第6話 私の従者
◆
「もしかしてワンコ、獣人だったの!?」
私の疑問に、ワンコくんはこくりと頷いた。
だけど、私にかけようとしてくれていた毛布をぎゅっと握って。
……怯えてる?
私は少し考えてから、床に座ってあぐらを搔いてみた。
両手も広げて、まっすぐにワンコくんの碧眼を見上げる。
私なりの無害アピールだ。
「私はきみとお話がしたい。私の言葉、わかるかな?」
獣人のことは少しだけ知っている。
原初は名前の通り人間と動物のハーフとして生まれたらしく、年々数を減らしている人種の一つだ。この世界の覇者として人間が君臨してから、幾数百年。獣人の地位はどんどん下がっていき、今は『喋る獣』として、虐げられている種族である。
最新の研究結果だと、どうにも知能指数が人間よりも少し低い者が多いらしいんだよね。代わりに、体力や腕力、嗅覚、聴覚などは人間にも勝る。
そのため総数が少ないこともあり、現在は奴隷として扱われていることが多いんだって。
奴隷制度自体が、公には禁止とされている。
だけど未だ、所持、売買している者たちは後を絶たないらしい。
そんな獣人の少年だ。……人間を恨んで、怖がっていたとしても当然である。
「公用語……おれ、しゃべれる。いっぱい、勉強させられた……あの……」
それなのに、目の前の少年は、人間の私に対して勇気を出した。
「おれのこと、助けてくれて、ありがとう」
はい、いいこ決定~!
絶対いいこ。もういいこ。
そもそも、私は動物が好きだった。
モフモフかわいい子だったら、なおのこと。
恋愛している暇なんてないけど、こういうときめきは大歓迎!
でも、いきなり『かわいいぎゅ~♡』とかされても、怖がられるだけだよね。
私がきゅんきゅん大歓喜を表に出さないように堪えていると、ワンコくんが視線を落としながら告げた。
「だから、おれ、行かなきゃ」
「ご主人様が近くにいるの?」
こんなにかわいいのだから、もしかしたら誰かの従者なのかもしれない。
ペットのように扱っている人がいたって、おかしくないよね。まあ、今日昨日でできたとは思えない傷がたくさん肌に刻まれている様子を見て、ろくでもないご主人なんだろうけど。
だけど、私の質問に、ワンコくんが「まだ」と首を横に振った。
「おれ、まだ売られる前。おーくしょん? に向かう馬車から逃げて、気づいたら白い服着たメスがたくさんいるところに迷い込んで……きっと、売人、おれを探してる。見つかったら、おれ、殺され……」
ブルブルと震えて、今にも泣き出しそうなワンコくん。
あ、保護したい。
これは私の本能だ。
きっと、私の知るアネモネちゃんだって、こうするはず!
だから、私は「よし」と立ち上がった。
「なら、私の従者になってみない?」
「えっ?」
「いやあ……私がね、きみが幸せにできる保証はどこにもないんだけどさ。うち、貧乏だし。学園生活のスタートもいきなり失敗してるし」
でも、本当に私でいいのかな、と思ってしまう。
ここには、私よりお金持ちで、いい生活させてあげられる人がたくさんいる。
「それに……恥ずかしながら、私、従者が一人もいなくて、困ってまして」
むしろ、私じゃ、お腹いっぱいにさせてあげられるかもわからない。
たはは、と頭を掻いていた。
「だから、これから私の従者として、助けてくれると嬉しいなーって思うんだけど」
それなのに、ワンコくんは目を輝かせてくれるのだ。
「いい、のか……?」
「私からお願いしているんだから、きみは『いいよ』か『いやだ』で答えるだけでいいんだよ? 正直、私けっこう貧乏で。贅沢どころか苦労をかけることが多いかもしれないから、全然断ってくれてもいいんだよ」
私なりに、誠実に。
そう言葉を紡いでいると、彼は視線を落とした。
「おれ……従者って何をするひとか、わからない……」
「奇遇だね。正直、私もよくわかってない」
私が苦笑すると、ワンコくんが顔をあげる。
その顔は、驚いたように私を見返していて。
私が微笑み返すと、固唾を呑んでから口を開く。
「なら、おれ……おまえの従者になりたい!」
「じゃあ決定だ!」
私は思いっきり、ワンコくんに抱き着いた。
だって、もう私のだも~ん。きっと許してくれるよね?
「これからよろしくね、えーと……」
従者になってもらうのだから、ワンコくんと呼ぶわけにもいかない。
「あなたの名前は?」
そう尋ねると、彼は私の腕の中で耳を赤く染めていた。
はあ、かわいい。
そんなかわいい私の従者が、彼のことを教えてくれる。
「獣人は、名をつけてくれた者をあるじと認めるもの。だから、おれの名前はあるじにつけてほしい」
私が、あるじ……。
その響きに、なんだかニヤニヤしちゃう。
ちょっと背徳感もあるかも。
「じゃあ……アイくん、とかどうかな?」
「アイ……おれの、なまえ……」
由来は、昔の言葉の『愛』からとった。
これから、いっぱい愛情を受け取ってほしい。
そしていつか、いっぱい愛情をあげられる人になってほしい。
私がかつて、アネモネちゃんからたくさんの愛情をもらったから。
それを、いつか多くの人に返したいと思っているから。
ふと時計を見ると、そろそろ授業へ向かわないといけない時間だった。
私たちの、初めての学園生活。
きっといいことがたくさんあるはず!
「それじゃあ、さっそく教室まで連れてってくれる?」
「お、おう!」
私が手を差し出すと、ワンコくん改めアイくんが、緊張した面持ちで手を握り返えそうとしたときだった。
アイくんが持っていた毛布が床に落ちる。
今まで毛布でいい感じに隠れていたアイくんの大事なところが、目に入る。
「!?」
私は、ようやく気が付いた。
全裸はまずいな!?
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