第三章 決意

「ちゃんといんじゃねぇか、アニミーがよぉ」

 着いたのは、芝生が敷き詰められた広い広場だった。深夜なのだから当たり前だが、人は一人も見当たらない。

 日中は人で賑わっているであろうこの場所に人が全くいない光景は、不気味さと寒々しさを余計に感じさせた。

 そんな中、広場内にポツポツと取り付けられた街灯がアニミーの姿を照らし出している。

 体はオレンジ色で、両手と頭らしきものが円盤の形になっている二足のアニミーだった。

「等級は弐ってところか。まぁ初任務にしてはうってつけだな」

 透羽はアニミーに向かって早速走り出す。淳希が、「ちょっと!」と制止の言葉をかけるが、「まずは見てろって」と言って透羽は動かす足を緩めることはなかった。

「『壱ノ獄・悪華滅楼』」

 透羽は左手に持った刀を宙に投げた。すると、その刀は禍々しい黒の花弁に姿を変え、アニミーの頭上から降り注ぐ。

 それは花弁が散り、地面めがけてゆっくり落ちていくため、当然アニミーにも見切ることが出来た。アニミーはその花弁たちを防御しようと両の円盤を振り回すも、その花弁が切り裂かれることはなかった。

 全ての花弁が地面に付いた瞬間、アニミーの体には無数の切り傷が刻まれた。アニミーの両の円盤は地面にオレンジ色の液体をまき散らしながら、地面にボトリと落ちる。

「ギャアアッ!」

 アニミーは苦痛の声を上げながら地面にガクリと崩れ落ちる。

 黒い花弁は透羽の手に集まると、元の刀の姿に戻った。

「『弐ノ獄・消魔ノ鎖』」

 透羽はアニミーに一気に近付くと、胸の中心に向かって一本の刀を突き刺した。すると、刀が突き刺さった所から黒い鎖が飛び出し、あっという間にアニミーの体を拘束する。

 透羽は淳希の隣まで飛び退った。

「んじゃ、魔力の使い方を説明すっぞ」

「あ、あぁ」

 淳希は、流れるようにアニミーを弱らせたことに、驚き過ぎて見入っている。

(そ、そう言えば俺のデビュー戦だった)

 淳希の頭からはすっかり抜け落ちてしまっていた。透羽はそんなことに微塵も気に留めず、口を開く。

「人間の魔力っつーんはココにあるんだ」

 そう言って、透羽は淳希の心臓部分をトントンと軽く叩いた。

「こっから頭、爪先まで、血と同じ感じで魔力は体中に巡ってる。その巡ってる魔力を武器に、お前の場合は両手の拳に集めるようなイメージを頭の中で描け」

 淳希は目を瞑り、言われた通りに神経を巡らせる。

 すると、体を巡っている何かが次第にじんわりと両手に集まってくる感覚がする。それは生まれて初めて感じる不思議な感覚だった。

「それで良い。んで、集まった魔力を一気に解放する」

 一気に解放。物凄く抽象的な表現だが、弾けるような感じだろうか。取り敢えず淳希は、言われた通りにイメージする。

「ははっ、テメェ結構スジあんじゃねぇか」

 透羽の楽しそうな声に、淳希は恐る恐る目を開けてみる。

 すると、白のフィンガーレスグローブに白く輝いている靄が纏っていた。

「この靄が魔力だ。あとは技名を声に出して魔力を調節するだけだ」

「技名……」

 技名なんて知らない。そう言おうとした時、淳希の頭の中に瞬時に文字列がいくつか浮かび上がってきた。

 これが技名、ということか。勝手に浮かんでくるなんて、なんと便利な仕組みだろう、感心せずにはいられなかった。

「『壱ノ拳・白色乱舞』」

 淳希が両腕を真横に伸ばすと、頭上に大量の先の尖った白い鉱石が生成される。

 そのまま拳を前に突き出すと、その鉱石が一気にアニミーに襲い掛かる。

 アニミーが鉱石の攻撃に気を取られている間に、淳希はアニミーの懐に潜り込む。

「はぁぁっ!」

 下から拳を突き上げ、思いっきり拳を食らわせる。拳がアニミーの顎の付近を直撃し、頭から鉱石が突き出した。

「ギャァッ……」

 アニミーはオレンジ色の光の粒に変化すると、蒸散していった。

「倒し、た……」

 淳希はフィンガーレスグローブがはまった自身の手を見つめる。

(俺にも魔力を扱えた。俺にもアニミーを倒せた……!)

「上出来だなぁ」

 透羽は、ガシガシと乱雑に淳希の頭を撫でまわす。

 その力が少し強めだが、それ以上に透羽に褒めて貰えたと言う嬉しさが一気に込み上げた。

「テメェ結構度胸あんじゃねぇか。最初からアニミーにあそこまで接近出来る奴はなかなかいねぇぜ」

「そう、なんだ……!」

 怖いとも何とも思わなかった。あの時はただ、透羽に良い所を見せたいという一心でアニミーと戦っていた。

 と、正直に言うのは少し照れ臭かったので、淳希は心の中で止めておく。

「あぁ。この調子ならもっと強い奴とも──あ?」

「……? 透羽? どうし──」

「来る」

 次の瞬間、ドガァンッと地面を割って出てきたのは蛇の様に長い巨大なアニミーだった。

 体は緑色で、赤い目が四つ額に付いており、それぞれが不気味に蠢いている。

「等級はサードか。良いねぇ、面白くなってきた」

 透羽は唇をペロリと舐めると、挑発するように紅い目を細める。

 アニミーが咆哮すると、それに応えるようにあちこちから火柱が地面を突き破って空高くへ昇っていく。

「嘘だろ、あれを倒すの……?」

 先ほどのアニミーよりも数倍大きい。テラテラと光っている体表の鱗は、見た目通りかなり硬いはずだ。刃が通るとは到底思えない。

「デビュー戦にしてはハードモードだが、俺がいっから問題ねぇよ。早く武器を構えろ」

 透羽の言葉を受け、淳希は慌てて魔力を両手に流し込む。

 しかし、淳希の準備が整う前に動いたのはアニミーだった。

 アニミーは長い尾を鋭くしならせると、淳希に向かって振り下ろす。そのスピードは今まで目にしたことがない速さだった。

(避けられない……!)

 淳希は、身を固くして強く目を瞑る。

 一瞬、体が浮くような感覚がした。その後に、恐る恐る目を開けると、淳希は透羽の小脇に抱えられていた。

「おいおい大丈夫かぁ? 戦闘中はアニミーからあんま目離すんじゃねぇぞ」

「あ、ありがとう……」

 透羽は空高く跳躍して、アニミーの頭上を軽々と越えていく。

 スタッと軽く地面に着地し、淳希を地面に下ろした。そしてすぐさまアニミーに向かって斬りかかる。

 透羽は、人間の何十倍もの大きさのあるアニミーを圧倒していた。

 正直に言うと、淳希はあのアニミーを怖いと感じていた。先ほど倒したアニミーとは比べ物にならない程強いと言うのを、肌でビリビリと感じるからだ。

 先ほどまでは微塵も湧き上がってこなかった恐怖心が、淳希の胸の内を占めていく。

(集中しないと。集中、集中……)

 しかし、淳希の意思と反して先ほどはうまくいったはずの魔力の操作が、どうしてか上手くいかない。

 自身の拳に魔力が集まってくる気配がないのだ。淳希は次第に焦りを覚える。

(こ、このままじゃ、透羽の足手纏いに──)

「おい! よけろ!」

 透羽の焦った声が、淳希の鼓膜を震わせて思考を中断させる。

 淳希が、いつの間にか俯かせていた顔を上げると、淳希に向かって火を吐いたアニミーと透羽の焦ったような表情が同時に見えた。

 淳希は、「いつもはボーカーフェイスのことが多い透羽が、そこまで焦りに塗れた顔をするなんて」という場違いなことを考える。

 その間にも、炎が淳希に向かって迫ってきた。

 淳希にはそれが、スローモーションのように酷く遅く見える。それでも、淳希の体は凍ったようにその場から動かなかった。

 炎が淳希を襲う寸前で、淳希の体が横からドンッと何かにぶつかられる。

「っ!?」

 何事かと目を向けると、そこには炎から遠ざけようと淳希を押した透羽の姿があった。

 しかし、淳希を押したことで透羽は避けることが出来ず、真正面から炎の攻撃を喰らってしまう。

「ぐっ……!」

 透羽が苦し気な声を漏らすも炎は勢いが止まらず、そのまま透羽を近くの壁に叩きつけた。

 そこでやっと、炎が蒸散する。

「透羽!」

 淳希は、透羽の元に慌てて駆け寄る。

 透羽の背後の壁は蜘蛛の巣状にヒビが入っており、透羽はそこに力なく凭れ掛かっていた。

 額から血が流れており、透羽はすぐに立ち上がろうと足に力を込めていたが、力が入らないと言ったようにすぐに脱力して地面に座り込む。流石の透羽もすぐには動けない様子だった。

 それを見た瞬間、淳希の頭には一気に血が昇り目の前が赤くなった。

(透羽を傷付けやがって。赦さない、赦さない!)

 それだけが、淳希の脳内を支配した。

「『弐の拳・月花光殴』」

 先ほどまでの怖いと言う感情は幻だったかのように消え去り、今感じるのは、透羽を傷付けたことに対する、アニミーへの怒りだけだった。

 淳希は、アニミーの頭上へ飛び上がってその背中に乗ると、拳で殴り続ける。

 同じ個所を、何度も何度も。

 すると、硬い体表に次第にヒビが入り、完全に割れた。地面に散らばっていく硬い鱗。

「ギャァァッ!」

 痛みに耐えるように体を左右に揺らし、淳希を振り落とそうとするアニミー。

 淳希はもう一度高く跳び上がると、両手を組むようしてアニミーの額にその手を振り下ろした。

「グアァ……」

 アニミーが地に横たわった。そのままピクリとも動かない。

「マジかよ……、一人で倒しやがったアイツ……」

 透羽は霞む視界の中で、華麗にアニミーを倒す淳希の姿を透羽は見ており、感嘆の声を漏らす。

 つい先ほど魔力の扱いを知った奴とは思えない、かなり高い戦闘技術だったと思う。

 しかし透羽は、そこで淳希の異変に気付く。

 淳希は、もう倒し終わったはずのアニミーをまだ殴り続けていたのだ。

「よくも、透羽を……」

(透羽を傷付ける奴は誰だろうと赦さない。俺がこの手で殺してやる)

 淳希の目の前が、ドクンドクンと鼓動に合わせて赤く点滅している。

 集中していなくとも、勝手に両の拳に多くの魔力が集まってくる感覚がした。

(このアニミーは絶対に赦さない。絶対に──)

「淳希! ……もう良いから」

 その時、淳希は透羽に肩をグイッと後ろに引かれる。

 いつの間にか近くまで来ていたらしい。淳希は透羽が近くにいたことに全く気が付かなかった。

(まだだ、まだ……!)

 透羽の制止を無視して、もう一度アニミーに拳を振り下ろそうとしたその時。

 淳希の視界の端に、透羽がガクンと地面に膝をつくのが目に入った。

 それを見た瞬間、淳希の頭に上っていた血は一気に急降下し、赤かった視界も正常に戻る。

(そうだ。目の前のアニミーよりも今は透羽を)

 淳希は握っていた拳を解き、透羽の傍らにしゃがみ込む。

「透羽! 大丈夫!?」

「ハッ、……正気に戻ったかよ」

「うん、ごめん……」

 淳希の脳内は、一気に後悔に染まった。

(俺は何てことを。透羽をほったらかしにして。俺を止めるために無理して動いて、ここまで来てくれたのに)

 淳希は透羽の背中に手を置いて、少しでも傷の痛みが和らぐようにと願いながら、背中を優しくさする。

 透羽は大人しくされるがままになりながら、口を開く。透羽の諭すような静かな声が、淳希は余計に後悔の念を搔き立てられた。

「魔力は感情に左右されることが多い。だから魔力は扱いが難しいんだ。アニミーハンターは感情の制御もしなきゃなんねぇ。最初に教えなくて悪かったな」

「そんなの……。透羽のせいじゃない」

「でも、お前はすぐに戻って来られた。それは、お前の心が強い証拠だ」

 そう言って、透羽は淳希の頭を今度は優しく撫でてくれる。

 お互いがお互いの体のどこかを撫でている今の状態は、傍から見たら変に見えるかもしれないが、今はそれ以上に透羽が無事であったことを心の底から安堵していた。

 透羽は、苦し気に咳をしながら体を起こす。

「透羽……、ごめん……、俺……」

「けほっ……。アニミーが怖いか?」

「うん……。最初の奴は何ともなかったのに……」

「悪いな。多分俺が惹き付けたんだ。参の等級のアニミーは初心者向けじゃねぇから、怖いって思うのが当たり前だ。気にすんな。げほっ、がはっ……」

「透羽……!」

 話すのも辛そうで、淳希は慌てて透羽のことを正面から抱きしめる。

「うおっ……」

 透羽は、突然抱きしめられたことに驚いて固まった。

 誰かの温もりをこんなにも近くに感じたのは、いつ振りだろうか。

 透羽はなんだかむず痒く感じて、淳希から体を離そうとするが、淳希の力が意外と強くて引き剝がせない。

 透羽はすぐに抵抗を諦め、素直に体から力を抜いた。

「しっかし、テメェの豹変ぶりには驚いたぜぇ。テメェのことを優しい優等生だと思ってるガッコの奴らが見たら、卒倒だろうなぁ」

 透羽は、カカッと愉快そうに笑ってからかう。

 淳希は透羽から慌てたように体を離すと、見えた淳希の頬は真っ赤だった。

「お、俺だって自分で驚いてるよ。あんなに制御が効かなくなるなんて……」

「まぁ、それが魔力の怖ぇとこだからな」

 魔力は、感情を助長させてしまうのだ。まるで、アニミーに感情を過剰に与えられた時の様に。

「まぁ何だかんだあったが、一件落着ってこった。討伐が終わったら、忘れずに討伐完了のメッセージを京都本部に送れよ」

「分かった」

 透羽は傷が嘘のように、よろめきもせずにすんなり立ち上がった。

 気付くと周りは明るくなり、日が出始めている。朝早くから始まる店の開店準備なのか、活動を開始している者も、遠くにチラホラ見受けられた。

「なぁ、周りがこんなにボロボロだけど大丈夫なのか?」

「あーまぁ大丈夫だ。上手く誤魔化してくれっからな」

 なんでも、京都本部が嘘の情報を流して崩壊の原因を上手く誤魔化すんだとか。

 そこら辺の情報統制は抜かりないらしい。

「んじゃあな、淳希。次の任務も──」

「ちょっと待って、透羽」

 恐らく家へ帰ろうとした透羽を、淳希が呼び止める。

 透羽は目を丸くしながら首を傾げ、淳希の言葉を待っていた。

(……可愛い。じゃなくて)

 透羽の額には、見過ごせないものがある。

「そのままの状態でそこら辺歩いてたら流石にヤバいって。来て」

 透羽の額には、血が流れた跡がしっかり残っている。

 このまま街を歩いていたら、事件性があるとして通報されることは想像に難くない。

「なにすっ──おいっ」

 淳希は、自分の羽織っていたフード付きのパーカーを脱いで透羽の肩にかけると、フードを目深に被らせた。そして透羽の手をむんずと掴んで速足で歩いて行く。

 幸い、淳希の家はここから近い。

 後ろで、「何すんだよ、どこ行くんだ」と透羽はずっと言っているが、淳希は無視を決め込む。

 そうすると、透羽は諦めたのかメンドくさくなったのか、無言で淳希に着いて行った。

 すぐに目的地へと到着する。

「ここってまさか……」

「そのまさかだよ。俺ん家」

 そう言って、淳希は鍵を開けて玄関に入る。

 淳希は、どうしてか玄関で足を踏ん張って止まってしまった透羽をグイっと引っ張り、力づくで家の中に入れる。

「傷の手当てをするから、ソファ座ってて」

「──はっ!?」

 淳希は、何をそんなに驚くことがあるのか、と首を傾げた。

 透羽は、呆けたままじっと淳希の顔を凝視している。そしてすぐに、何かに気付いたような顔をした。

「あぁ、そう言うことか」

「……何が?」

「テメェには、まだ俺の力のこと話してなかったな」

「力……?」

「そうだ。俺は悪魔憑きっつってな、生まれつき悪魔が憑いてんだよ」

「悪魔が、憑く……」

「そうだ。悪魔憑きは繰り出す技の魔力消費が激しいんだ。だから、魔力がずば抜けて多い奴にしか悪魔は憑かねぇ」

「凄いな……。なんかアニメの話みたいだ」

「んで、悪魔憑きの能力の一つで自然治癒ってのがある。魔力の残り具合によって治癒能力が上がるんだ。だから、わざわざ手当てなんざしなくても、傷が勝手に塞がんだよ」

 話は終わりだ、とでも言うように透羽は早速玄関へ向かおうとする。

 しかし、淳希はそれを許さなかった。

「ストップ」

「うおっ」

 透羽の右腕を強めに引っ張り、バランスを崩した透羽をソファに無理矢理腰を下ろさせた。

「なっ、にすんだよ。話聞いてたか? わざわざ手当てなんかする必要ないって言ってんだろうが」

「治ってないから」

「……は?」

「だから、傷治ってないって。完治してたら俺だって手当てしないよ」

「……仮に今治ってなかったとしても、これからすぐ治る」

「良いから」

 そう言って淳希は透羽の前髪を上げ、透羽が悪魔憑きの説明をしている間に部屋から持ってきていたタオルで、透羽の額の血を優しく拭き取った。

 それから救急箱を開け、中にあった綿に消毒液を染み込ませ、優しく傷口を消毒する。

 痛いと騒ぐかと思ったが、透羽はわずかに顔をしかめただけで、何も言葉を発しなかった。

 痛みには強いのかもしれない。それか、痛いと主張することをプライドが許さないか。

 最後に、大きめの絆創膏を額に張り付ける。

 それから前髪を下ろして整えてやると、良い具合に絆創膏が隠れた。

 確かに、透羽の言った通り流した血の量にして傷口は物凄く浅かった。

 しかし、手当てをしないで放置出来るレベルではない。

「こんな、傷の手当てなんてされたの久し振りだ」

 透羽は手当てした額に手を当てながら、呆けたような顔をしていた。

「そうなんだ。やっぱ透羽は強いから、滅多に怪我なんかしないんだな」

「いや、怪我はしょっちゅうするけど、自然治癒で治すからな」

「せっかく本部に医療棟があるんだから、行きなよ」

「あ? いや、医療棟に行っても治療なんてしてくんねぇし」

「──え?」

 救急セットを片付けていた淳希の手がピタリと止まる。

 それに気付くことなく、透羽は淡々と続けた。

「医療棟行ったら、悪魔憑きは自然治癒があんだろって追い返された。……まぁ、昔の話だけどな。たまたまその医師だけが、悪魔憑きを嫌ってただけかもしんねぇし。それを言われて以来、一回も医療棟に行ってねぇから分かんねぇけど」

 透羽は何てことないように言っているが、それはかなり問題ではないだろうか。

 同じアニミーハンターであるのに、医師が手を差し伸べる者と差し伸べない者を区別する。それはあってはならないことだ。

「何だよ、それ」

 淳希は思いのほか低い声が出てしまう。しかし、それを気にする余裕は淳希にはない。

(透羽を毛嫌いするにも程があるだろ)

 透羽が強いアニミー討伐を受け持ってくれるから、他のアニミーハンター達は強いアニミーに襲われるリスクが低い中で生活出来ていると言うのに。

 感謝こそすれ、疎まれる筋合いはないはずだ。

「あ? 別にいつものことだろ」

 そして、この異常な差別にも慣れきってしまっている透羽。

 やはり透羽のことを支えてあげられるのは俺しかいないと、この話を聞いて淳希は思った。

「怪我の手当てサンキュな、淳希」

「あのさ、透羽」

 淳希は、ソファから立ち上がった透羽の手首を咄嗟に掴む。

 振り向いた透羽と目線をしっかり合わせて、口を開いた。

「一緒に住まないか? ここで」

「……は?」

 透羽は口を半開きにしたまま、ポカンと淳希を真ん丸の目で見る。

(何度見ても可愛い……、じゃなくて)

 淳希は雑念を払うように頭を振ってから、再び透羽と目線を合わせる。

「あそこで寝るの絶対寒いし、畳の上に直で寝るのは、体が絶対痛くなるだ──」

「悪ぃけど、あそこで良い。ガキん時からあそこだしもう慣れてる。今日はありがとな、じゃっ」

「え、透羽!」

 そう言って、透羽は片手を上げてそそくさと家を出て行った。

 淳希は、慌てて透羽の背中を追いかけようとしたが、透羽の背中が追って来るなと拒絶の色を示したのに気付いてしまい、それ以上その場から足を動かすことは出来なくなった。

(やっぱり、俺はまだ信用に値しないのか)

 いくらバディと言えど、まだ出会って数日。

 信用しろ、という方が無理な話だ。

 しかも、透羽は普通の人よりも何倍も警戒心が強い。

 それは透羽の瞳と態度を見ていて、淳希にも何となく伝わってきていた。

 透羽から見れば、淳希はまだそこら辺にいる信用ならないアニミーハンターと同じ部類であるのだ。

(だったら、透羽からの信用を勝ち取るまでだ)

 淳希自身、信用や信頼を勝ち取るのは得意な方であると自負している。

(もっと信用してもらった時に、もう一度提案してみよう。まずは、凍り切った透羽の心を解凍する所から始めようか)

 そう決意して、淳希は喝を入れるように己の両頬を強く叩いたのだった。

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