旅立ちの日、勇者は城に向かわず退職代行へ行った

@chest01

第1話 勇者、現れず

「う~む、遅いのう」

「はい、陛下。もう約束のお時間ですな」

 謁見の間で国王カッタルイ3世が大臣メンドイにぼやいていた。


 魔界から人間界へと侵攻を始めた魔族との戦い。

 そのさらなる激化は目前に迫っている。

 それにそなえて国王は伝説の勇者ダルツの子孫、青年ダリィを魔王を倒す新たな勇者に認定した。


 伝説では、勇者の血すじは魔族の弱点である聖なる力を生まれ持つという。

 また高らかに行われた認定には、

「王のめいで勇者が魔王打倒に旅立った」

 というフレーズで民からの支持を高めたい、宣伝の意味合いも多く含まれていた。


 今日はダリィが出発の挨拶に来る日、なのだが。

 勇者としての初日から姿を現さないのだ。


 今か今かと待っていると、扉が開いた。

 が、入ってきたのは衛兵だった。

「申し上げます。ただ今、勇者の代理人と名乗る男が訪れ、陛下にお会いしたいと」


「代理人? 何かあったのだろうか。よし、目通りを許す。すみやかにこちらへ通せ」


 部屋を出ていった衛兵が、すぐにローブ姿の男を連れて戻ってきた。

 30前後で髪を七三に分け、顔には眼鏡と満面の笑顔が貼り付けている。


 彼は慣れた様子でひざまずくと、

「国王陛下、お初にお目にかかります。お会いできて恐悦至極にございます」

「うむ。して、代理人という、そなたは?」

わたくし、「退職代行会社いのちだいじに」のセージと申します」


「退職、代行?」

 国王の疑問に大臣が、

「は、陛下。わずらわしい退職の手続きを本人に代わって行う職でございます」

「ほう、そのような仕事があるのか。ん? 待て、その者が勇者の代理人ということは、まさか」


「はい。ご依頼をお受けいたしまして、ダリィ様は本日をもって勇者をお辞めになるそうです」

「な、なにぃーっ!?」

「おお、なんと、勇者を初日に辞めるですとっ!?」


 セージはふところから巻物を出すと、

「こちら、サインの入った退職届の巻物でございます。どうぞ、お納めください」

 きわめて事務的に、近くの衛兵に渡そうとする。


「待てっ! なぜなのだ、いきなり辞めるでは納得がいかん。どのような理由か詳しく説明せよ!」


「本来、私どもの業務は詳細な説明をはぶき、手続きを済ませるだけなのですが⋯⋯。今回は勇者という非常に特殊な職業であり、ダリィ様のご了解も取れておりますので、お伝えいたします」

 彼の顔から笑顔が薄れ、すぅと目が細くなる。


「ダリィ様が勇者として出発される日に、陛下からいただけるものがあるとお聞きしました」

「銅のつるぎと皮のよろいか」

「それと旅費としての150ゴールドですな」


「この城の衛兵はみな鋼鉄の装備を付け、比較的安全な地域に派遣される兵士にでさえ鉄製の剣と胸当てが支給されています。ですがその武具はまるで、村の自警団ではありませんか。

 そして旅費。これは城に仕えはじめたばかりの下級兵士の月給以下で、金額にすれば最低賃金を大きく下回っています。これでどう魔王を倒しに行けとおっしゃるのでしょう」


「装備と旅費は、その、最近、魔王軍との戦費がかさんでしまい、王国のふところ事情もあってな。それで仕方なくグレードを下げて、なあ? 大臣」

「は、はい、本当に仕方なくなのです。宣伝のためのお飾り勇者に余計な金など使いたくない、などとは一切考えておりません」


「戦費で苦しい、ですか。先週の王女の誕生日パーティーは、花火を上げてパレードをするほど盛大であったとか」

「そ、そういった催しを派手に行うことでだな、暗くなりがちな人々の気持ちを盛り上げようと、そういう意図もあったのだ。決して娘のわがままを聞いたわけではないぞ」


「なるほど。ときに、陛下はセレスティアルソード、ホーリーアーマーという、先代勇者の仲間だった聖騎士の装備を秘蔵されているとか」

「いかにも。あの武具は魔族を撃退した伝説とともに、我が国に残る由緒ある剣と鎧」


「もしものお話ですが、それらをダリィ様にお貸しする、ということは可能でしょうか?」

「あれをだと? 馬鹿を申せ。国宝も同然の逸品なのだぞ、貸すなどとんでもない」

「ええ。傷付くのはもちろん、紛失でもされたりしたら取り返しがつきませんからな」


「⋯⋯そうですか。最高級の装備品と先立つものがなければとても勇者としては冒険になど出られない。というのがダリィ様のご意思ですので、やはりそれが変わることはもうないでしょう」


「ぐぬぬ! ええい、さっきから金品の話ばかりしおって! 褒美や見返りを求めず、正義のために働くのが勇者のあるべき姿であろう!」


「そのやりがい搾取的で、無報酬でもやるのが社会通念、であるかのような考え方もダリィ様は嫌だとおっしゃっていました」


「なんだと!? 辛抱もせずにあれが嫌これが嫌と、勇者が役目を放棄して弱き民たちが犠牲になってもよいのか!? もし魔族による被害が増えたら、怠慢な勇者の責任ということになるぞ!」


「力なき人々を盾に脅すような御言葉。一国を治める王として、いかがなものかと」

「うぐっ、こ、これは勇者の力を信頼し、民の命を思ってのことでだな⋯⋯」


「でしたら尚更なおさらのこと、ダリィ様が存分に力を振るえるようフォローしていただくのが、道理であったのではないかと。装備や資金の提供などをふくめ、勇者という選ばれし存在を的確に扱えなかった場合に生じる被害と損害⋯⋯その最終責任は認定して指示する側、つまり誰あろう国王陛下、あなた様にあると私は考えますが」

「む、むうう⋯⋯」

 国王は唸るしかなくなる。


「ダリィ様は「ただでさえ凶暴は魔族を相手にして命がけなのに、装備は自腹で現地調達、薄給で危険手当て1つ付かない職ではやっていけない。それなら、条件は同じでも稼ぎのいい冒険者になる」と次の職を決めたそうです」

 それでは失礼いたしました。

 セージは深々と礼をすると、またビジネスライクな笑顔に戻り、衛兵にしっかり退職の巻物を手渡す。

 そして無言で振り向き、歩き出した。


「お、おい待て、待たぬかっ! 勇者が勇者を退職するなど断固として認めんぞっ! 魔王との戦いを前に転職するなど、許されると思っているのか!?」

「ああ、これでは宣伝が逆効果に」

 国王が顔を赤くしてわめき散らし、

 大臣が青ざめて慌てふためく、

 その姿を背に、セージは部屋をあとにした。

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