幕間 余談

 さて、話は遡って。


 王子出陣のあと、王子妃はしばらく塞ぎ込んでたと思ったら、突然陽気になった。



「やだー!これもこれもこれも!みんな素敵じゃない!?」 



 普段、貴金属や衣装にとんと興味がなかったのに、キャラバンの商品を丸ごと買い上げかねない勢いである。


 突然の弾けぶりに、周りは苦笑するしかなかった。


 これであの生真面目な王子妃と言うには、無理がある。


 顔はそっくりなので、黙って静々している分には王子妃に見えるだろう…いや、それにしても一回り大きくガッチリしているが。



「ジェス!あなた真剣にやる気あるの!?」



 ジェスのところを余計に強調し、王子付の侍女で、幼馴染でもあるキャロルに嗜められる。



「えー?真剣にやる必要なんかないわよー。だって私の役割なんて、あの子を送り出した時点で終わってるじゃない。あとは役得を味わうだけよ」



 うふふと笑って彼、アンソニーは言いきった。







 ジェシカの双子の兄アンソニーは、行軍に同行させてもらえず塞ぎ込んでいた妹に入れ替わりを提案し、送り出した。


 小さい頃から剣や弓を叩き込まれ、領地でも負け無しだった二人。加えてジェシカは生真面目で勉強熱心だったため、王子の側近には、妹の方が適性があるのだ。


 本当は妹を戦地に送りたくなかったが、王子に聞き入れてもらえず打ちひしがれる妹が見ていられなかった。


 周りも、ジェシカの方が評価が高かったので大丈夫だろう。


 問題は帰ってくるまでのつなぎだった。



「あの子、王子に閉じ込められてて社交なんてちっともしてなかったから、何とかなるでしょう。姫と国王夫妻とはお会いしなきゃでしょうけどね」



 まったく、兄妹揃って能天気なものであると、キャロルは呆れ返った。


 側近としての仕事は、真面目一辺倒の妹に比較して折衝は緩急つけて、見かけによらず上手くこなしていた。


 ただ、何事もほどほどで、余力を残して、いざというときだけ全力投球というのがアンソニーの信条であった。


 さて、その国王夫妻と姫は王子の怒りを買うことを承知の上で、王子妃の行動は黙認することにしたようだ。


 つまり、アンソニーとはジェシカとして接してくれている。



「ねぇジェシカ。弟が担当してた政務はわたくしが引き継いだのだけど、あなたも手伝ってくれないかしら?」



 クラウディア姫はニコニコと大量の書類と供にやってきた。



「半年前まであなたがしていた仕事だし、できるわよね?」



 半年も何も、ついこの前まで受け持っていた仕事だ。


 サボりは許されないと言うわけだ。


 クラウディア姫は、王子が見つかるまで王位継承者だったので、後継教育は受けていたと聞く。


 ただ、5年以上ブランクがあるはずなので、はじめはどうしても時間がかかるだろう。


 あぁ、しばらくゆっくりできると思ったのに…。アンソニーは内心ブツブツボヤいていた。



 ところが、クラウディア姫はとにかく決断と指示が的確で、仕事はサクサク進んだ。


 じっくり検討するグレンと違い、サッと要点を掴んで、切るものは切り捨てる、必要があるものは優先的に処理するというやり方だ。


 もちろん、アンソニーが補足する点はあったが、それに納得すれば修正案も快く通してくれる。


 グレンには悪いが、王としては、クラウディア姫の方が適性があるのではないかと思われた。


 市井で育ったグレンと、生まれながらに王族のクラウディアでは経験値が違うのはしょうがないが。



「あの子は考えすぎなのよね。真面目だから。でもゴネている家臣の意見をゆっくり聞く必要ないわ」



 あれよあれよと溜まった仕事が片付き、アンソニーはすっかり感心した。



「貴方のおかげでやりやすかったわ。思ったよりずっと優秀ね」



 ふだんほとんど接点が無かったが、お互い同じ印象を抱いたようだ。



「うふふ、お褒めに預かりうれしいですわ〜。お義姉様こそ、素晴らしいご手腕ですね」



 アンソニーはジェシカが絶対にしないノリで、返答し、クラウディアは吹き出した。



「テラスでお茶でも飲みましょう。美味しい焼き菓子があるのよ」



 クラウディアは侍女に目配せをしてから、アンソニーとテラスに向かった。



「まぁ!素敵!」



 テラスにはすでにお菓子が用意されていた。


 テーブルにはバラが品良く飾られている。


 席につくと侍女がお茶の用意をしてくれた。香り高いお茶とサクサクの焼き菓子。 


 アンソニーはすっかりご機嫌になった。



「美味しい〜。幸せだわ〜。こういう癒しって最高〜」



「ふふ、そんなに喜んでくれてうれしいわ。グレンもジェスも、お茶に誘っても話が弾まないのよね」



 クラウディアはふっと寂しげな表情を見せた。今はアンソニーとして対応してくれているようだ。



「私で良ければ、いつでもお呼ばれしますよ。王子は何事も控えめだし、妹も女子力皆無ですからねぇ。女の子にはキャーキャー言われて、私よりモテるんですけど」



「あなたは異性というより同性として、モテてるんじゃない?」



「あら、わかります?」



 確かに侍女や下働きの女の子たちと、お菓子や肌の手入れの方法などで盛り上がっている。 



「グレンには悪いけど、ほんと、性別が逆なら良かったわね」



 アンソニーとクラウディアは馬が合ったように意気投合した。




 そんな日々がしばらく続いたが、ある日王子の軍がブレイグ国を制圧したとの報が届いた。


 アンソニーは、また王子付きに戻ると思うと、億劫になった。


 クラウディアとの相性が抜群に良かったので、仕事がとても楽しかったのだ。


 ところが後日、話は一転する………。




「王位継承権を返上したいですって!?」



 戻ってきた王子は、数日するとクラウディアに戦後処理のため、またブレイグへ向かいたいと告げると供に、王位継承権の返上を申し出た。



「何故なの?貴方は終戦の立役者で、国民の支持も確かになったはずよ。ブレイグの処理なら他の者に任せれば良いわ。あなたが行くならそれはそれで、王位継承権の放棄とは関係ないじゃないの!」



 クラウディアは必死でグレンを引き止める。しかし、グレンの意志は固かった。



「やはり、僕の故郷はブレイグなんです。どれほど不毛の地であっても。何とか国民に当たり前の生活を送らせてやりたい…。王族をこの手で処断したからには、責任もあります」



「だからって、王位継承権を放棄する必要は!」



「ブレイグ復興は数年で片付く話ではありません。その間、ワーズウェントの国政までは、とても手が回らないでしょう。姉上は元々、王位を継承する予定だったではないですか。僕が不在の間の政務の進捗を確認しました。綻びのない、見事なものでした。僕が決めかねてた案件も、綺麗に片付いていたではないですか」



 確かにクラウディア自身、グレンが見つかるまではたった一人の直系として、努力をした。だが、その重圧は計り知れなかった。


 だからグレンが来てくれて心が軽くなった。グレンの成長を見守りながら、ますます王位もいらないと思ったのに。



「それは、短い間だったから…。きっと国民もあなたが王位につくことを望んでいるはずよ。私なんて…」



「姉上は、政治の才能をお持ちですよ。それこそ血筋的にも問題無い…」



 確かにグレンの母の身分は低い。だが、クラウディア達はまったく気にしたことはなかった。


 グレン自身、期待以上に努力し、資質にはまったく問題はなかった。それなのに!



「血筋なんて!まだ、そんな事気にしていたの!?」




 クラウディアは声を荒げた。それを見てグレンは寂し気に微笑む。



「僕にとっては重要な事です。もともと母は、僕を王にしたいとは望んでいなかった…僕もです。ブレイグにいた頃の夢はあの国を豊かにする事でした。親友と一緒に。ですから、どうか許して下さい」



「今…即答なんて、出来ないわ…」



 クラウディアは歯噛みをしながら、やっとそれだけを告げた。



「わかりました。それでは、考慮期間として時間を置きましょう。父上もご健在です。急ぐ事はないでしょう。ただ、僕の意向は、念頭に置いておいてください」





 グレンの意思は固いようだ。


 クラウディアは自室に戻り途方に暮れた。


 実は国政が思いの外楽しく、今後もグレンを手伝おうとは思っていた。


 今までは、世継ぎは自分ではなくグレンだと自覚してもらうため、あえて国政から身を引いていたのだ。


 今更、王位を継ごうとも思っていなかった。世継ぎの問題もある。


 頭の中は大混乱だった。


 もしかして、アンソニーもグレンの補佐でブレイグに行くことになるのだろうか?


 この3か月、仕事を共にしたが息が合い、とても有意義だった。


 加えて、底抜けに明るいあの性格。


 彼がいなくなったら、火の消えたように静まり返りそうだ。


 クラウディアはがっくりうなだれてしまった。






 クラウディアから呼び出しを受け、アンソニーは王女の部屋へ向かった。


 ジェシカの格好で何度も訪れではいたが、男の格好で行くのは初めてだったので微妙な違和感がある。


 女装して来るべきだったかな?とズレたことを思いながら扉を叩いた。


 立場で使い分け過ぎて、もはやどれが素なのか自分でも疑問に思う。


 最初は、自分に黙ってジェシカを王宮に上げた腹いせに、ジェシカとして屋敷に籠もっていたのが始まりだ。


 フリフリのドレス、リボンに宝石、甘い焼き菓子に香り高い紅茶。


 どれもジェシカには興味が無く、屋敷は男ばかりの殺伐としたところがあったが、アンソニーが集めて使い出すと、周りの、特に女性陣のウケもそれは良かった。父親はいつも怒っていたが。


 それで目覚めてしまったのかも知れない。


 調子に乗って王城でもやってみたら、女官たちと妙に話があった。ただ、対外的な仕事の時は、男としての意識もちゃんと残っている。


 なので女装は単に嗜好の問題なのかなと思う。


 つらつら考えているうちに、王女の部屋の前についたので、ノックする。



「アンソニーです。お呼びと伺いましたが?」



 ジェシカの立場ならともかく、アンソニーとしては、あくまで臣下として話さなければならないので、おねえ言葉もださない。



「入って頂戴」



 少し苛立った声で返答があり、アンソニーは扉を開けた。


 応接用のソファに埋もれるように、気だるげなクラウディアがそこにいた。


 彼女はいつも凛としていて、こんな姿を見せたことは今までなかった。



「どうぞ座って。グレンから今後のことは何か聞いているのかしら?」



 クラウディアは様子を探るようにアンソニーに語りかけた。



「近いうちにまたブレイグに向かうと聞いています。戦争で疲弊した武官は希望者のみの少数で、今度は文官を連れ、今後のブレイグの立て直しを図ると」



「ほかには?ジェスからも何も聞いてないの?」



「いえ、それしか…。ジェシカは戻ってからあまり元気がなく、そっとしていたので…」



「あなたがその口調だと、ジェスかアンソニーか混乱するわね」



「職務中は、一応わきまえてるつもりなので。この前は、義妹として楽しませてもらいました」



 クラウディアは苦笑した。


 ジェシカにも来て欲しかったが、アンソニーが言うように元気が無いので、今回はやめておいた。


 あの弟は大概の事は相談せず、決定事項として告げてくる。そして頑として譲らない。


 ジェシカを王子妃に迎えるということも、今回の出兵もそうだった。




「そうね。あの時の義妹は、とても優秀だったわ。ねぇ、あなたもブレイグに行くのかしら?」



「それは…」



 今の王子の側近は自分だ。普通なら当然ブレイグに行かなくてはならないだろう。 


 そうすると、おそらく数年は帰って来れない。


 正直、ブレイグの復興には欠片も興味がない。戦争を仕掛けてきて負けた国など知ったことではない。賠償責任を取りたいくらいだ。王子も放っておけばいいのに。


 よほどクラウディアと自国の政務に貢献したほうがやりがいもあるだろうに……。



「グレンの不在の間、また私が政務をやることになると思うの。その時あなたがいてくれたらとても助かるのだけど」



 アンソニーが言い淀んでいると、クラウディアがまさに今考えていた事を提案してきた。



「え?いいの?素敵!」



 思わず口調が砕けたものになってしまう。即答にクラウディアは吹き出した。 



「いいわ、いいわ。口調もそのまんまがいいわ。ついでに言うと、あの子、王位継承権も返上したいって」



「ええ!!またどうして…」



 まだ自分が聞く段階では無いとわかってても、思わずアンソニーは聞き返してしまった。



「ブレイグの復興に専念したいそうよ。そうすると、ワーズウェントの国政までは手が回らないって」



 クラウディアは一息ついて口を開いた。



「私、グレンが来るまで、兄弟がいなかったじゃない?お母様はもう子どもを産めないし、お父様はお母様以外、妃はいらないというし。だからずっと後継のことが重荷だったわ。逃げ場もなかった。国政には興味があったけど、不安のほうが大きかったの」



 ソファで肘掛けに頬杖をつき、視線を斜め下に落としながら続ける。



「グレンが見つかったときに、最低だけど、これで解放されると思ったわ。私も好きな事ができるって。もちろん、いつでもグレンの助けになるつもりで備えていたけど。あの子全部真面目にキレイにこなして、出番なしだったわ」



 なるほど。だからグレン不在の間、円滑に国政を引き継げたわけだ。



「久しぶりに仕事して、正直とても楽しかったわ。あんなに逃げたいって思ってたのに不思議ね。けれど、一度離れてみたからそう感じることができたのかもね」



「ええ。お義姉さま、生き生きしていたもの」



「ふふ、ありがとう。ひとまず王位継承権の件は保留しておくわ。それで、あなたを私の補佐に引き抜いていいかしら?」



「もちろん、あの頭固い王子よりは、お義姉さまが良いに決まってます。ブレイグには妹が行けは問題ないでしょ!」



 不敬罪に問われかねない発言も、堂々としていてクラウディアは心地良い。



「じゃあ決まりね。良かったわ。あなたなら社交も私の代わりにいけそうだし、願ってもない人材だわ」



 アンソニーは何年もこの調子なので、今更誰も驚かないだろう。


 もういっそ夫にむかえても良いかもと、ふと思い、それも悪くないかと思い初めていた。




 そんなこんなでクラウディアが女王に即位し、アンソニーが王配としてワーズウェントを統治することになるのは、まだまだ先の話だ。




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