第二章 怠け者、商会に狙われる

 納品が成功して三日。

 私は森の小屋で、のんびりとお湯を沸かしていた。

 文明の香りがするハーブティー。通販で買ったマグカップに、湯気が立ちのぼる。


「ふう……平和って、最高」


 スマホを眺めながら、次に仕入れる商品を選ぶ。

 “口コミ効果”は予想以上だった。

 王都の宿で「髪がさらさらになる不思議な水」が話題になり、貴族街の婦人たちがこぞって浴場を訪れているらしい。


 ギルド経由の売上報告は三日で二十銀貨。初期投資分を差し引いても黒字だ。

 しかも、私は一歩も動いていない。


「怠けて稼げるって、素晴らしい……!」


 幸せのあまり、ポテチを開封する。

 サクッという音が、森に心地よく響いた。


     ◇


 だが、順調すぎるビジネスには、必ず影が寄ってくる。


 四日目の夕暮れ。

 小屋の周囲に、かすかな人の気配を感じた。

 木の葉のざわめき、踏みしめる足音。

 私は音もなくスマホを手に取り、通販で買っておいた「簡易監視カメラ」の映像を確認する。


 ──黒い外套の男が三人。

 ギルドの使者にしては、行動が怪しい。

 腰には短剣、動きは訓練されている。


(……きたな。情報屋の嗅覚、早すぎ)


 どうやら、私の存在が商会筋にバレたらしい。

 表ではギルド経由で契約していても、裏では「供給源を押さえた者が市場を制す」と考える連中がいる。

 彼らの狙いは、怠け者一人──つまり私。


 しかし、怠け者のくせに、私は事前準備だけは完璧だ。

 通販で購入済みの防犯用品一式。

 赤外線センサー、音響威嚇装置、そして煙玉。


「はい、起動っと」


 私はボタンを押した。

 森に設置したスピーカーが鳴る。


 ──グルルルルル……!


 重低音。猛獣の唸り声。

 男たちは一瞬で硬直し、互いに顔を見合わせた。


「魔獣か!?」「ま、まさかこんな場所に……!」


 いいね、臆病で助かる。

 さらに、足元に小石を投げると、煙がぶわっと広がった。

 通販特製“サバイバル用煙幕ボール”。

 原材料はただのマグネシウム粉だが、異世界の人々には十分な脅威だ。


「撤退だ! 一度引く!」


 外套の男たちは慌てて森の奥へ逃げていった。


 私は小屋の影から静かに息をつく。

「……はあ、危なかった。けど、これで一安心」


 いや、安心してる場合じゃない。

 人が来たということは、情報が漏れているということ。

 取引相手のどこかが、圧力を受けたかもしれない。


     ◇


 翌朝。

 ギルドから封書が届いた。送り主は──ロベルト・ハルト。


《至急確認願う。王都の商会ギルド『ヴァルマー商会』が、君の商品の卸権を独占契約に切り替えようとしている。

 ギルド本部は反対しているが、裏で貴族が動いている。

 可能なら一度、私に接触してほしい。

 場所は王都北門の旧倉庫。午後六時。》


 封書の端には、銀色の封蝋。騎士団の正式印。

 信頼できる。……けど、対面はしたくない。


「怠け者スキル発動……“動かずに交渉する方法”っと」


 しばらく考え、私はニヤリと笑った。

 スマホを開き、通販サイトで“ラジオ通信機”を注文する。

 文明の力、再び。


     ◇


 午後六時。

 王都北門近くの倉庫に、ロベルトは一人で来ていた。

 扉の隙間から射し込む夕陽。埃が光の中を舞っている。


「……来ないのか?」


 彼の呟きに、壁際の木箱から声が返る。


『ここにいるよ。声は聞こえるでしょ? 通信機、便利でしょ?』


「……まさか、これが“通販の力”か」

「そう。私は動かない。動かずに世界を動かす。それが私の働き方」


 ロベルトは苦笑しながらも、話を続けた。

「ヴァルマー商会の動きは速い。すでに浴場組合の上層に金を流して、契約変更を迫っている。

 君が顔を出さない以上、“代理人”を立てようとしているんだ」


「代理人……勝手に名乗って売るってこと?」

「そうだ。偽物の商標を作り、“王都正規販売”を名乗るつもりらしい」


 私は通信機の向こうで肩をすくめた。

「つまり、“怠け者のブランド”が、早くもコピーされたわけね」


「放っておけば、市場は混乱する。王城の上層も動きかねない。どうする?」


 しばし沈黙。

 そして私は、静かに答えた。


「なら、動かないまま、彼らを潰す」


「……どうやって?」


「簡単。評判で殺すの」


     ◇


 翌日、ギルドの掲示板に一枚の告知が貼られた。

 ──“模造品に注意”。


 内容はこうだ。


最近、王都で出回っている『香りの洗い水』の中に、粗悪な模造品が確認されました。

本物には、ラベルの裏に魔術刻印が刻まれています。偽物を使用すると髪が傷み、場合によっては抜け毛を引き起こします。

購入の際は、ギルド認定の印があるものをお求めください。


 同時に、ギルド経由で無料サンプルが王都全域に配られた。

 もちろん、本物だ。

 使用した人たちは即座に違いに気づく。香り、泡立ち、仕上がり。


 ──結果、模造品を扱った商会は、信頼を失った。


「噂って、怖いでしょ?」

 小屋で紅茶を啜りながら、私はつぶやく。


 ロベルトから届いた短い報告書には、こうあった。

《ヴァルマー商会、顧客離れ。上層部の貴族が撤退。模造品事件として調査中。君の名前は一切出ていない。》


「ふふ。怠け者、完全勝利」


 私はカップを置き、スマホを手に取った。

 新しい通知が一件。

 ギルドからの依頼書だ。


《王立魔法学院から納入依頼あり。学園寮の洗髪剤として採用希望。詳細契約相談》


「……おお、来たか。学生マーケット」


 怠け者スキルがまた光る。

 今度は、“学園スローライフ市場”が、私の引きこもりネットワークに組み込まれていく──。

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