第十九章

 「ふぅ」

 そう竜胆社長は溜息を吐いた。

 記者会見は2時間半にも及んだ。多くの記者がアイドルの恋愛について否定的な質問が多かった。だがニコニコ動画記者はコメントでは肯定的な意見が多かったと言い記者と世間の乖離が大きくなってきたと話していた。しかし、それはバブルフィルターの影響だという声もある。バブルフィルターとはユーザーが好む情報を選択して表示することを言うのだが、その印象はユーザーの意見が多数派のように感じることもある。ので必ずしも多数派であるという確証はなく、無作為に選出した電話アンケートの方がまだ統計学的には正しいのかもしれない。だがシェアが多くなるとその考えは正しいとも限らなくなり、興味のなかったユーザーにも出るようになると電話アンケートの正しさはSNSのシェアを上回るようになり、そこでスマホユーザーとの人口比で逆転現象が起こることもある。あくまで起こることがあるので、この物語が正しいとも限らないというのはifの世界としての考えだと頭の隅に置いてもらえると良い。さて、物語に戻ろう。竜胆は疲れた様子で椅子に座った。近くのウィスキーを飲みひと息をつく。確かにアイドルの恋愛禁止は問題だ。俳優だって恋愛しているし、歌手だってしている。アイドルだけ禁止というのは時代に取り残されている。が、アイドルというのは偶像崇拝に近い。ファンが疑似恋愛感情になり、応援することで満たされることも多いだろう。それに伴いリスクも大きい。疑似恋愛とは言ってもファンにとっては推し活とは日常の一部だ。その一部がアイドルの恋愛での崩壊となれば両親が離婚したレベルの日常の崩壊だ。精神を病む子もいるだろう。リスクはその先だ。暴走に出たファンがアイドルに対して危害を加える事件もあるし、交際相手への危害もある。事務所としてはそのリスクが最大の懸念だ。ドライな言い方をすればアイドルは商品だ。その商品を守るのも事務所の責任だ。そしてその商品には人権がある。

 「大変な事態になりましたね」

 秘書が言う。

 「ああ、しかし良い革命の時期だ」

 竜胆の目的は芸能界の新しい革命だ。ビジュ良し、歌良し、ダンス良しが三原則の中で恋愛というのは最も人間が人間らしく美しくなる瞬間だ。それを否定するという事は人間性の否定であり、人格の否定だ。そのような旧来然とした価値観を壊してこそアイドルは次世代に輝くものだ。

 竜胆自身もアイドルだった。とある大手事務所に所属していたが恋愛報道でアイドル生命を奪われた。その後は大手の傘下としてアイドル事務所を立ち上げたが、その本心はアイドル業界への果てしない復讐の日々だ。その好機がこうして訪れたのだ。圧倒的にアイドルを取り巻く環境を変えてやる。メディアも自社アイドルも俺自身もすべて巻き込んで復讐してやる。かならず。

 「竜胆………」

 秘書が肩に手を回す。

 「まだ早い。俺がこの世界に復讐するまで待っていて欲しい」

 「………わかった」

 彼女は悲しそうに寂しそうに竜胆から手を離した。

 「ねぇ、本当に復讐は必要なの? あなたの事、本当に無念だと思うけどあの子が喜ぶとは———」

 「黙れ」

 竜胆は冷酷に言う。

 「俺は必ず春樹を自殺に追いやった業界に復讐する。これは今後生まれるアイドルの為でもある。わかってくれ加奈子」

 そう言って竜胆は秘書である加奈子にキスをする。

 「ええ、分かったわ」

 キスをしながら加奈子はボイスレコーダーのスイッチを入れる。まだ竜胆のブレーキを送れてないが、竜胆を復讐の炎から解放するにはこれしかない。



 「………」

 アリスは社長室の外でその様子を見ていた。竜胆社長は元大手事務所のアイドルだった。アリスが小学生時代には既に竜胆は春樹というメンバー同士で秘密の恋愛をしていたのだが週刊誌がそれをスクープしたことで世間のバッシングを受け春樹は自殺に追いやられ、竜胆はアイドル生命を絶たれた。業界に復讐を誓う社長の熱量は人間として確かに健全なものだが、加奈子の意図が読めなかった。竜胆に恋心を抱いている様子だが、復讐の邪魔をする動機が読めなかった。愛する人の復讐から解き放ちたいとかいう動機ならわかるのだが、その程度じゃ動機が弱い。金の為か。まだ探る必要があるかもとアリスは考えていた。

 「同じ事務所仲間を探るなんて僕も性格悪いな」

 そう思いながらもアリスはまだ悠の事が好きだった。

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