第二十六章
警察がマンション前に来た。住民からのクレームが管理会社に入ったらしい。道路を塞ぐようにマスコミが集まって、道路を占領している状態が違法と判断され、警察が警告に来た。パトカーを見たマスコミはすぐに蜘蛛の子を散らすように去っていく。少しは外に出られるようになったけど、まだ世間は騒いでいる。
「このまま沈黙なんかしてられるか、やってない事で叩かれるなんて間違っている」
三度の飯より理不尽が嫌いな竜胆はノートPCを取り出した。
「何するの?」
「事実話すんだよ。憶測だけで話しやがって、なんで会社も黙ってんだよ! なんか言えよ!」
「世間の噂が早かっただけだよ。日本人は意外と暇だから井戸端会議が好きなんだよ」
余談だけど油屋から油を買うときに時間かかるから油屋と長屋の奥さんが話していることを井戸端会議の語源らしい。油を売ったり井戸端会議だったりは本当は仕事しながらの事で、サボっているって意味じゃなかったんだって。まぁ、物語には関係ないけど。
竜胆はスマホスタンドにリングライトを照らした。春樹はベッドに座っている。
「意味ないと思うよ。ここまで広まった噂ってブレーキが壊れているから」
「黙っている理由にはならないだろう」
問答無用でスマホの録画ボタンを押す。
竜胆は春樹の隣に座る。
「よし、じゃあ、今回の騒動の事実を話します。竜胆えつやと――」
「春樹です」
「今、報道で僕らが女性マネージャーの家で淫行をしたなどという事実確認もせずに、妄想に近い憶測で世間からバッシングを浴びています。正直に申しますと迷惑ですし、今すぐやめないと警察にも通報しようとも考えています。―――じゃあ、事実を話します。10月20日の23時までレッスンスタジオで春樹はダンスの練習をしていました。俺は別件で事務所でサイン書いていました。その後、ふたりで帰ったんですが未成年という事もあり、警察に深夜徘徊と思われたのか職質を受けました。そこで女性マネージャーに俺らがアイドルだってことを証明してもらおうと急きょ呼んで、そこで警察の方も納得して解放されましたが、―――」
「待って、どこまで話す気?」
スマホの録画を止めて春樹が聞く。
「全部だ」
「女性マネージャーの家で晩酌の相手をしてましたって? 飲酒してないけど女の人の家に男性アイドルが入ったって時点で世間はきっと納得しないよ。特に女の子のファンは」
だから会社も対応に困っているんだ。
「だからって黙ってたままじゃ意味ないだろ! たとえまた批判されても事実話すしかないじゃん! やましいことしてないのに叩かれるなんて絶対納得できない!」
そう言う竜胆に春樹はキスをした。
「優しいね。真っ直ぐで素直で熱くて。愛されて育ったんだね。そんな竜胆の事大好き。でもね、そうやって本当のこと話しても聞く耳持たない人は持たないよ。世間はね結構バカなんだよ。バカで愚かで暇人なんだ。忙しかったら他人のスキャンダルなんて気にもしない。芸能人の結婚も離婚も浮気も世間にとっては別に知らなくともいいことなのにいちいち騒ぐのは、それほど暇なんだよ。為替相場でもない、アメリカとの政治でもない、誰かの殺人事件でもない。ね、ほかのニュースなんかよりも圧倒的に価値の低い情報に喜々して飛びつくほど世間は暇なんだよ」
YouTuberの結婚報告に食いつくのはヤフーニュースくらいだよ。だってあんなの一般人だから。と春樹は言う。
「似たようなことあったのか?」
「うん、でもまだ話さない。ね、このままおうちデートしよ」
そう言いながら春樹は竜胆の肩に手を回しながらキスをする。
竜胆はこのまま何もしないわけじゃなかった。
セックスのあと竜胆は会社に電話した。社長は竜胆の話しを聞いてくれたが詳しくは会社で話そうと言って車を出すから待っていなさいと言って電話を切った。
スマホを切ってまだ裸で毛布の中で寝ている春樹のベッドに乗った竜胆はその唇にキスした。春樹は少し目を開けて、竜胆の姿を見て微笑んで、また眠った。
「事務所行ってくる」
「うん」
そう言って寝息をたてる。
下でクラクションが鳴った。社長が着いたらしい。白いクラウンが見えた。竜胆はそのまま鍵を閉めようとしたら肩を誰かに捕まれて壁に押し付けられた。ニット帽の男がいつの間にか目の前にいた。男は竜胆に無理やりキスをした。それと同時に腹に熱い激痛が走った。見るとナイフが刺さっていた。
「好きだったのに裏切った!」
男はそう言って竜胆を置いて去った。腹の痛みに耐えられない竜胆はそのまま地面に倒れた。
「おい、えつや!」
なかなか降りてこない竜胆に社長は合鍵でマンションに入った。そこで血まみれの竜胆を見た。社長はそのまま竜胆を抱えて車まで降りた。途中ほかの住人が驚いて悲鳴を上げたが緊急事態だ。説明する暇もない。そして、クラウンの後部座席に竜胆を寝かせた。
「がんばれ、すぐに救急行くからな!」
社長はすぐに車を出した。道路に出るとすぐにタイヤが鳴った。エンジンを唸らせて赤信号も無視して救急病院にまで走った。病院は八王子病院にした。
「すいません、けが人です!」
抱えられたナイフが刺さった男の子を見た看護師がすぐにストレッチャーを持ってきた。
「先生に伝えて」
「はい」
看護師が同僚の看護師にそう伝えた。
「親御さんですか?」
「この子の社長です」
「ご家族に連絡できますか?」
「ええ、もちろん」
社長はそのまま母親に連絡した。
手術は何時間かも忘れるほど長かったらしい。まるでずっと深い眠りについていたような感覚の中で目を覚ました竜胆は記憶の前後が混乱していた。腹に激しい腹筋のあとのような痛みがあるが、それがナイフ傷のあとだというのには気づかなかった。痛み止めが聞いているらしいが、お腹の奥あたりまで痛い。見ると包帯が巻かれていた。少し硬いのはギプスだろうか。刺された直後だから安静という事で動かないようにしてあるらしいというのはあとで主治医に聞いた。しばらくは流動食ばかりだった。事件後は警察からの事情聴取で犯人はまだ捕まっていないらしいが、ファンの一人だと予測されているらしい。
「春樹は?」
「春樹君なら無事だよ。君だけが刺された」
「よかった」
自分の事よりも春樹が心配だった。
「今日はこのあたりで帰るよ。また何か聞かせてもらうと思うからゆっくり休んで」
「ありがとうございます」
二人の警察はそのまま病室を後にした。入れ替わるように春樹が入ってきた。
「竜胆ぅ………」
春樹はそのまま竜胆に抱き着いた。泣いている春樹の頭を撫でて慰める。かわいい俺の大切な人。
「心配かけたな」
そう言って竜胆は春樹にキスした。
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