先生と呼ばれるまで
調査依頼を出したのは、街から北東へ進んだところにある開拓村だ。
近隣の森で空を飛ぶドラゴンを見た、と。
馬鹿でかいフライを見間違えたんだろう。
いつものパターンだ。
「モーガン、その印の近くは通るな」
「分かったっす!」
俺の胴くらいはありそうな太い木を迂回し、見慣れた獣道に戻る。
枝に巻かれた白い布切れは、注意喚起だ。
下手に近づいて足を挟まれるなんてヘマはしない。
「あれはくくり罠があるって印だ。忘れるなよ」
「はい!」
素直に言うことを聞くのは良い。
だが、森を歩く上で基礎的な知識が足りてないのはどうなんだ?
俺がいなかったら遭難してるぞ。
「さすがガーランドさんっす! これがじゅ、じゅ……えっと」
「熟練?」
「それっす! 熟練冒険者っす!」
無理に難しい言葉を使わなくていいぞ?
「褒めても何も出ないぜ」
モーガンに教えたことは、冒険者にとって初歩も初歩。
授業料を取るまでもない。
ショートソードで邪魔な枝を叩き切り、肩越しに視線を投げる。
「ボアを仕留めたって言ってたが、どうやって仕留めたんだ?」
だから、純粋に興味が湧いた。
アイツを罠も使わず殺すのは、俺でも骨が折れる。
まして体格に合ってないロングソードしか持たないモーガンなら狩られる側だ。
「畑を荒らしてたヤツを仲間と一緒に倒したっす!」
ヘルムの奥から鼻息が聞こえてきそうな回答だった。
なるほど。
地の利がある場所で囲んで叩く、それなら農民にも出来る。
「仲間がいたのか」
草むらに隠れていたボアの糞を跨いで躱す。
ついでに後ろのモーガンに指差しで注意を促しておく。
「あ、えっと……はい」
急に声が萎びるから踏んじまったのかと振り返るが、そうじゃないらしい。
「……自分だけの手柄じゃないっす」
さも自分の手柄のように語った後ろめたさか。
ここに居ないヤツを気にしても仕方ないと思うがな。
「一緒に村を出たんですけど、途中で引き返しちゃって」
静まり返った森を風が吹き抜け、視界の端で木漏れ日が踊る。
「よくある話だ」
活動の拠点となる街へ辿り着く前に、我に返る連中は少なくない。
そして、それは正しい。
少しでも安定した生活がしたいなら冒険者は真っ先に候補から外れる。
吐き捨てたくなる現実を鼻で笑い、適当に話題を流す。
「それでもドラゴン退治に単身挑むなんて大した度胸じゃないか」
度胸だけでドラゴンを殺せるなら苦労しないが、ここまで来た根性は評価してやれる。
まぁ、それもどこまで続くかって話だが。
「父さんが冒険者をやってて……それで」
「同じような冒険者になりたかった?」
俺の言葉にモーガンが頷き、ヘルムの凹みが木漏れ日を反射する。
これまたよくある話だ。
無責任な親がガキに武勇伝を吹き込めば、後先考えない馬鹿が出来上がる。
「膝に矢を受けて、今は衛兵なんですけど……」
獣道に横たわる倒木を踏み越え、黙々と足を進める。
「昔は100を超えるオーガを討伐して、オーガスレイヤーって呼ばれてたらしいっす」
「ほう」
ギルドに顔を出して、オーガの討伐数を調べれば簡単に嘘って分かる。
「なら、自分は父さんに次ぐドラゴンスレイヤーになるぞって!」
だが、モーガンにとっては憧れの武勇伝なんだろう。
ヘルムの奥から響く声が生き生きとしていた。
それが妙に腹立たしい。
身の丈に合わない夢を見て、さも手が届くように語りやがる。
「……ガーランドさんは、その」
「うん?」
枝を踏む音が響き、不意に足音が途絶える。
「笑わないんですか?」
迷子になったガキみたいにモーガンは突っ立っていた。
あれだけ自信満々に語っておいて、俺の顔色を窺うなよ。
「笑うところじゃないだろ」
少なくとも笑うところは一つもない。
馬鹿みたいな夢ってだけだ。
「村の人も、村に引き返した皆も、父さんは嘘つきだって……」
事実だ。
だが、俺は黙ったまま続きを促す。
「だから、ドラゴンスレイヤーも無理だって笑われたっす」
村の連中が言うのは、まったくもってその通りだ。
怪物を退治した英雄?
誰もが羨む一攫千金?
そこへ辿り着ける連中は一握りで、大多数は挑む機会すら与えられない。
「あのな、モーガン」
すっかり萎びた声を出すモーガンの顔を上げさせる。
諦めて故郷に帰るか、未練がましく残るか。
そんな現実をぶちまけてやってもいいが――
「何もしてない連中に笑われる謂れはないぜ」
笑った連中と同類と思われるのは癪だった。
本質は何も違わないってのに――なぜか腹が立つ。
いつもテーブルの上に吐き出した嘲りが出なかった。
ショートソードを握る手に力が入る。
「いいか?」
苛立ちを吹き飛ばすつもりで、足元を隠す雑草を横に薙ぐ。
露わになるのは、先駆者の足跡。
「歩き出したヤツが一番偉いんだよ」
見下してる、腹が立ってる、そんな相手に何を語ってるのやら。
道半ばで諦めたヤツが良識ぶって言うことじゃない。
ひどく滑稽だった。
「俺だって初めからこうだったわけじゃない。何事も積み上げだ」
だが、吐いた唾は飲めない。
引けなくなったら、あとは突き通すしかない。
「そのロングソードがドラゴンスレイヤーになったら笑い返してやろうぜ」
そこまで一息に言い切り、俺は親指を立てて口の端を上げる。
我ながら馬鹿みたいなことを口走った。
くそったれ。
「……はい!」
元気いっぱいな返事が頭の芯にまで響く。
溜息を噛み殺し、行く手を阻む蔦のカーテンを睨む。
そこまで古くない獣道のはずだが、最近は使われてないのか?
「ガーランドさん……いや、ガーランド先生!」
――次に飛び出した言葉が、俺の手を止める。
「……なんだって?」
「自分、さっきの言葉に感銘を受けたっす!」
小走りで駆け寄ってきたモーガンが俺を見上げ、胸元で両手を組む。
「だから、先生って呼ばせてほしいっす!」
ここが薄暗い森の中じゃなかったら、光り輝くオーラが見えそうだった。
まったく単純なヤツだ。
こんな薄っぺらい言葉も見抜けないなんてな。
「……好きにしろよ」
そんな調子だと、お前の人生は先生だらけになるぞ?
まぁ、少しくらいは面倒を見てやってもいいが。
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