かび上がる。)

(再びダイニングの引き戸が開かれ、老婆が入ってくる。)


老婆:『なんで、あんなこと言わっせるかね。』

女性:『どうしたの?』

老婆:『なんか、これ、おかしいよ。佐藤さん、なんでこんな喋らっせるかね。すんごい大声で、なんかおかしいよ?』

(老婆が手招きする。カメラは一度天井を映し、それから薄暗い廊下の床を映して、数度揺れたのち、老婆の寝室が映される。)

 (窓ガラスを指差す老婆。)

老婆:『ほら、なんかゆうとる。』

(数秒の沈黙が流れる。)

(女性が朗らかに笑い声を立てる。)

女性:『なあんもゆうてないよ。お義母さん、きっと夢を見たんだよ。大丈夫だよ。』

老婆:『ええ?』

女性:『大丈夫。』

老婆:『ええ、でも、ええ?え――、』


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 ——そこで、真紀の母が動画を止めた。

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