第14話
七夕飾りに彩られた商店街を抜け、真夜中の国道を東に向かって自転車で走る。これから少なくとも昼過ぎまでは蓮水の家に張り付く予定だ。実際昨日の張り込みでは、ほとんど何も掴むことが出来なかった。
俺がビジネスホテルに戻ってすぐに、克哉から電話が来た。
俺と克哉が学校を出た直後に、部室棟でボヤ騒ぎが起きたらしい。サッカー部の煙草の火の不始末が原因ではなく、一階のテニス部の部室付近が火元だ。
「部室棟内に火の気はなかったんだって。警察は放火と不審火の線で捜査を進めるみたい」
克哉はそう言ったきり黙り込んだ。俺もしばらく言葉に詰まった。
つまり俺と克哉は、俺の知る『部室棟でボヤ騒ぎ』という事件を阻止することが出来なかったのだ。
火事は起きてしまった。
どんな力が作用しているのかわからないけれど、俺たちが意図したように『全てなかったこと』にすることが出来なかった。
反面、サッカー部の連中は、自分たちが火元にならなかったことで、部活動停止や大会出場辞退、喫煙に対する停学処分を
これが何を意味するのか。
警戒範囲が『美咲の交通死亡事故』から、全方位に広がってしまって、もう何が起きるか予想がつかないってことだ。
歴史の強制力が、何に作用するのかわからない以上、全ての可能性を潰すしか方法はない。
俺は自転車から降りると、迷わず蓮水の家の庭へと足を踏み入れた。まずは美咲と蓮水の命を奪ったバイクを、確実に走行不可能にする必要がある。
不法侵入、器物破損。
れっきとした犯罪だが、克哉との電話を切った時点で俺の腹は決まった。
コンビニで買った軍手をはめてから、金属用の接着剤をバイクの鍵穴にたっぷりと注ぎ込む。軍手をはめたのは、俺と克哉の指紋がおそらく同じであることを考慮してのことだ。
ガソリンタンクからガソリンを抜き、こちらにもたっぷり接着剤をつけて蓋を閉める。
これで蓮水は、少なくとも二、三日はバイクを使うことは出来ないだろう。
蓮水の家の斜向かいの駐車場に、身を潜めて様子を伺う。今のうちにこれからの立ち回りを、真剣に組み立てなければいけない。
俺はスマホを取り出して、メモ機能を開いた。
俺の知る時間軸で、直接事故に関わったのは三人。蓮水達彦(死亡)、森宮美咲(死亡)、早川亜紀(骨折等、重傷)だ。事故当日、蓮水が酔っ払い運転さえしなければ、この事故は起こらないと思っていた。
ところが、ボヤ騒ぎを阻止出来なかったことで、そうではない可能性が高くなった。
・蓮水以外が事故を起こす
・美咲や早川以外が事故に遭う
・美咲が事故以外の原因で命を落とす
全てを否定出来ない。歴史の強制力が、何を修正しようと働くのか予想がつかないのだ。火事が起きてしまったように、どう足掻いても『交通事故』が発生するのか、美咲や蓮水の命を奪うことが優先されるのか、それとも何も起こらないのか……。
俺と克哉は、何よりも美咲と早川の命を優先させることを決めた。蓮水を見殺しにするという意味に、ならずに済むことを祈る。
克哉が電話で『美咲と早川、どっか安全な場所に閉じ込めらんねぇかな……』と、こぼすように言っていた。蓮水を拉致監禁するよりは現実的な案だ。
夜が明けて二時間、蓮水の家が動き出した。
7:45 五十代と思われる男性が、スーツ姿で車に乗り込んだ。おそらく蓮水の父親だろう。ごく普通の出勤風景だ。
8:20 蓮水の母親と見られる中年女性が、自転車で外出。買い物とかそんな感じの服装だ。蓮水母は30分ほどですぐに戻って来た。
9:15 ようやく蓮水らしき青年が出て来た。メガネをかけているが、卒業写真の面影がある。蓮水本人で間違いないだろう。
バイクに鍵を差し込もうとして、小さく叫び声を上げる。
「なんだよ……これ。悪戯にしちゃ悪質だろう!」
その通りだな、すまん。
「あっ! ガソリンがない! くっ、なんだこれ、蓋も接着されてる⁉︎」
チクショウ!
蓮水が苛立った声を上げて、バイク用フルフェイスのヘルメットを地面に投げつけた。
「母さーん! バイクが悪戯されてる!」
「えー、どうしたの?」
蓮水母が勝手口から顔を出して言った。
「鍵穴が接着されてるし、ガソリンも抜かれてる。警察と修理屋に電話しておいてよ」
「お母さんわからないから嫌よ。自分で電話しなさいよ」
「俺、今からバイトだっつーの! バイクなかったら遅刻だよ!」
蓮水が母親に声を荒らげる。八つ当たりすんなよと嫌な気持ちになるが、原因を作った俺が非難する資格はないな。
蓮水はバイクを諦めて、母親の自転車で出かけるようだ。良かった! タクシーにでも乗られたら、自転車じゃどうにもならなかった。
少し距離をおいて、蓮水のあとをついて行く。自転車での尾行なんて、初心者にはハードルが高いぞ!
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