十三話 勝っても負けても争いはそんなもの
「さて、この町と魔女様の関係については理解していただけましたかな?」
「…………はい」
十分すぎるくらいに僕は理解した。この町はノワールさんに庇護されているわけではなくただ傍に存在することを許されているだけだ。だからこそ面倒になればノワールさんは躊躇いなく見捨てるし、そうならないように町長は手を尽くしている。
「我々の町の始まりは百年ほど前に安住の地を求めて偶然辿り着いた一団だという話です。最初は細々としたものだったらしいですが、戦火を逃れてやって来る難民を吸収することでここまで大きくなったようです」
「えっと、百年前からってことは…………魔王はその頃からいたんですか?」
僕がこの世界に転生したのは十年前であり百年前となると大きな開きがある。百年間に魔王が現れたのだとすれば、それはつまり魔王が出現して九十年も経ってからやっとあの少女の神は対策を開始したことになる…………僕の感覚からすればそれは遅すぎる。
もちろん僕の感覚と長命種であるノワールさんの感覚が異なるように、神であるあの少女の感覚も異なる可能性は高い。それに転生者を送り込むのは純血化を防ぐための魂の交換に便乗する形になるのだから、時期が合わずに九十年待ったという可能性もあるだろう。
「いえ、魔王の出現は二十年ほど前になります」
その僕の無知さになにか納得したような表情を浮かべて町長は答える。しかしそれを特に追求するつもりもないようで彼は僕の言葉を待った。
「魔王がいなかったっていうことは…………人間同士の争いですか?」
「いえ、当時も確かに国家間の中が良好だったとは言えませんが、難民が生まれるような大きな戦争は起こっていませんでした」
「ではなんで?」
「魔王はおらずとも魔族はいたからですよ」
それは僕にとっては意外な話だった。勝手な想像ではあるが魔王は全ての元凶であり魔族も魔物もそれに付随するものと考えていたからだ…………しかしよくよく思い出してみれば魔族も魔物も他の神の嫌がらせによって生まれた存在だとノワールさんは言っていた。つまりは魔王がおらずとも存在していた独立した生物なのだ。
「もちろん魔族の勢力が最も活発化するのは魔王が出現した時です…………しかしそうでない時にも様々な要因が重なって魔族が侵攻してくることはあるのですよ。当時の場合は不作や災害など様々な凶事が重なって人種国家の国力が弱まったことが要因のようですね」
そうして魔族の親交によって各国家が損害を被り、そうして生まれた難民が偶然この島に辿り着いたということらしい。
「それで現在に至るわけですが…………魔女様のおっしゃる通りこの町にやって来る難民は増えてしまっています。アルケィ大陸から遠く離れているとはいえ百年も経過すれば噂されてしまうことも無理はないですし、この島から出る人間も皆無というわけではありませんからね」
町長の話によると定期的に外部との交流というか交易は行っているらしい。食料に関しては現状自給自足出来ているものの島の中だけでは不足する物資もある。アルケィ大陸からは遠く離れているのでもちろん簡単な航海ではないらしいけれど、それでも外の物資や新しい技術などを仕入れるためにはやむを得ない。
当然交易は島の存在が発覚しないように気を付けてはいるらしいけれど、人間のやることなのでやはり完璧ではないのだろう…………もっとも僕にとって重要なのはそういった航海に耐えうる船と航海技術があるということだった。
町長さんは簡単な航海ではないとは言っているが、当てもなくこの島を探すのと違ってルートが確立されているから安定はしているはずだ。
「外の状況についてはご存じですか?」
そんなことを考えているのを察したわけではないだろうけど、町長さんが僕に尋ねる。
「魔王討伐は失敗したけど、戦線を膠着させることはできたとは聞いています」
僕はノワールさんから聞いたことをそのまま答える。
「概ねの認識はそれで間違っておりませんが…………詳しく聞かれますか?」
「ええと、はい」
僕は頷く。ノワールさんがあえてこの場を離れたのは自分が話した情報に間違いがないことを僕に確認させる意図があってのものだろうから。
「まず魔王討伐に選ばれたのは転生者と呼ばれる方々です…………転生者というのはご存じですか?」
「いえ」
探るように僕を見る町長さんに僕は反射的に否定を口にしていた。
「そうですか…………転生者というのはなんでも別の世界で死んだ人間がこの世界で新たな生を受けた存在ということです。別の世界というのが私のような俗人にはうまく理解できませんが、その際に神様より使命と力を与えられているようで魔王討伐には意欲的だったようです…………実際に過去に何度かこの世界は転生者によって救われているという伝承もあります」
神様による間接干渉の手段として使われているからか、転生者の存在は一般にも周知されたものであるらしい。
「国家連合は志願した転生者による魔王討伐隊を編成し、連合軍による魔王軍への一大攻勢を仕掛けて彼らが魔王へと辿り着く道を作り出したようです」
「…………でも、負けた」
「はい、魔王に挑んだ転生者は全滅したと聞き及んでいます」
違ってほしかったが、それはノワールさんから聞いたものと違いないようだった。
「ですが転生者たちもただ全滅したわけではなく、魔王軍の幹部であった名だたる魔族のほとんどは討ち取り魔王自身も大きな傷を負ったとのことで、その影響もあって連合軍による攻勢それ自体は勝利に終わったようです」
勝負には負けたが試合には勝ったということだろうか。魔王という本命を討ち取ることはできなかったが、国家連合と魔王軍との戦いそれ自体には勝利した。
「そのおかげで国家連合は押されていた前線を元の位置まで戻すことができました。しかし転生者という切り札を失い、それまでの損害もあって逆に侵攻をかけることもできなかったようですね」
「それで膠着、ですね」
「ええ、お互いまず国力を回復する方向に努めるしかなくなったわけです」
つまりは魔王軍も生物を逸脱した存在ではないということらしい。損耗した戦力は時間をかけて回復するしかないし、魔王も負った傷を瞬く間に癒やすこともできないということだ。
「問題はこれから国力回復に努めましょうといってもそれがすぐに行えるわけではないことです。それまでの戦いの中で発生した難民を国家連合も持て余してしまいました」
「あの、国力の回復ならそれこそ人手がいりそうなものですけど」
基本的に人の数は力だ。戦争の直後となればそれこそ人は減ってしまっているのだから難民はそれを補充する手段になりうるのではないだろうか。
「それはそうなんですが、食糧問題もありましてね」
「もしかして…………足りてないんですか?」
「そのようです。魔王軍は占領した領土を徹底して焦土にしてしまいますから」
「焦土に?」
「特に食糧供給の手段は真っ先にやられてしまうそうです」
本当に、この世界の生物に反する存在なのだと僕は魔王軍の存在を再確認する。普通の人間同士の戦いであれば侵攻先の領土は未来の自分たちの領土になる。だから必要以上に荒らさないし住民も殺さないことが理想だ…………しかし他の神の嫌がらせによって生まれた魔王軍は違う。
彼等にとってこの世界の生物は滅ぼすべき存在でしかなく、だから占領後の統治など考えずに焦土にしてしまえるのだろう。
「各国家もまずは失われた食糧生産を回復しようと努めていますが、それはすぐに結果の出るものではありませんからね。必要以上の難民は持て余してしまう」
魔王軍はむしろそれを狙って難民を増やしていたふしがあるらしい。あえてそこの人々は逃がしつつも食料供給の手段だけは徹底的に潰す…………最悪の戦術だ。
「そうなると難民たちはどんどんと北上していくしかありません。最前線から遠ざかればそれだけ余裕のある国も増えますし、北方であれば開拓民を募集している国々も少なくありませんからね」
やはり寒さの厳しい北に行くほど開拓も進んではおらず、開拓民であれば身分を失った難民たちでも新しい生活基盤を整えられる可能性が高いようだ。
「しかし開拓民は当然過酷な生活になりますし、北方の国々も全ての難民を援助して開拓民とできるほどの余裕があるわけでもない…………なにせ後方の国々ほど前線に近い国々へと戦力の代わりに物資を求められます」
自分の国は前線から遠いから関係ないとはいかない。人種国家が連合を組んで立ち向かわなければいけない事態なのだから、それに協力しない国は孤立するし下手すれば潰される。
「そうして北の果てまでやって来てもあぶれてしまった難民たちは、不確かな希望に縋って北の海へと旅立つのです」
そうしてこの町まで辿り着く。
しかしその許容限界はすでに見えてしまっているのだ。
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