第27話 タラス軍
襲撃された国の名前をウノという。議会によって国が運営されている。
議会は紛糾していた。太った男が唾を飛ばして叫ぶ。
「これは由々しき事態だ。我々の国の村々が、魔族に皆殺しにされたのだ。やつらを、許してはならん」
「そうだ」「そうだ」と声が上がる。
「だからどうしろというのだ。何ができるのだ。考えてもみろ、数人の魔族に村が全滅に近い被害を受けたのだ。それが数をなして襲ってきてみろ、終わりだ。何もかも終わりだ」
「我々の力を思い知らせてやれ。何のための軍だ。横を見ろ。同じ恐怖にいる国がいるではないか」
「同盟を組め。戦争だ」
「被害は多くない。ここは落ち着くべきだ。報復をすれば多くの人間が死ぬぞ」
「声明を出すのが先だろう。やつらも戦争はしたがらないはずだ。一部の魔族が勝手にやったことじゃないのか」
本格的な襲撃を受けてから、議会は本来の機能をはたしていない。誰も指揮を取ろうとしない。意見だけは言う。何も決定することがないまま、時間だけが過ぎていく。
この年に可決された法案がある。徴兵令、増税、秘密警察である。
この年に解釈が変更された憲法がある。生存権に関する条文である。
人間の国だけではない、獣人にも、魔族襲撃の事件は大きく取り上げられ、震撼させた。しかし、魔族と離れている国ほど、戦争には消極的な姿勢を見せる。魔族と近い国でも、他人事のように捉える国がある。人間が協力して人間を守ることは不可能なのだろうか。様々な思想が渦巻く中、良識ある人々は世界連合軍の構想を創り始めた。
丘の頂点を陣取る二つの陣営がある。一つは一万の近衛軍。一つは三千のタラス率いる地方軍。一万ともなれば魔族が地面を覆っているように見える。
彼らを観戦する魔王、魔王軍総帥、宰相。そして王とヴァンパイア軍総帥。今回の調練の過程から結果まで詳細に記録される。しかし、対決を前にして、近衛軍からは気力というものが感じられない。タラス軍はおや、と思わせるような気が立ち昇っている。始まる前から結果は見えていた。
気というものは、誰にでも見えたり、感じたりできるものではない。戦いの中で磨かれていく感覚がある。それを持たない魔王はどちらが勝つかと落ち着きがなく、宰相は近衛軍が勝つと信じて疑わない。
「ロマン様は、どちらが勝るとお思いですか」
「タラスが」
魔王の問いに即答する。
「エリーズも彼らが非常に激しい調練を行っていたことは知っていますわ。それでも、近衛軍は選ばれた兵ですし、何よりその数は三倍ですわ」
「数で勝負がつくならば、一番強いのは人間ですか」
エリーズが答えに窮する。
巨大な鐘の音とともに、近衛軍が動く。左右に大きく展開しタラス軍を丸ごと包み込んでやろうとする。タラス軍は丘の頂点から動かない。小さく固まり、引き付ける。なだらかな斜面だが、近衛軍が下になる。まだ魔法が届く距離ではない。
一転、タラス軍が一斉に駆け降る。正面から断ち割っていく。その推進力はすさまじいが、流石に数が多い。勢いが押し殺され、逆に押しつぶされるかという時、反転する。丘の裏に隠れていた三百ほどが駆け降りることで挟撃する。
一度崩壊してしまえば、軍ではなく個の集まりになる。そこで踏ん張れるのが負けない軍なのだが、何ともあっけない。
勝つことが分かっていたとしても、見たことが信じられないと口々に言いあう。
タラスの成果は、マトヴェルの弟子ということを考慮すると、これくらいやってもらわなければ困る。
「魔法を使う暇もありませんな」
魔王軍総帥エマニュエルがしみじみという。
正面から魔法を打っても、歩兵は十分な盾を持っているし、騎兵であれば当たる前に逃げられる。魔法は精神を使う。ただでさえ戦いというのは心を削る。歩兵と騎兵で攻めるのが無難に強い。結局、魔法というのは1対1で強さを発揮するものでしかない。しかしその中で魔法や立体的な戦術を活かしてほしいと思う。マトヴェルの弟子という肩書は思い。
「王は厳しいのう。タラスは十分な成果をあげおった」
「マトヴェル殿こそ、悪い笑みを浮かべている。タラスの部屋が書で溢れかえるのでは?」
「はて、どうも耳が遠くて。儂は参考になりそうな軍学書を、弟子を思うがゆえに送ります。師匠の真心というものです」
「作者は」
「マトヴェルという名前らしいですぞ」
最近、マトヴェルが捻くれ爺であることが分かってきた。描いていた総帥像が壊れるのは早かった。そちらのほうがやりやすい。
「ヴァンパイアの王ロマン殿、そして総帥マトヴェル殿、タラス殿を魔王軍に派遣していただき、誠に感謝しています」
宰相バンジャマンと笑みを浮かべて握手する。
「近衛軍が地方軍に敗れるとは奇怪千万。しかし、相手が地方軍で良かった。人間相手に敗けることは、万死に値します。私の首がつながりました」
最強のはずの近衛軍が負けた。この先、軍は巨大化していく。バンジャマンはせっかく飼い慣らしていた軍が力を持つことは、決して気持ちの良いものではないが、それをおくびにも出さない。
話すほど、魔物のような宰相だと思う。
「魔王軍が敗れる時は、ヴァンパイア軍が敗れる時です。協力は惜しみません」
「感謝申し上げます、ヴァンパイアの王ロマン殿。さすればタラス殿をもう少し借りていても?魔王軍そのものが変わるときなのかもしれません」
「タラスで良ければ」
「重ねて感謝申し上げます。エマニュエル殿、あのような調練を取り入れるとして、1年でどうでしょうか。軍に関しては不勉強でして」
「……形にはなるでしょう。10万の地方軍を3か月ごとに入れ替えれば、何とか。一回当たり、二万五千の調練をタラス殿に見てもらうことになりますが」
「任せますよ、総帥。戦争まで時間がないのですから。頼みますよ。では、ロマン殿、マトヴェル殿、今後ともよろしくお願いいたします。私はこれで」
バンジャマンが場を後にする。十分に待って、エマニュエルが深く息を吐く。随分無茶なことを言いつけられた。そういう意味ではタラスも犠牲者か。眉間の皺が深まる。
「明日からでも始めなければ、間に合いませんぞ。近衛軍は算段が付くものですが、地方軍十万を……」
上を向き、何か言っている。
バンジャマンの切り替えは早い。大きくなってしまうなら、自分の指示の下、大きくしたほうが良いと考えたのだろう。
改めて先ほどの戦いを思い返す。調練前を思えば、タラスの兵全体がよく動いていたと思う。集団としての動きができるようになり、これから指揮官の思う軍を作り上げていく、面白さを感じる局面に入るところだった。しかしタラスはまた動きのままならない兵を引き受けなければならない。何倍もの数を。一番面白くないところを根気よく続けなければならない。
ぜひ耐えてもらいたい。ゲオルギーとは別の視点を持つようになるはずだ。
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