内情
『月曜日も一緒に』だと?
生まれてこのかた、そんなこと言われた記憶がねえな。
どういうつもりで言ったのかは知らねえが、少しは必要とされているのかもしれねえな。とりあえず、永田にでも聞いてみるか。
俺はベッドに横になりながら、永田に電話をかけた。
普段はほとんど連絡しないから、出てくれるかどうか。
「珍しいですね。どうしたんですか」
3コールで出たが、声がいつもと違う気がする。
「ああ、いや。今、ちょっといいか」
「……なんかあったんですね。電話の女の人と」
やはり、こいつの勘は鋭く不気味だ。
「言っとくけど彼女ではないからな。おまえ、口が堅いから言うけどよ。実は、ルームシェアとかいうの始めたんだ、その子と。そんで今、隣の部屋にいるんだわ」
「えっ? 孤独を愛するひとが何でまた……」
実は、かくかくしかじかで……。と、事の成り行きを説明した。
永田は真面目でいい性格なのは、入社した当時から分かってはいたが、こうも俺の話を熱心に聞いてくれるのはヤツだけだろうなと思う。
「と、まあ、俺が提案したわけでさ。別に、かわいそうとか、下心があってしたわけじゃねえんだけどさ」
「なるほど。その彼女が野中さんを変えたってわけですね。若いのに、しっかりしてるんでしょうね、きっと」
「あはっ、いや、まあ。でもな、少々不安な点もあってな」
「そりゃ男女のことですから、なにかしら良いことも悪いこともあるでしょうね」
「それはな。そんで、さっき話してて、月曜も休みだって言ったら『月曜日も一緒にいられるんですね』なんて言われてさ。なんか、馬鹿みたいに舞い上がっちまって。情けねえよな、いい年こいて」
「わあ~、いいですね、そんなこと言ってくれるなんて。嫌われるよりいいじゃないですか。で、この休日、なんか予定でも立てましたか?」
「いや、別に」
即答する俺の耳に「うわ~」という永田の声が響いた。
休日は、ひきこもり出不精の俺に、そんな余裕あるわけねえだろ。
「じゃあ、あれですか、下の名前も教えてなかったりして。オレが入社したてのころも、なかなか教えてくれなかったじゃないですか。なんなんですか」
やっぱり、そこか。別に、名前なんてな……。
「うるせえな。なんか、恥ずかしいんだよ、名前言うの」
「おバカですね。相手はきっと、名前で呼びたい呼ばれたいはずですよ? ひとっていうのはね、名前で呼ばれるとうれしいもんですよ」
「そうか? 俺のはなんか古風なんだろ。だから」
「だから逆に新鮮でいいんじゃないですか~」
そういうもんか? 今の若いやつの考えはよくわからんな。
「ま、それは置いといて。こないだおまえがくれた服さ、外で着たら、ひどい言われようだったぜ? どうしてくれるんだよ」
「え~、もう一緒に出かけてるんですか? しかし、センスないですね」
なんなんだよ、ひとに押し付けておいて。
「でも、それのおかげか知らんが、いくらか話が弾んだからいいけどよ」
「なんすか、のろけですか」
「ちげーよ、バカ。そんなんじゃねえって」
電話の向こうで、グフグフと永田のむせるような声が聞こえた。
「いやっはははははっ。ああ、失礼しました。その調子じゃ、完全にやられてますね。彼女の魔力……じゃなかった、魅力に」
「な、な、なんだよ、それ」
「いやあ、だって、今までそんな自分以外のこと言うようなひとではなかったじゃないですか。人付き合いも苦手なくせして。ましてや、女性のことなんて、これっぽっちも。そんな気配すらなかったのに突然っすよ? それが、いきなり同居って、それも一回り以上も年の離れた子って、信じられませんよ」
永田の言葉ひとつひとつが、グサグサと胸に突き刺さるような気がした。
俺はそんなに他人に関心が無かったのだろうか。
「俺は、頭がどうかしたのか?」
「はい、どうかしてますね。まるで人が変わったかのようですよ」
「そうか……」
言葉を失うとは、こういうことか?
「でもそれは、いい意味でということですよ。プライベートなこと話してくれるの、これが初めてじゃないですか。『41歳の春』じゃないですけど、少し成長したと思えばいいじゃないですか」
そうか、俺はバカボンのパパと同じ年齢……じゃねえ。まだ40だ。
しかし、20代の子を相手に熱を上げるのはいかがなものか。
「そういう見方もあるか。ただ、どうしても年齢差が、な?」
「なんですか、そんなこと気にしてたんですか。それは簡単なことですよ。野中さんがだいぶ早く生まれたっていうだけで、なんも悪いことないですって。未成年だったら、ちとマズいっていう話なだけで」
「そう、だよな。俺が先に生まれて、少し長く生きているだけか」
「野中さん、彼女のこと好きですか。まずは人として」
好きかと聞かれてギョッとしたが、人としてなら……。
「好き、だな。雰囲気というか、なんていうか」
「わかりました。じゃあ最後に、彼女に対して『ありがとう』って言いましたか?」
「う~ん、いや、言ってねえかな。覚えてねえな」
「ああ~」と永田の雄たけびのような声が聞こえた。
「まずは、そこからですね。せめて最低でも一日一回は言いましょうよ。せっかく堅物の野中さんを変えてくれたんですから。感謝の気持ちを忘れずに、ですよ」
「おお……わかった。明日、言ってみる。いろいろ遅くまで悪かったな」
「まあ、あと寝るだけなんでいいんですけど。え? なにか言う言葉ありますよね」
チッ、こいつは。と思いながらも「ありがとな」と言って電話を切った。
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