第52話 突入前夜

 遠征に出向くこと五日目。


「この道を通れば、例の神殿がある」

「遂にか……」


 俺たちはセラスフォリア王国の国境付近にある町の近くまで来ている。

 分かれ道となっている一本の道の先にあるのが目的地の神殿があり、その奥に神武具が収められているとのことだ。

 この神武具を取れるかどうかで勇者パーティの今後の魔王討伐の旅に影響が出てくる。

 言うなれば、ここからが本番ってことになる。

 俺たちは早速、行動開始する!

 ……と行くはずなのだが。


「この近くで夜営をすることにする!」


 何とまさかの夜営だった。

 と言うのも、着いたのは夕方になったため、周りが暗くなってきているのもあり、今突入するのはリスクが高いと判断されたからだ。

 ソフィア副隊長が前もって見つけた夜営ポイントに向かった俺たちはテントを張り、翌日の神殿への突入に備えていく。

 そんな時だった。


「ここがニイゼレンの町並みか……」

「国境付近の町は軒並み田舎っぽい印象があるだけに、意外と栄えてるわね」


 夜営ポイントのすぐ近くにある町、ニイゼレンに俺たち第六班は来ている。

 理由は食材や資材の調達がメインであるものの、武具を含めた戦闘で役に立つ物のリサーチも同時にやっている。

 遠征に出る段階で十分な必要物資を用意したものの、万が一って可能性もあるからな。


「では、あたしたちは必要な物資を買い込んでおこうか!」

「「「「「はい!」」」」」


 このメンツの中では一番偉いシーナさんの指示の下、食料を始めとする物資を集めていくことになった。

 ただ、一つだけ、遠征前よりも違うところがある。


「リュウトさん。私も事前にこの町について自分なりに調べたんですけど、セラスフォリア王国が近くにあるだけに、普段ではお目に掛からないような食材もありまして……」

「お、おぉ……。新鮮だな」


 ニイゼレンの町を歩いてみると、想像していた以上の活気がある。

 二つの国の境目にあるだけあって、流通の段階で国内外の食材や資材が流れ着くことも珍しくない。

 物資の揃い具合いも中々に充実しており、見たことのない品種の食べ物もある。

 それだけに、目に付くのは物だけではなかった。

 セラスフォリア王国の最寄りの町であるニイゼレンには大きな特徴がある。


「それにしても、人間以外の種族もいるな」

「東洋から来たような人間もいるわね」

「エレミーテ王国の王都ではあまり見かけなかっただけに、新鮮と言いますか、何と言いますか……」


 それは、ニイゼレンには人間以外の種族が多種多様に行き交いしているのが特徴だ。

 ビースト種やドワーフ種、比率は少ないけど、ハーフエルフ種までおり、中には東洋から足を運んで来たであろう服装の人間も散見される。

 エメラフィールにも鍛冶職人を生業とするドワーフ種もいたりと、人間以外の種族もいないことはないが、ここまで多くなかった。

 それでも、種族の違いのせいで争いや諍いが起きているような様子は見られず、むしろ互いが互いに歩み寄ろうとする姿勢を感じさせる。

 ニイゼレンでこれだけ活気付いているなら、セラスフォリア王国の王都は尚のことって想像できる。


「では、二手に分かれて集めよう!」

「はい!」


 それからは食材の他にも弓矢や回復ポーションなどの戦闘でも必要な消耗品も仕入れ、神殿に突入する時に必要となるだろう道具も買い込んだ。

 備えあれば憂いなしだからね。

 しばらくして、それぞれ買い物をしていた俺たちは合流し、夜営ポイントまで戻ることになった。


「これだけあれば、帰りの分は足りると思うわ」

「そうですね」

「……」


 シーナさんとアンリが気楽な雰囲気で会話している一方、俺は神妙な面持ちでいる。


「リュウト、どうかした?何か考え事?」

「あっ。まぁ、はい。ちょっと気になっていることがありまして……」

「気になっていること?」


 そこへシーナさんに声を掛けられ、俺はここまで来る道中で疑問を感じていたことを伝える。


「エメラフィールからここまで来たのはいいんですけど、魔族はおろか、予想していた以上に魔物と出くわさなかったなって……」

「え?あぁあ。言われてみればそうね。遭遇しても数回くらいだったからね」


 俺の考えていることにシーナさんも思い当たる節があるようなリアクションを取った。

 騎士団が遠征中に魔物と遭遇するケースも珍しい話ではないらしく、その度に退けていたとのことだ。

 実際、今回が遠征に参加するのは初めての俺自身、リスクレベルDのオークやリザードマン数匹やそれに類する魔物とやり合うことが二、三回あった程度だったからな。

 何なら、冒険者時代にダンジョンへ潜った時、階層毎に魔物と遭遇しては戦闘に発展した回数の方が遥かに多かったくらいだ。


「確か、ニイゼレンの周辺にもダンジョンはいくつかあったわよね?」

「はい。ほとんどの魔物はダンジョンが生み出す魔力によって生きているので、短期間ならば、飲み食いすることなく生存するのは可能ですけど、それを加味しても、魔物と遭遇しなさ過ぎるって考えてしまうんですよね」

「そこは同感ね」


 かつては冒険者だったシーナさんも俺と似たような見解を示している。

 そうでなければ、エメラフィールを発ってから中盤まではともかく、ダンジョンも複数あるニイゼレン周辺をここまでスムーズに来れてしまうはずがない。


「とにかく、皆と合流した方が良いと思いますよ。さっきの見解もソフィア副隊長も感じ取っている可能性も大いにありますから!」

「それもそうね」


 そう言って俺たちは夜営ポイントにいるソフィア副隊長たちの下に向かうのだった。


◇—————


「うふふふ……。エレミーテ王国の連中、予想していたよりも早く来てくれたわね」


 ニイゼレンの近くにそびえ立つ丘の上から黒いローブに身を包んだ女性がいた。

 風になびきながらローブに付いているフードから覗くのは手入れが行き届いているような薄紫色の髪と艶やかさを感じさせるような口元だった。


「勇者パーティを誘き寄せられればって思ったけど、私にとっても。いや……。思わぬ因縁が巡ってしまったのかもね……」


 風になびかれた勢いに負けたフードが剥がれたことで見せた素顔は……。


「あの一件をもって、もう縁が無いと勝手に思っていたけど、こんな風に巡り合うとはねぇえ。……リュウト」


 その名前はシェリー・ベルローズ。俺にとっても、言うなれば、多くの意味で因縁が結ばれている女だった。

 そう呟くシェリーは妖しい微笑みを見せるのだった。

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