第16話 国

 エリーズはロマンの大きさに不気味なものと安心を感じる。それは理解の及ばないものへの不安であり、失礼や未熟さを受け入れてもらえるという安堵なのかもしれない。だから、気になることがある。

 意を決して問う。


「ロマン様が目指す国はどんなお国ですの」


 ロマンはたっぷりと悩み、返す。


「エリーズ様はどうお考えで」

「エリーズですか?エリーズは、このまま平和が続くことを願っていますわ。平和って素敵な響きだと思いませんこと」

「私も目指すところは同じですよ、エリーズ様」

「まあ、そうなのですね」


 王と同じところを目指していたことに手を合わせて喜ぶ。

 一呼吸おいて、王は続ける。


「しかし、戦争はなくなりません。私は、これを受け入れることから始めました」


 ゆっくりと言葉が紡がれる。母親が赤ん坊に語り掛けるように。

 目を見開く。背筋が伸びる。全身で聞こうとする。


「国の頂点に立つもの。あなたもですよ、エリーズ様。王が戦争を行うのです。好むと好まざるとに関わらず、ここには複雑な事情があるというものです。不思議なことに聖属性魔法は、我々を存在ごと消し去ってしまう。そんな魔法が人間たちに与えられているのは、戦争が避けられない運命であることを示唆しているのです。死体も残らぬほど残酷な仕打ちに、どうして黙っていられましょう」


 微かに頭を傾け、エリーズが理解できているかを確認する。エリーズが頷く。


「では、戦争せざるを得ないという前提において、重要なのは自国民を守る力です。それは軍であり同盟であり外交でありましょう。私の目指すところは、間違いなく、平和です。私の手が届くのは、どんなに手を伸ばしても自国民までなのです。現実を直視するほどに……。故に、私は最大の脅威である勇者をこの世からなくしたい。ヴァンパイアが人間に怯えなくて済むように」

「よくわかりませんわ、ロマン様。その、納得できないのではなくて、おっしゃっている意味がうまく呑み込めないだけですの」

「エリーズ様にはまだ王ロマンの講義は早いのかもしれませんな。ゆっくりと考えていけばよいのです」


 転じて声を抑え、エリーズに囁く。


「ご自身がお力を付けるまでは、分からないふりをしておかなければなりません」


 それだけを言うと体を起こし、朗々とした声で言う。


「小生は王ロマンに似ているかもしれませんな、真っ直ぐでないところが」


 モルガンと王が笑う。

 生まれつき、心がねじ曲がっている。だから、あらゆる犠牲を払ってでも目的を遂行する意思がある。エリーズにはできない。慈悲の心が邪魔をするからだ。

 エリーズを見ていると、女王を自称するナディアを思い出す。頭の出来は違うかもしれないが、愛すべき心を持っている。


「まあまあ難しい話はやめておきましょう。せっかくエリーズ様と王ロマンが同席しているのですから、楽しい話題がふさわしいのです。ところで、エリーズ様は王ロマンに聞きたいことがあるのではないですかな」


 意味深なモルガンの誘導に、素っ頓狂な声を上げる。

 ますますモルガンの術中にはまっていくエリーズは可愛らしい生娘でしかない。


 一人殺し、人一人分の痛みが襲う。心は痛みに対し、無情なほどに鈍感になる。勇者とは、その痛みをどこかで感じ続けることができる人間なのかもしれない。

 アリョーシャの二人目の犠牲者はあまりにあっけなく死んだ。目を隠されているわけでも、腕を縛られているわけでもない。二人目の犠牲者には、目の前の小娘に勝てば一切を不問とし、解放するとアナスタシアが約束した。力以上のものを絞りだしたに違いない。

 アリョーシャは首元に刃を添えただけだ。降参してくれると思っていた。そう願っていた。しかし、彼は自らの力によって、頭と胴体が別れを告げてしまった。

 また一人殺してしまった。それは良心の呵責として確かにあったはずだ。あれから、何人を手にかけたのか覚えていない。ただ向かってくる敵を殺し切る。背中を王の手が支えてくれているような気がしていた。もう涙も流れない。しかし、確実に死は降り積もる。心が麻痺しようと、ずっと奥のほうに、溶けない雪のように。

 王の膝の上は極上だ。天国があるならば、このような場所だろうと思う。王の気分次第だから、いつという保証はない。だからできる限り堪能しようと頑張るのだが、いつの間にか眠りに落ちていて、自室のベッドの上で目を覚ますのだ。

 アリョーシャはいつも平気な顔をしているが、顔色がヴァンパイアに近くなった。日の光を浴びないせいだけではない。目の下のクマは化粧を使って誤魔化しているが、誤魔化し切れていない。

 ロマンは人間の限界を知らない。しかし、このまま壊れていくのは望ましくない。そのギリギリのところをこちら側に繋いでおいてやる。そのために王の膝が必要なら、折を見て貸す。

 アリョーシャの寝息が聞こえる、穏やかな空間。王のペンが走る。

 すべてを打ち壊すように、ドアが勢いよく開かれる。大きな音とともに姿を現したのは、赤い渦巻き髪が印象的なナディアだ。現在は最速に近いスピードで100人隊長を任されている。

 アリョーシャが目を覚ました。


「ロマン様、アリョーシャとデートしたと思ったら、幼い魔王といちゃついたんですって。アタシという伴侶を放っておいて、どういう了見よ」


 顔まで真っ赤にし、まくしたてる。ナディアの剣幕にアリョーシャが怯えないことは意外だった。実力としてはアリョーシャのほうが上回っているが、年齢で言えばナディアが上であり、性格も高圧的なものがある。アリョーシャがナディアに対し苦手意識を持っていることは感じていた。

 そのアリョーシャは至福の時間を邪魔されて静かに怒りを溜めている。相手が誰であろうと関係ないのだろう。

 アリョーシャを降ろし、ナディアに向かって歩く。


「分かってるならいいのよ」


 アリョーシャよりナディアを優先したことがナディアの自尊心をくすぐる。その期待は王の拳によって打ち砕かれた。

 容赦ない威力。ナディアが消えたと思うと、壁に激突していた。城の部屋の壁は頑丈だ。衝撃を吸収する役割はない。ナディアの顔から血が流れる。折れてはいけない骨が折れた。体が動かない。


「上に立ったと思うな」


 王は一瞥もくれず部屋を出ていく。

 アリョーシャもつまらなさそうに部屋を出る。それでも、良心がまだ残っていた。


「背負うのです、ナディア様。王はそう言われました」

「どういうこと、ねえ」


 ナディアは混乱する。ロマン様に殴られたことに。そして、アリョーシャがロマン様の心をナディアより理解していることに。

 悔しくてしょうがない。殴られた痛みは、傷はすぐに癒えてしまう。この傷が残ってしまえばいい。アリョーシャに負けた悔しさを好みに刻んで留めておいてほしい。

 願いも空しく、あっという間に傷は癒えた。立ち上がる。くらっとして、壁に手をつく。

 アリョーシャの言葉は心深くに刻まれた。背負うのだと。意味は分からないが、それが王の言いたいことだと分かるような気がする。

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