第12話 誓い

 白い絹に精緻な刺繍が施された婚礼の衣装に身を包み、礼拝堂の祭壇へ向かう。

 ステンドグラスの光が、祭壇と聖女像を色とりどりに飾り美しい。



 いや、その光を受け、優しく微笑み祭壇の前に立ち、自分を待つ、白い衣装に身を包んだ伴侶となる相手のほうが、いっそう美しかった。    

 自分よりも、もっと。

 差し出された手を取り、横に並び立つ。

 そこで祭司の立ち会いのもと、互いに誓いの言葉を交わして婚礼の儀は成立した。


「今この時より、互いを永遠の伴侶とし、尊重しあい、誠実に尽くすことを固く誓います」


 言葉にすると胸に迫り、目頭が熱くなった。


 その後、広場に面したバルコニーで国民にお披露目をしたあと、国の要人に謁見する。

 そしてパレードをかね馬車で郊外の離宮へ移動し盛大な祝宴が催された。


 衣装は全部で三度着替えたが、全て趣向を凝らした豪奢なものだった。

 どう考えても衣装に負けているが、伴侶となった相手は目を輝かせ褒めちぎった。

 馬子にも衣装と言うことか。だが、褒められて、とても嬉しかった。


 しかし、着慣れない衣装に転びそうになるほど、踵の高い履物。

 降るような寿ぎの言葉に返す笑顔は、いい加減引きつって、張り付いていた。


 何しろ早朝から、肌の手入れに始まり、髪結いや入念な化粧に何時間もかけたものだから、体力も精神力も、限界に近づいていた。


 日も落ちる頃、新婦は先に宴を退席した。

 新郎はもう少し客人の相手をするそうだ。


 宴は夜通し催されるので、客人たちは心ゆくまで飲み明かす事だろう。

 だが、新郎新婦にはまだまだする事が残っていた。



 ジェシカは華やかな薄紅色の衣装を脱いで、熱めの湯に浸かると、ようやくひと息つくことができた。


 目まぐるしい一日で、国民のお披露目の後は、何がなんだか良く覚えていなかった。


 踵の高い靴のせいで足首とふくらはぎが悲鳴をあげていた。

 数人の侍女が湯船の周りから腕や足をもみほぐしてくれる。

 入浴は普段一人で行っていたため、かなり気恥ずかしいが、これからは毎日侍女がつくとの事だった。

 湯に落とした香油が鼻孔をくすぐり疲れも手伝って眠気が襲ってきたが、頭が湯船に傾くのを何とか堪えた。

 ひと通り身を清めたあとは水気を拭き取られ、薄手の夜着を渡された。

 繊細な透かし模様が入っている。

 というか、うっすら向こう側が透けており、何やら艶かしい。 


「これ?こんな恥ずかしいの着るの??」


 ジェシカは引き気味に呟くが、侍女たちは容赦無かった。 


「妃殿下は色気が足りないんですから、これぐらい盛っても全然足りませんよ。初夜をお迎えになるんですから」


「あ…そ、だね…」


 それはそのとおりなので、それ以上抵抗ができず、真っ赤になってその恥ずかしい夜着を身に着ける。

 胸は半分しか隠れておらず、足は太腿から下が露わになっていた。

 その上から金糸で刺繍を施された絹の長衣を羽織らせてもらい、何とか落ち着いた。


 あとは横になるだけだというのに、入念に髪や肌の手入れをうけ、薄く紅をさされた。


 ようやくひととおりの身支度を終えると、別棟にある部屋へ案内された。

 そこは、大きな寝台がある立派な部屋だった。

 いたるところに白い花が生けられ、大きな窓からは湖が見える。

 昔、水浴びで溺れかけ、王子に助けられたあの湖だ。


「それでは、私達は退出致します。殿下がお越しになるまで、お待ちくださいませ」


 そう言って侍女たちが下がっていき、ジェシカは一人部屋に残された。

 何とも落ち着かず、窓を開けテラスに出る。

 そこは、寝室と同じくらいある広めの空間で、布張りのソファがあり、ゆったりとくつろげる造りになっていた。

 見上げると、初夏の空に降るような星が瞬いている。

 月明かりが無いため、余計に星が明るく見えた。

 目が暗闇に慣れてくると、普段は見えないような微かに輝く星の集まりも見えた。


「綺麗…」


 吸い込まれるように星々に見入る。

 どのくらいそうしていたか、夢中でただ星を見ていた。


 ふと我にかえると、すっかり身体が湯冷めしてしまっていた。


 部屋に戻ろうと振り返ると、いつの間に来ていたのか、窓辺に立つ王子と目が合った。

 王子は薄紫に銀糸の長衣を纏っている。

 銀糸の縫取りがやはり精緻で、ジェシカのものと同じ紋様を描いている。


 酔っているのだろうか、顔が赤い。


「びっくりしました。いつの間にいらしてたんですか?呼んでくださればいいのに…」 


 そう呟くジェシカに、王子がはにかんで応じる。


「熱心に見てたから、声をかけそびれて。見とれてた。…キレイだね」


「そうでしょう?こんなに満天の星、久しぶりに見ました。ほら、さっきも流れ星が…」


「そうじゃなくて…君が」


 苦笑しながらそばまで来た王子はジェシカの頬に手を添えた。


「真っ白の衣を着た君が、キラキラして星よりも光って見えた」


 相変わらず、聞いている方が恥ずかしいことを言う…。

 ジェシカは真っ赤になって固まってしまった。 


「あ。はは…、この長衣、金糸の縫い取りが素敵ですよね…」


 ジェシカは誤魔化すようにふわっと袖を広げ、裾を翻して見せた。

 衣に焚きしめた香も広がる。

 しかし、長衣の隙間からのぞく夜着と自分の胸元や太腿に気づき、慌てて長衣のまえを合わせ腕で胸を隠した。


「や、これは侍女たちが用意してて、その…」


 真っ赤になって取り繕うジェシカに、王子は優しく微笑んで、そっと抱きしめた。


「うん。すごくかわいい。似合ってるよ」


 しっかり見られてしまったようだ…。侍女たちが恨めしい。

 そう思いながら、自分には似合わないと思ってたので、喜んでもらえて悪い気はしなかった。いや、かなり嬉しいというか、ドキドキする…。


 王子は腕を緩めると、ジェシカをソファに座らせ、優しく口づけをした。長衣の手触りを確かめるように王子の手が、ジェシカの背中をスルスルと撫でる。滑らかに動く指の感触が、背中に伝わり妙な気持ちになる…。


「う…ん…」


 ジェシカの口から吐息がもれだす。


「王子…」


 吐息とともに漏れたその呟きに、王子は動きをピタリと止め、ジェシカをじっと見つめた。


「ジェシカ、君はもう僕と誓いを交わしたんだ。その呼び方は、ないんじゃないかな…?」


 王子は潤んだ瞳で、熱心にジェシカを見つめていた。


「ええ…と、あな…た?」


 ジェシカは散々悩んだ末に、王妃が王を呼ぶときの呼称を呼んでみた。


「あ、それも嬉しいけど、二人のときは名前で呼んでほしいな。」


 王子は思っても見なかった呼び方だったのか、頬を染めつつ期待を込めた目でジェシカを見つめている。


「グ、グレン…様?」


「様、いらない…」


 すかさず言われ、ジェシカは苦笑する。


 最初に出逢った頃は、そう呼んだことがあった。

 彼がまだ王子の身分を手に入れる前、城に向かう途中でオニクセル領に立寄ったときの事。

 ジェシカ自身もまだアンソニーに代わって城に上がる前の事だった。


 あれからいくつも立場を変えた。

 領主の娘と旅人。

 王子と付人の側近。

 兄が復帰してからは城使えの見習い。

 思いが通じ合ってからは不器用な恋人。

 そして今日、互いの伴侶へ。


「グレン…」


 万感の思いを込め、はにかみながらその名を口にすると、ジェシカは花がほころぶように微笑んだ。


「うん、そう、それがいい…懐かしいね」


 王子も…グレンも昔を思い出したのか、嬉しそうに微笑み、ジェシカを抱きしめる。

 そしてそのまま、ジェシカをソファにゆっくりと押し倒した。

 見上げると星空と紫の瞳、そして、銀色の髪。どれも煌めいていて目を奪われる。

 そして今日、永遠を誓った事を思い出し、目を潤ませた。


「どうしたの?」


 グレンが溢れる涙を拭い尋ねた。


「礼拝堂での誓いを思い出して」


 ジェシカは涙を拭う王子の手に頬を擦り寄せる。


「何度でも誓うよ。君を愛してる…ジェシカ…」


 グレンは優しく囁く。


「私も…愛しています…グレン…」


 二人はまた、口づけを交わした。


 見届けるものは星空だけの、二人だけの誓いは、何よりも神聖なものだと感じた。



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