第30話 終わりが前提の日常とその加速4
「わぁ、やっぱり屋上はいいっすねぇ」
両手を広げる西武さんは、今にも飛んでいきそうな勢いで、全身に風を受けながらそう呟いた。
やってきた学校の屋上。そこから見渡すと、高層ビルが立ち並ぶこの街は、一部、壊れかけた建物があるものの、ソフィアによるテロ活動の影響をほとんど受けていないように思えた。先日、あれほどの攻防があったにも関わらず、だ。だが、道を行きかう人々の表情は、どこか影があるように思える。
「鳥……」
後ろで声がして振り返ると、本条さんが、カメラを手に取り、上空を撮影していた。隣にいる十島君も、カメラは持っていないが同じように上空を見上げている。
上空。そこには、雲を連想させるような白い鳥の群れが、いた。その姿は平和の象徴を体現しているように見えるが、獲物を探すかのようにあちこちに飛来しては、また飛び立っている。街の景色をよく見ると、どの建物の上にも、必ず一羽は、白い鳥が留まっている。
「みんな、ついてきちまった。もてもてだなぁ、転校生」
一番後ろにいる森戸君が、そう呟いた。
新聞部の西武鏡花。
写真部の本条香苗と十島樹。
クラスメートの森戸直哉。
この中に、鳥使いがいる。その可能性は、ある。
白い鳥の群れは、上空を埋め尽くし、太陽の光さえも遮りつつある。そのわずかな光の漏れへと手を伸ばし、僕は小さく息を吸った。
最悪、この中の誰かを、僕は殺さなければならない。
白い鳥に支配されたこの街、新首都で。
僕の、終わりを前提にした転校初日は、もう始まっていた
シャッター音がして、そちらを見ると、いつの間にか、カメラを僕に向けていた本条さんが、ファインダー越しに僕を覗いていた。
「撮っちゃった」
ぺろりと舌を出す仕草が、意志の強そうな顔つきとは対照的で、かわいかった。
「被写体になるってこういうこと?」
僕が苦笑すると、
「こういうこと。私がきれいだと思った瞬間に、撮らせてもらうの」
ちょっと、不安そうな顔を本条さんがする。
「嫌?」
「いいや」
僕は首を横に振った。自分がきれいだとはとても思えないけれど。
「光栄だよ」
「ふーん、いい感じだな、お前ら」
森戸君がやれやれと首を振りながら、冷やかしてくる。
本条さんは顔を赤くして、それを隠すかのように再びカメラを構えて上空へと視線を移した。
「この鳥たちが見守る中」
両手を広げていた西武さんがそのままこちらに振り返って、笑った。
「私たちに、ソフィアの真実を教えてくださいよ」
鳥たちが、すぐ上を飛んでいく。
西武さんが新聞部の部室から持ってきたというビニールシートをひいて、その上に僕たちは座った。
すごい勢いで西武さんが持っていたパンとドリンクを交互に口の中に入れ、一気にパンを食べきった。
その勢いで、胸ポケットから、ペンとメモ帳を取りだし、僕の顔を見る。
「さぁ、浦賀先輩、食べながらでいいですから、語りやすいところからどうぞ。ちょいちょい質問していくんで」
催促され、僕は口の中にあったパンを飲み込んでから語り始めた。
土日に用意していた、僕がソフィアであるという経験を活かして考えた嘘を。
「西武さんは、ソフィアについて、どんなことを知っている?」
「おっと、いきなり質問ですか」
西武さんはうーんと、唸ってから答えた。
「地上に現れて宇宙を天動説の動きにして、巨大な剣を出現させた高次元生命体、通称、神から力を与えられ、神が宣言したこの世界は間違って生み出されたという言葉に従い、世界の破壊を目的に通常の物理法則では考えられない力を使ってテロ活動を行っている存在」
一言一言確認するような口調で言ってから、
「まっ、こんなとこですよ」
ふぅと一息ついた。
「うん、僕もそんなものだと思ってたよ」
「違うんですか?」
「いや、おおまかには合ってる。ただ、僕が知らなかったのは、どうやって力を得ているかという部分だった」
西武さんはじめ、その場の全員が、身を乗り出して僕の話に耳を傾ける。
「ソフィアは、神と契約、するんだとさ。悪趣味な契約内容で」
「悪趣味な契約内容?」
西武さんが眉をひそめながら、メモを取る。
「そう、父の場合は、家族を裏切る、という契約内容だった」
僕は、頭上を飛び交う鳥たちを見上げながら、ぽつりと呟いた。
「今から一か月前」
僕は息を吸う。
「突然、腹を殴られたんだ」
場に重い空気が流れる。
「父に、ね。理由が分からず苦しむ僕を見て、父は言ったんだ。これが、神との契約内容なんだと」
「突然暴力を振るうのも家族を裏切るってことになるのね?」
沈痛な表情で、本条さんが聞いてくる。
「そう。普通のサラリーマンだった父は、ある日突然、神と契約したんだ。その契約内容が家族を裏切るということだった。父は言っていたよ、突然、神の声が聞こえて契約を交わしたと。そのとき、宇宙創世の秘密を知ったなんてことも言ってた」
実際、神と初めて契約したとき、僕は泡の集まりの中で、二つの泡が一つになって膨らんでこの宇宙を創ったというビジョンを見た。
「神の声を聞き、宇宙の秘密を知ったとき、父も思ったんだと」
「何を?」
十島君も、重い声を出した。
「この世界は間違って生み出された、と」
「へぇ」
森戸君が、空を仰ぐ。
「親父さん、そう思ったんだ」
「うん」
「そして、契約に従ったと」
西武さんがペンを走らせながら聞く。
「そう。契約に従えば、神から力を与えられるんだよ。父は、僕を殴った直後、十字の剣を出現させたよ。光輝く剣を。信じられなかったよ。何もない空間に、いきなりそんなものが現れたんだ。それが、父が僕を殴ったことで、得た能力だった。父はそれを手探りな感じで遠隔で操りながら、僕の肩を切りつけた」
本当は十字の剣を出現させられるのは僕で、ナイフで僕の肩を傷つけたのは羽田さんなのだが、僕は嘘をつき続けた。
「血が出て、痛みで体が縛られるような錯覚に陥ったよ。すると、父は、二つ目の剣を出現させた」
「裏切れば裏切るほど、力を得るってこと?」
本条さんが、険しい表情を浮かべる。
僕は、多分、と頷いた。
「とても……恐ろしいわね」
「ああ、そうだね。僕は直感的にそれを悟って、このままでは殺されてしまうんじゃないかと思ったんだ。でもね、そのとき、騒ぎを聞きつけた妹が割って入った」
「妹さんがいたんだ」
十島君が、ほっとしたように息を吐く。
「うん、男手一つで僕ら兄妹を育てた父は、妹を溺愛していてね。そこで、僕を傷つけることをやめた。さすがの父も、妹を傷つける覚悟はなかったようだ。悲しそうな目をして、僕らの前から姿を消した。それからは、一度も会っていない。僕は父がソフィアだってことを隠しながら当時通っていた高校に行ったけど、肩の傷がどうしても目立ってね、正直に話したらソフィアの息子だって怖がられて、隠していたのが余計に恐怖を煽ったらしく、その高校には行けなくなった。だから、叔父さんの家に引っ越して、こっちに転校してきた」
僕は切られた肩をさすりながら、残った手で拳を握りしめる。ソフィアになると身体能力も強化され、治癒能力も上がり、僕の肩の傷口は四日経った今ではほぼ完全に塞がりつつあったが、それはここでは言えない。
「これが、僕が知り得たソフィアに関する情報と、僕が体験した事件の概要だよ」
「警察にはなんて言ってたんですか?」
西武さんが、気遣わしげに言った。
「ありのままに語ったけれど、警察は半信半疑って感じだったね。父が失踪したこと、僕が殴られ切りつけられたことは事実だが、父が特殊能力を使ったって証拠はない。とりあえず、父は行方不明で捜索対象にはなっているけど、マスコミに公表はされなかった。本物のソフィアだったら、報復されるのが怖いと警察が思ったからなのかもしれない。学校では事件のことがばれたけど、こちらも報復を恐れてか、誰もネットとかには情報を流していないみたいだ」
「そうですか……」
「他に何か、質問はある?」
「宇宙創世の秘密」
「うん」
「先輩のお父さんは、一体、何を見たんです? そんなに絶望してしまうような内容だったんですか?」
僕は首を横に振った。
「それが、分からない。ただ、秘密を知った、としか言わなかった」
僕自身は、宇宙の始まりの泡のビジョンに絶望はしていない。膨らんだ二つの泡がそれぞれメフレグの神と反メフレグの神であると確信し、世界を始めたにも関わらず壊そうとするメフレグの神に、怒りを覚えるけれど。
「お父さんは、どこに行ったのか、見当はつかないんですか?」
「つかない、皆目見当つかないよ」
「テロなどで、ソフィアが連携していたという噂があるんですよ。何か、アジトみたいなところがあって、そこで情報共有しているのではと思ったりしたんですけど……」
「僕には、分からない」
再び、首を横に振る。
「お役に立てなくて申し訳ないね」
「いいえ、いいえ、十分です」
西武さんが、激しく首を横に振る。
それから、通っていたという設定の高校の名前を教えて、
「貴重なお話、ありがとうございました」
西武さんの取材は終わった。
その後は、やや重い空気の中、各々が残っていたパンや弁当を食べた。西武さんは、メモを見ながら、うーんと、あーとか言っていた。
「これ、新聞にしても良いんですよね。マスコミも公表してないような内容ですけど」
僕がパンを食べ終わった後、西武さんが、確認してきた。
「浦賀先輩や、先輩の妹さんが、誰かに話したってことでお父さんに報復されるようなことになるかもしれませんよ」
「うん、その可能性はあるけど、かまわない。僕も妹も、世間に公表したほうが良いのではないかと思ってたくらいだから。僕たちは、父に自分のしたことを確認させて、正気に戻ってほしいんだ。それに」
僕は力なく笑った。こんなに嘘をよくつけるなと内心思いながら。
「こんな僕でも、ソフィアとの戦いの役に立ちたいんだよ」
「偉い!」
西武さんが、はしっと僕の両手を握った。
「新聞部の鏡!」
「いや、僕、新聞部じゃないから」
「今から入ってもいいんですよ、新聞部」
「えー……」
困惑する僕に、本条さんもにじり寄ってくる、
「その前に、君は写真部じゃなくても、私の被写体ってこと、忘れちゃ駄目だよ」
「おいおい」
十島君が小さなため息をついて苦笑している。
「んだよ、やっぱりもてもてじゃんか、浦賀」
森戸君が、そんな僕らを見ながら笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます