第23話 襲撃
アリョーシャは気の高まりと大きな物音で目を覚まし、咄嗟に臨戦態勢に入る。
月明かりだけが頼りだ。
大丈夫だ、部屋の中に敵はいない。隣の部屋にオスカルが寝ていたはずだと思う。廊下に出て、オスカルの部屋の扉を開ける。冷たい風が吹き抜ける。屋根に大穴を開けて、オスカルが中央で立ち尽くしていた。
聖魔法の残滓が光る。
「……どうされましたか」
オスカルが振り向く。影になり表情が見えない。
「ああ、アーシア。今、魔族が襲ってきたんだが、返り討ちにしてやったんだ。もう心配はいらないよ。跡形もなく消し飛んでしまったからね」
悲し気な響きが感じられた。それは、オスカルが魔族を倒したことを誰からも認められない悲しみだ。そして、アリョーシャなら信じてくれるという縋るような気持ちが込められている。
そんなアリョーシャですら、状況を飲み込むことに時間を要した。暗殺を仕込まれる際、暗殺を防ぐ方法もまた体に染み込ませた。魔族が、敵意のある何かがやってきて、気づかずに眠りこけていたとは信じられなかった。
発端は間違いなくオスカルの魔法だったはずだ。つまり、アリョーシャの感覚を信じるなら、そこに魔族はいなかった。混乱しながらも、体は冷える。
腕を手でさすりながら言う。
「寒いですよ。入りましょう」
「ごめん。そうだね。早く寝てしまおう」
アリョーシャの横を通り過ぎ、一階に降りていく。適当に寝床を見つけるのだろう。
扉を閉める。
勇者には、見えないものが見えるのだろうか。やはり、魔族等には人の何倍も敏感になるものなのだろうか。例えば、察知されない距離から先制をできるとすれば……。同時に思う。オスカルは、先天的な病気を抱えているらしい。幻覚を見ることがあるとか、ないとか。噂だ。こうしてみれば、幻覚と言われたほうが納得する。勇者になるのであれば、察知できなければならない。気配を感じられなかったことに悔しさを感じながら、大変そうだと人ごとのように思う。
あくびが出る。朝はまだ遠い。
王は燃える魔族の町並みを見下ろしていた。一番人間国との国境に近く、長らくいざこざが絶えなかった町だ。最近は落ち着いていたが、積年の恨みつらみが雪のように解けてしまったわけではない。
ほとんど同時に火の手が上がった瞬間は壮観であった。燃えているのは町の貯蔵庫で、人的被害は少ないが、資源の打撃は大きい。町人にとっては不幸中の幸いであり、軍人にとっては計画的な襲撃である。
夜の町に悲鳴が響き渡る。町の中を影が走る。空を飛んでいるのはどれも魔族だ。水魔法をもって消火に当たる。しかし、簡単におさまらない様に細工がしてある。軍の混乱に乗じて、ナディア率いる100名が襲い掛かる。魔族軍は辛うじて態勢を整えるが、整える頃には次の敵に向かっている。為すすべなし。すべてが後手に回っている。
モルガンが危惧していた意味がよくわかる。火災は奇襲で成功する確信はあったが、その後の対応がこれほどとは想定外だった。そもそもの調練が足りていない。当然、実戦の意識もない。そんな軍で何が守れるというのか。
太鼓の音が鳴る。撤退の合図だ。魔族は嫌という程に目に刻まれたに違いない、地を走る敵の姿を。更なる人間への恨みを募らせてくれれば目的を果たしたと言える。
このような魔族が相手では、ナディアの初陣は成功して当たり前だった。そこには目をつむり、成果を認めてやることも必要だろう。それよりも、魔王軍が人間の軍に対抗できるのか、疑問が湧いた。今回は完全な奇襲だからといえばそれまでだが、あまりに不甲斐ないようでは、今後の戦争のしようがない。
エリーズに魔族軍の腐敗している様を滔々と説いてやってもいいが、言わなくてもモルガンがやるだろう。嬉々としてバンジャマンを罵るに違いない。
城に戻れば、襲撃に成功した100名が揃っていた。
戦とも呼べないものだったが、実戦を経験したことは大きな糧となっただろう。気の緩みは、総帥か将軍が締め上げるのに任せればいい。
「諸君の活躍を直接見させてもらった。良い成果だった。これで、魔族は黙ってはいられない。遠からず、戦争が勃発する。諸君の更なる力の発揮が頼りだ。今夜はしっかり休んでくれ」
解散する。ナディアだけが残った。彼女のどや顔が、王の気持ちを削ぐ。気は進まないが、ナディアの前まで歩く。
「自慢できる成果か」
「もちろんよ。見てたの、分かっていたわ。どう、最高の出来じゃない」
「結果だけを見ればな」
「素直じゃないわね」
王は何か言おうとして、やめた。有頂天のナディアを現実に引き戻すことが、逆効果になりそうだと思った。しかし、褒めるのも違う。
「笛はうまくなったか」
「当然よ。聞きたいっていうなら、聞かせてあげるわ。ミハイル様との約束だもの」
「ここでは無粋だ」
王が背を向ける。
ナディアは王が乗り気なことに、肩透かしを食らった。何だかんだと言い訳をつけ、逃げられるものだと思っていたのに。
王の部屋のベランダから見える広い庭の景色が王は気に入っていた。あの勇者に全てを破壊されたときも、城は変わらずそこにあった。この部屋から、父はロマンを眺めていたのだろうか。
夜、王はよくここに座る。以前は父の目線を空想した。無邪気に遊ぶロマン。今では笛を吹くミハイルが見える。笛の音は、子供ながらに人生の使命を自覚した響きだった。それが私を成長させたのだ。
「ナディア、吹いてみてくれ」
ナディアは緊張した面持ちで笛を構える。王の顔は庭を向いているが、どこか遠くを見ている。音が震える。王の穏やかな表情は変わらない。それだけを見て、目を閉じ、集中する。心の赴くままに吹く。
自己否定のベールが幾重にも重なり、その一枚一枚が音となって剥がされていく。奥のほうにあるのは紛れもない喜びがある。何に対して喜んでいるのか、彼女自身すら知らないが、楽しくて楽しくてしょうがない気持ち。一瞬だけ姿を現した。
歓喜は過ぎ去り、ナディアの悲しみが戻ってくる。
思わずロマンは振り向いた。目をつむって吹く姿に変わりはない。気のせいだったかもしれないと、目線を庭に戻す。
やがて笛の音が止まる。
「どう、気に入った?」
「ミハイルには追いつけそうにないな」
「別に。ミハイル様は私を認めてくれたから。でもロマン様に認められるってことはつまり弟子が師を超えるってことね。……気が向いたら聞かせてあげるから。毎夜が待ち遠しいんじゃなくて?」
「早く寝ろ。肌に悪いそうだ」
王は手で自身の頬を軽く叩く。美しいその髪、透き通るような肌。何の努力もしなくても若々しい王には分からない苦労があるらしいと知りながら、煽る。しかし今日は機嫌がいいのか、ナディアは不敵な笑みをたたえながら部屋を出ていく。
もう一度庭に目を向ける。ミハイルは笛を吹いている。
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