星降る草原のイメス
@overlight
第1話
風が草を揺らす。溢れる自然の匂いが鼻をくすぐる。少年は緑の中で体を起こした。遠くの空の赤が霞み、少しずつ濃い青が広がっていく。
「僕は。。。」
少年は体を起こした。空気が涼しい。体にまとってるのは見たことのない、薄い服だった。
「ここはどこ。。。?僕は。。。。」
寒気がして両腕を抱くように摩る。服は夜の冷たさを防いでくれそうにない。少年は足に力を入れ、果てを知らぬ大地に立った。
世界は広がる。彼の瞳に、見慣れぬ景色が美しく映る。
少年はどうしてか、たまらなく声を上げたくなった。胸の中に形のない蟠りのような、窮屈な何かがあることに気が付いた。
「あ。。。」
大きく声を出すことがぎこちなく、枯れたような声を出す。だけど声を出さずにはいられない。僕はこう出来てるものなのだ。
「ああああああああああああ!!!!!!」
少年は喉が張り裂けそうに大きく、大きく叫んだ。息が続かず途切れても、また叫び続ける。目からはいつの間にか涙が流れている。どうしてそれが流れるのかは知らない。
「ああああ。。。。あ。。。う。。。」
長くも短い絶叫の時間が過ぎると、力が抜け体が崩れ落ちた。少年の膝を生い茂った草が受け止める。少年はそのまま声にならない嗚咽を吐き出した。
日の色がどんどん隠れる。世界は闇の藍に染まり、数えきれないほどの淡い光が太陽の代わりに歩く者を導き始める。だが少年はそれを見ようともせず、ただただ溢れ止まぬ涙を流すばかりだった。
「。。。大丈夫?」
高く柔らかい声がする。心惹かれる声。少年はやっと顔を上げた。彼の前に、大きな影がいた。驚いて目を見開くと、それは馬だと分かった。
「あなた、大丈夫?」
馬の上から声がする。少年は立とうとするが中々に力が出せない。すると馬から小さい影が横へと降りた。星々の光を受けて長い髪が揺れるのが見える。
「どうしたの?どこか怪我でもした?」
「あ。。。い、いいえ。。。」
「そう?よかった。立てる?」
少女は手を伸べた。少年は慌てながらも彼女の手を取る。小さいのにどこで出るのかわからない力強さがその手の中にあった。少女が引っ張ると少年はやっと体を起こした。
「足も問題ないようね。あなた、どこから来たの?ここまで歩いてくるのってとても大変だろうに。」
「あ。。。わかり。。。ません。」
「わからない。。。?」
「何もかも。。。わからないんです。」
少女は首を小さく傾げる。その顔がよく見えない。少年は彼女の手を丁寧に離した。
「あ、ごめんなさい。」
「いいえ。。。ありがとうございます。」
少年は首を振った。少女はじっとしていると思えば、何かを決めたようにうなずいた。
「行くところはある?」
「ないです。。。」
「じゃあ一緒に来る?一晩くらいなら多分大丈夫だから。」
「え。」
少女の声からそれがただの会釈でないことがわかる。少年は答えを戸惑った。ついて行っていいのか、と。
「もしかして嫌だった?」
「それではないですけど。。。大丈夫ですか?」
「。。。なんとかなるでしょう。」
少女は明るく笑う。少年は彼女の心を読めない。どうして僕に。
「一旦馬に乗ろう。村まではそう遠くないから。」
少女は慣れた動きで馬の背に上がった。そして手を伸ばす。少年は戸惑いながら少女の手を取った。馬が手伝うように膝を曲げ、少女が引っ張ると少年の体が馬の上へと上がった。
「うわ。」
「ごめんなさい。馬に乗るのは初めて?」
「え、ええ。。。」
「そう。。。あなたって。。。ううん、なんでもない。まず村に行こう。」
馬は思ったよりは背が低く、それでもその背中から強い生命力を感じた。星空の真ん中で光る月の明りが頭上に降り注ぎ、そこでやっと前に座った少女の顔が見えた。
どこか切ない影をまとう、きれいな顔の少女。自分を見てることに気が付くと、少女は優しく微笑んだ。
「大丈夫。落ちないようにちゃんと腰を掴まってて。」
「あ、はい。。。」
少年は夜の風を弾くような温かさを感じた。それが少女の美しさで火照った頬の熱なのか、何もないひとりぼっちの世界で出会った人の温もりなのかはわからなかった。
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馬はゆっくりと歩く。人を乗せることに慣れているのか、揺れはあまり感じない。丸い月が頭上真上に浮いていた。
「ここはね、月も、太陽も他より鮮明に見えるのよ。まるでここだけ星が近いみたいに。」
「。。。。。。」
少年は空を見上げる。自分の背の2倍以上は高そうな建物が何個も連なって建っている。その合間から吹く風が肌を撫でる。空から降る幾多の光がその冷たさを慰めてくれるようだ。
「めずらしい?」
少女が聞いてきた。
「ええ。。。こんな丸くて大きい月も、夜空を覆うように輝く星々も初めて見ます。」
「そう。。。もしかしたら、あなたは窮屈なところで住んでいたかもね。」
少女は微笑んだ。少年は彼女の横顔を見ながら、ふと口を開けた。
「あの。。。いいんですか?」
「何が?」
「僕をここに連れてきたこと。。。です。」
「あ。。。」
少女は少し考えるように細い人差し指を頬に当てると、ちょっとした後答えた。
「大丈夫、だと思うよ。」
「どうして?僕は怪しい人かも、危ない人かも知れませんよ。」
少年が慌てて言うと、少女は微笑む。
「あなたが武器を持ってるようには見えない。服装からね。そして。。。」
「そして?」
「あなたの顔を見るとね、ほっとけなかった。」
「え。。。?」
少年の目が大きく開く。少女が何かを話そうとする瞬間、向こうから近づいてくる影がいた。
「誰だ。。。あ、モナか。」
「ゴルダ族長。」
少女、モナは馬から飛び降りると、身長の高い男に向かい深く腰を曲げた。男が胸の真ん中に右手を当てると、モナは腰を起こした。少年はそれをみて慌てて馬から降りようとしたが、族長と呼ばれた男は手を上げそれを止めた。
「先の声、結構遠くから聴こえたが。。。あの少年がそれか?」
「はい。」
見慣れない建物の間に建てられたかがり火が大男の顔を照らす。半分夜の影に隠れた彼の顔からは感情を感じ取ることが難しい。少年は口を閉ざしたまま、何かが起きないかと不安を飲み込んだ。
「そうか。。。彼に危なそうな何かは?」
少年の体がぴくっと動く。
「ありませんでした。今ご覧のまま、軽い服装以外には持ち物もないようで。。。」
「見たことのない服飾だな。」
族長の目が少年の頭上から足までを観察する。少年は緊張で指一つ動けず、ただ馬の上に乗ってるしかない。
「わかった。ご苦労様。まず、二人とも私の家まで来てもらおう。そこから事情を聴く。」
「わかりました。」
少年は後ろ向き歩いてゆく彼の背中を見てこそ緊張をほぐした。少女が手を伸ばし少年の手をぎゅっと掴む。
「大丈夫。族長は優しい人だよ。」
「ええ。。。」
少女は馬の手綱を取りゆっくりと前へ進んだ。少年はいつでも降りられるように中腰になった。多分人生初めて接する文化圏の民族。何もわからないのに、きっとそうであると少年は確信した。そしてその瞬間、脳裏に何かが浮かぶ。
「僕は。。。」
「何か言った?」
「あ、いえ。。。」
「そう。ほら、あの家だよ。そろそろ降りないとね。」
少女が指さした方向に、他の建物より一段大きいものがあった。えらい人が住みそうな感じだ、と少年は思った。そして先思い出したことを何回も何回も忘れないように頭の中で繰り返した。
(僕の名前は。。。イメス。僕は。。。ここの住人ではなかった。)
強い風が二人の後ろから走りゆく。少年と少女は何かを聴いたように振り向いた。そこには形のない何かが、彼らを急かすように背を押すのだと、どうしてか少年イメスは思った。
始まるのだ。知ることのなかった、接したことのない時間が。
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