水影(みかげ)

碧美

プロローグ:境界線上の夢

水は異常なほどに浅く、その底に敷かれた白く乾いた小石一つ一つの輪郭が、痛々しいほど鮮明に、網膜に焼き付いた。


 

夢か現実か、その境界線は既に崩壊している。


 

水面には、光を反射して毒々しく輝く色とりどりの貝殻、汚れが染み込んだ使い古されたトランプ、そして文字盤が粉砕された懐中時計が、祭壇のように並べられている。


 

彼らが水面を覗き込む。友人夫婦、エミとリョウ。その背中はひどく丸く、彼らの不安は水面の歪んだ陰となって揺らめいている。まるで、この浅瀬全体が、二人の秘密を封じ込めた透明な檻のようだ。


 

「カシャ……カシャ……」


 

彼らが何かを試行錯誤するただ中、乾いた、感情のない古いカメラのシャッター音だけが、この静寂を切り裂く。それは誰かの盗み見る視線であり、永遠に記録される罰の音。


 

誰が、なぜ、この儀式を記録しているのか?その疑問は、水面に広がる冷たい波紋のように、意識の全てを覆い尽くした。


 

場面は一転する。

息をのむほど濃密な花々の香りが、肺の奥を焼け付かせた。鮮やかな赤は血の熱のように、深く静かな青は絶望の底のように、光を宿した黄色は狂気の輝きのように。無限に広がるその花畑は、痛々しいほどの過剰な生命力を放っていた。


 

「もったいない……この熱が、ただ朽ちていくだけだ」



触れた指先に、植物ではない、人の肌のような微かな熱。この美しさを、この「生命の熱」を永遠に留めるという甘美で幻想的な渇望が、奔流のように意識を駆け巡る。


 

次の瞬間、嗅覚が無機質な塵の匂いで満たされる。灰色のコンクリートの部屋に、脈動する太陽の断片のような、鮮烈な黄色のスポーツカーが鎮座している。この車に、「永遠に隠蔽されるべき証拠」がある。そう確信した途端、理性を焼き切る獣の咆哮のようなエンジン音が部屋を切り裂いた。


 

ブォォォン!


 

轟音と共に、車はコンクリートの壁を紙のように突き破り、瞬時に音も光も届かない「闇」へと消え去った。


 

この浅瀬、花畑、黄色の車という、色彩と物質感の異様な断片の連なりは、一体何を意味するのだろうか?その答えを探す旅から、あなたはもう逃れられない……

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