第4話 光魔法との出会い

 やがて、天界に来て初めての夜が訪れる。


 この天界にも照明器具があることには気付いていた。たぶん電気で動いているのだろうと思うが、資料室はうず高く書類が積み重なっているせいで天井の照明をさえぎってしまっている。それで窓からの明かりを頼りにするしかなかったのだが、夜も更けてくるとそれも難しくなってくる。


「うーん、名残惜しいですが今日はおしまいですね……」



 そうぽつりと呟いた時、ケルビーが突然小さく『ルクス』と唱えた。



 その瞬間――彼女の手のひらに、淡い金色の光球がふわりと浮かび上がる。


「おお……」


 思わず私は声を上げた。光球は柔らかな輝きを放ちながら、まるで意思を持つように宙を舞う。薄暗かった資料室が、温かな夕暮れのような色合いに包まれていく。書類の山々が作る影が、まるで黄昏たそがれ峡谷きょうこくのように神秘的な表情を見せていた。


 それを見た瞬間、私はケルビーに詰め寄っていた。


「な、ななななんですかこれ! ケルビーさん! もしかして魔法ですか!?」


 私の興奮ぶりを見たケルビーは若干じゃっかん、引いている。


「え、えと……ルシエルさんってそんな大声出すんですね……」


 確かに、と私は苦笑いを浮かべた。天界へ転生した時でさえ、ここまで取り乱すことはなかった。あの時は話のスケールが大きすぎて現実感がなく、「まあ、自分にできることをやろう」としか思わなかったものだ。


 ところがケルビーの魔法を見た私は、まっさきにこう考えた――自分にもできるのだろうか? もしできたとしたら、あの光の生成、制御、維持――をどのように応用できるだろうか?


「これは光魔法ですよ。光エネルギーを生み出し、操ることができます」

「ほう……それはつまり『光の波長と振動を操る魔法』ということですね」

「えっ?」

「ああ、例えば人間界では、レーザーは波長制御で切断や治療を行い、液晶は偏光制御で映像表示を実現しています」

「へー……確かに人間は面白いものを発明しますよね。でもそこまでやるには相当な魔力と高度な技術が必要になりますよ。私は『ルクス』……単に明かりを生み出すことしかできません」


 すると、白いマスクの向こうで私は目を細める。



「その魔法、私にも使えますか?」



 そう尋ねると、ケルビーは首をひねった。


「どうでしょう……あっ!」


 しまった、とばかりにケルビーは口に手を当てる。


「そもそもルシエルさんに魔法を教えていいのか、メタトロン様に許可をもらう必要があります」


 それを聞いて、私は内心で舌打ちをする。なんとなくだが、あの男が許してくれるとは思えない。

 そんな私のがっかりをよそに、ケルビーは純粋にも許可をもらえる前提で話を進める。


「魔法の強さは知性に比例すると言いますから、ルシエルさんは凄いことになりそうです」


 ケルビーの話を聞きながら、なんだかRPGみたいな話だなと思う。魔法使いキャラはかしこさがあるほど呪文の威力がアップする。どうやら私の知性は「999」とかいう頭の悪そうな数値だったらしいが、光魔法を使ったら魔王も一撃で倒せるのではないか。


「今、こっそり教えてもらうのはだめですか?」

「だめです」

「……呪文を唱えればいんですかね? るく――」


 そう唱えかけるとケルビーはぴょんぴょん飛び跳ねながら私の口をふさいだ。


「わー! わー! だめです! ああ、ルシエルさんの前で魔法を使ったのは失敗でした……」


 これでは呪文を唱えればいいと言っているようなものではないか。なんてわかりやすいんだろう。ケルビーには悪いが、後でこっそり使わせてもらおう。


 そう考えながら、私は自分の口をおおっているケルビーの手を指でとんとんと叩く。


「あ、ごめんなさい」


 顔を赤らめながら彼女は手をどかしてくれた。


「こちらこそ困らせてしまいましたね。わかりました。許可が出るまで使いません」


 心にもないことを言うと、ケルビーはホッとした顔になる。やや申し訳ないが、あくまで使うのはこっそりだ。メタトロンにバレなければ、ケルビーに迷惑が及ぶことはあるまい。


「ところで……そろそろお休みにしたいのですが、私の部屋はあるんでしょうか?」

「もちろんです! ご案内しますね」




 そうして案内された部屋には特筆するようなことは何もない。白い壁、簡素なベッド、小さなテーブル、浴室とトイレ。なんのにおいもなく、病室ですらまだ温かみを帯びていると思えるほどだ。


「何かあれば私は隣の部屋にいますので、遠慮なく呼んでくださいね!」

「ええ、どうもありがとうございます」


 薄い笑みを浮かべて手を振りながら、私はケルビーが部屋を出ていくのを見送る。


 ただし、すぐには実行に移さず、しばらくは様子を見てみる。監視カメラはないだろうか? そう思って私は部屋の隅々まで確認した。うん、何もない。それに誰も来ない。


 そこで私は手のひらに光球を作るイメージをしながら、小さく呪文を唱えてみる。



「――『ルクス』」



 その瞬間、部屋が核爆発したのかと思った。


 いや、実際に爆発したわけではない。ただ、視界を埋め尽くす光の洪水が、私の網膜もうまく容赦ようしゃなく焼き払っただけだ。まるで太陽を直視したような――いや、太陽なんて比較にならない。これはもう、宇宙が誕生した瞬間のビッグバンをの当たりにしているようなものだった。


「うう……」


 そのまま私は膝をついた。光はすでに消えている。おそらく私がダメージを受けて集中力が乱れたせいだろう。目眩と頭痛で立っているのもやっとだ。手探りでベッドのふちを探して、なんとか腰を下ろす。


 それから目が慣れるまでさらに10分。頭痛が引くまで20分。幸い、隣の部屋から物音は聞こえない。ケルビーには気づかれずに済んだようだ。


 それにしても、ケルビーの可愛らしい光球と同じ呪文だったはずなのだが……


 白いマスクを外しながら、私は天井に向かって呟く。



「さて……どうやってこの魔法を制御したものかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る