再会
目の前に彼女がいる。
ほんのすぐ目の前に存在している。
俺の人生の中で、にわかには信じられない光景だ。
テーブルに置いていた湯呑に目を落とす。とてつもない湯気がもうもうと上がっている。とても飲めそうにない熱湯を注いでしまったようだ。
彼女もまた、湯呑を凝視したままだ。
そして、俺もまたシャツとパンツ姿で対峙している。
こんな時には正装でなければいけないとは思うが、ここは俺のうちだ。
わざわざきれいなシャツに腕を通すのも億劫な行為だ。
「道、迷わなかったか?」
彼女はハッとして顔を上げた。少し涙目に見えた。
「はい……スマホの地図でなんとか」
そこから話が続かない。永田がいれば合いの手を入れてくれるんだが、呼ぶわけにもいかねえし。
「お互いに自己紹介でもしようか。俺は
「私は
「名前、ね。それは、おいおい……で、今は学生、ではないようだけど」
「学校卒業して、就活中だったんですけど、今はバイトの方が面白くて」
「ああ、それで住み込みで。誰かと一緒だった? 電話した時、声が聞こえた」
さすがに男と一緒だったろとは言えねえしな。
「はい、友人と一緒でした。それが、なにか?」
「ああ、いや、彼氏かと思ってさ。ハハ」
彼女はきょとんとしていたが、すぐにフフッと笑って首を振った。
「違います。彼は、親友です。絶対ありえません」
絶対ね。男女の友情はまったく成立しないわけじゃないからな。
「あんた、見た感じ20代? 俺は40過ぎてるし、最近枕カバー臭いんだけど、平気か。加齢臭ってほどでもないけど」
唐突すぎたか? 枕カバーはマズかったよな。
「私はもう成人してます、25です。年齢は特に気にしてませんが、枕カバーはちょっと気になりますね。ちゃんと洗濯してますか」
「ああ、もちろん。独り身でも、そういう身のまわりの最低限のことは。あ、でも自炊はほとんどしてねえな。外食かコンビニ弁当ぐらいで」
彼女の顔になぜか笑みが浮かぶ。さっきもそうだったけど、こうして見ると可愛いもんだな。
「よろしければ、私が作りましょうか。得意ではないですけど、食べられるものは作れますから」
「いや、気持ちはありがたいが、そういうことじゃない。あんた、どういうつもりでここに来たんだ? ルームシェアじゃないのか。俺は別に、あんたに身のまわりの世話をさせるために誘ったわけじゃない」
途端に彼女の顔がこわばる。
きつい言い方してしまったが、俺はそんなことのために番号を渡したわけではない。彼女を助けるためと言っては、少々格好良すぎるが。
「あの、気を悪くしたなら謝ります。ですが、私は今、定職についていない身です。ですから、家賃も払えないですし、家事でも何でも生活に必要なことくらいはさせてください。お願いします」
彼女は深々と頭を下げた。こちらが恐縮するほど丁寧で、美しかった。
「こっちこそ、言い方がつっけんどんだったかもしれないな。なんていうか、俺のことなんか気にせず、気楽に過ごしてほしい。お互いに干渉するなとか、そういうんでもないけど、適度な距離感っていうか。わかるか?」
彼女は何も言わず、ただこくりと頷いた。
同居であって同棲ではない。そこだけは強調したい。
彼女のためにも俺自身のためにも。
「……あの、おトイレお借りしても?」
「借りるってか、もう自分の家と思って使っていいんだぞ」
「あ、そうでした。すみません」
そろそろとトイレに入る彼女を見届けてから、俺はテーブルに突っ伏した。
なんだこの疲労感は。言葉遣いもおかしいし、長時間女の子と会話するのは何年ぶりか分からねえ。気疲れがすげえや。俺の方がウンコ漏らしそうだ。
それよか、よく便所の場所わかったな。まあ、部屋が少ないからわかるか。
なかなか出てこねえな。まさか、ウンコか?
ああ、でもこれからどうすりゃいいんだ。一人暮らしが長かったのに、急にふたりに。それも、他人だ。そして、年頃の女の子だよ。永田に知られたら、からかわれるるに決まってる。はぁ~まいったな。
「何か悩み事でも?」
「えっ!」と思わず声が出た。顔を上げると、彼女が不思議そうな顔をしている。
無意識のうちに心の声が口から漏れ出ていたようだ。
「いや、これからどうしようかと」
「とりあえず、お昼ごはんにしませんか?」
彼女の自然な笑顔に、俺の心臓がグギュッとなった。
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