ロマン・ヴァンピール

@konoshitayami

第1章

第1話 闇を打ち払う剣

  常闇に覆われたヴァンパイアの国。その城を我が物顔で闊歩する男が一人。史上最強の勇者アキラ。その鎧はあらゆる魔を打ち払い、その剣は不死の王さえも死に至らしめる。勇者が使う聖魔法は彼の装備に染み込み、自ずから発揮するようになる。

 荘厳な玉座の間。ヴァンパイアの王がその座にいた。

 銀色の長髪。赤い目。顔、骨格がデザインされたように整い、神聖さすら感じる。ヴァンパイアは驚異的な再生力を持つが、王だけに許された不死性は、脳、もしくは心臓さえ残れば瞬く間に再生する。

 見上げるほどの天井、深い紺の垂れ幕がかかり、玉座に向かって赤いカーペットが敷かれている。本来、重鎮や近衛兵がいるはずの場所にその姿はない。城から生気が消えている。

 ヴァンパイア王と勇者の距離はまだ遠い。

 しかし、王は吹き出る汗を抑えられない。死ぬ。戦う前から分かる。幸い、勇者アキラには王の焦りが見えていない。

 勇者の覇気ある声が反響する。怒りが、溢れんばかりである。


「ヴァンパイアの王、貴様は人間を侮辱した。その死をもって、償いをさせてやる」

「笑止。人間は魔物を家畜化している。ヴァンパイアが人間を家畜化して、何が悪い。人間が肉を楽しむように、我々は人間の血を楽しむのだ」

「屑が」

「種族の違いだ。生まれて30年か?40年か?精々生きて100年といったところか。人間はガキのまま死んでいく。大人になれ勇者。そして受け入れろ。これが世界だ」


 勇者から放たれるまばゆい光の奔流がヴァンパイアの王を襲う。眩しさに目を細める。肌が熱い。焼けそうだ。伝説、それすらを凌ぐか。


「まあそう怒るな。我の同胞を一体何人殺してきたというのだ。城が静かになってしまった」

「数えてないね。覚えておく価値もない」

「そうか。勇者アキラ、我はその1人1人を覚えているぞ。夢を共にしてきた同志だ」

「その夢が、人間の家畜化ってか」

「分かり合えんなあ、勇者よ。ヴァンパイアの夢はそんな小さなものではない。まあよかろう。ヴァンパイアは不滅!世界はヴァンパイアによって生かされるのだ!」


 ヴァンパイアの王が両手を高々とあげ、天井を見上げる。そこに何を見たのか。

 勇者の我慢は限界に達した。

 勇者アキラの渾身の一撃は、ヴァンパイア王の全てを灰に還す。

 聖魔法とは、魔族、ヴァンパイア他、闇を好む種族に対する特効。故に、聖属性を開花させたものが勇者を名乗ることを許される。


 私は、父が死ぬ瞬間を見ていた。父の城が大きな光に包まれ、常闇の国に一瞬、太陽が出現した。

 私は泣いていた。母代わりの女性の胸に抱かれて泣いていた。

 父は私を遺した。

 私は生きなければならない。勇者がいない世界を私はヴァンパイアの夢の土台として実現させる使命がある。


  勇者アキラは天寿を全うした。人間の国では盛大な葬式が挙行された。ヴァンパイアを殺し、魔族を殺し、人間の歴史に伝説を残した。世界中の人間がその死に涙をし、世界中の闇が不気味な笑みを浮かべた。

 玉座に座り、天井を眺める。ここで父が死んだ。感傷の情に堪えない。あれから何年がたった。数十年か。ようやく動き出すことができる時が来た。ヴァンパイアにとってはたかが数十年。しかし、長い長い悪夢を見ていたようだ。

 右に、母の代わりを務めてくれた先代のメイド長、今は私の陰であるアナスタシア。左に、ともに育った忠誠心の塊の宰相ミハイル。先代の時代に、追放されることで生き残った総帥マトヴェル。

 両脇に近衛兵と幹部たちが顔をそろえる。前方には三千名のヴァンパイア新規正規軍が整然と並ぶ。父の代の軍は滅んだ。ここにいるのは農民からの志願兵を選りすぐり、マトヴェルの手腕で復活した精鋭たち。

 文字通りのゼロから立て直してきた。


「先日、勇者アキラが死んだことが確認された。この手で先王の無念を果たすことができなかった無念は、皆同じだ。しかし、私怨によってこの国が滅びてしまうことこそ、避けなければならなかった。……お前たちの命を私に捧げろ。夢が叶うその時まで耐えて、耐えて、耐え抜くのだ。ヴァンパイアは永遠に不滅である」


 それぞれが持ち場に戻る。

 王は執務室の扉を乱暴に開け放つ。ソファに腰を下ろし、両手で顔を抑える。

 ついに父の仇を討つ機会を永遠に失ってしまった。怒りが全身を駆け巡る。行き場のないそれは必死に外へ出ようともがく。

 テーブルに振り下ろす拳が掴まれる。アナスタシアだ。簡単に止められるほど、王の拳は弱弱しい。


「王よ、怒りを発散させてはなりません」


 手を引かれ、胸に抱かれる。アナスタシアは母のように振舞ってきた。滅多にないことだが、ロマンが弱っている際には、今もその一面を見せる。


「よく耐えてくださいました。この数十年の間に、勇者の数は増えました。それらを一掃すること、それが王の使命です」


 ロマンは鍛えに鍛えようとも、かつての光景に勝てるヴィジョンが湧かなかった。アナスタシアは戦わないことが勝つことだと訴え続けてきた。絶望と共に刻まれた記憶が、勇者アキラを過大評価していることは確かだ。しかし、既に心で負けているロマンとアナスタシアが勇者アキラに勝る術はなかった。

 私自身が勇者に手を下す。それだけでは生ぬるい。勇者が勇者に手を下すことがあったとすれば……。

 その考えだけがロマンを勇者アキラへの復讐から踏みとどまらせた。勇者だけではない、人間に対する盛大な復讐とするために。


「我々の戦いはここから始まるのです」


 小さな国の小さな城には可愛らしいお姫様が暮らしている。両親の愛情をたっぷりと受けた結果、会う人会う人に笑顔を振りまく。

 お姫様の一日は忙しい。勉強にレッスンに、休む間もない。一日のやることが終わるころには、夜が訪れる。快い疲れと共にベッドにもぐりこむ。デフォルメされた楽器が散りばめられた枕と布団はお姫様のお気に入りだ。寝ていながら、頭の中で音楽が流れるような気がする。

 日々、学ばなければならないことだらけだ。それが楽しくもある。ああ、朝がこんなにも待ち遠しいとは!

 時を置かずして、気持ちよさそうに寝息を立てる。

 王女を眺める影が二つ。


「こちらがあの勇者の血を引く一人になります」


 王は思わず笑みを浮かべる。窓越しに映る幼気な少女が人間に反旗を翻すとはだれも思うまい。


「各地に種を蒔いてきたようです。女王と勇者の不倫とは、話題が尽きません。よほど人間に貢献したかったのでしょう。人間は世代交代が早く、少し薄まってはいます」

「仕方ない。しかし、勇者もまさかその血を利用されるとは思ってもみないだろう」

「まさか勇者は考えないでしょう。日々の情事で忙しくて。このような者に、お父上が敗れたことが非常に残念で、仕方がありません」

「運命だった。そう受け入れるしかない。しかし、最強の勇者の血。人間にとって、これほど強烈に働くこともあるまい」

「無念が晴れるというものです」


 王は簡単に窓を開け、丁重に抱える。睡眠作用のある粉を嗅がせれば当分目を覚ますことはない。


 翌朝、小さな城の王様は大騒ぎをした。突然、愛する娘の姿が消えていたのだ。侵入した痕跡はなく、争った跡もない。警備の人間も全く気が付いていない。

 不審な点は窓が開いていることだ。庭には、うまく誤魔化されているが、足跡があることが分かった。とても人間が飛び降りられる高さではない。しかし、唯一の手掛かりだ。縋るような思いで国内に捜索隊を出した。が見つかるはずもない。王様は誘拐だと信じて疑わないが、どうすることもできずに『王女蒸発事件』として国民の日常に溶け込んでいった。

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