第27話
このままだとアプローチするとか恋人になるとか以前に、友達ですらなくなってしまいそうなのですが? でもこれまで通りでいようって意識すればするほど変になるっていうか。なんかこう、ふとした瞬間に惠利沙がめちゃくちゃ綺麗に見えてついつい変なことを言っちゃうっていうか。
惠利沙は今日も綺麗だよ、とか昔の私だったら絶対言ってなかった。
……でも。
「ごめん、やっぱ嘘。こっち来て、惠利沙」
「えっ」
私は彼女の手を引いて、歩き出した。このまま彼女を教室に帰してしまったら、絶対に後悔すると思う。別に今生の別れってわけではないのだけど。
彼女の手を引いたまま、人気が少ない一階の階段下まで歩く。
何を話せばいいのか、何をすればいいのか、今の私にはわからないけれど。ただ、もっと彼女に意識してもらいたいというのは確かで。そのためには、多少強引にでもアプローチをした方がいいわけで。
私は意を決して、彼女を見つめた。
「どう思った?」
「え?」
「私の下着、見て。……どう思ったか、教えて」
明らかに変なことを聞いている。
それはわかっているけれど。こうしないと意識してもらうことなんて、できそうにないから。
「えっと……可愛いっていうか、その。そんなのじっくり見ないから、わからないよ」
「なら、じっくり見てみる?」
「……水葉ちゃん?」
らしくない。
普段の私なら絶対にこんなこと、言っていなかったのに。だけどもう止まれない。どうせ一度見られているのなら、二度見られたって同じだ。
惠利沙に意識してほしくてやっているんだって、バレても構わない。
むしろこれまでの関係から一歩先に進みたいのなら、進んでバラすくらいじゃないといけないんだろう。それはやっぱり、ちょっと……いやかなり怖いけど。
度胸を見せるんだ日和水葉。ここまできたら攻めまくるしかない。私の心臓が破裂するまで……!
「惠利沙が見たいって、言ってくれるなら……見せるよ。どうなの?」
私は自分のスカートに手をかけながら言う。
惠利沙が息を呑む音が聞こえる。
引かれたかな、とか、変に思われたかな、とか。
色々考えてしまうけれど。普段惠利沙だってこういうことを言ってくるんだし、おあいこだ。……多分。
「見、たい」
か細い声だった。
心臓が、大きく跳ねる。
惠利沙が、私の下着を見たいって思ってくれている。それは恥ずかしくて、少し怖くて、でも嬉しかった。ちょっとくらいは惠利沙だって、私を意識してくれているってことだから。
もし本当に、普段平静を装っているだけなのだとしたら。
これで惠利沙の本当の気持ちを、見せてもらえたら。
「……じゃあ、見せるから。今度はちゃんと見て、感想教えてね」
「……うん」
いくら人気が少ないといっても、ここは学校だ。学校でこんなことをするのはどうかと思うし、ダメでしょって心の冷静な部分が言っているけれど。
もはやそれすら、どうでもよかった。
いかにして惠利沙に意識してもらうかってことしか、考えられない。
私はそっと、スカートを持ち上げた。いつもは触れないところに空気が触れると、それだけで体が震えた。惠利沙に見られているって思うと、余計に脚が震える感じがする。
「綺麗、だと思う。水葉ちゃんに、よく似合ってる」
「……攻めすぎじゃないかな」
「ううん。いいと思うよ」
「そっか」
「水葉ちゃん。その……」
すぐ近くから、足音が聞こえてくる。私はぎくりと体をこわばらせた。その瞬間、ふわりと甘い匂いがした。気づけば私は、惠利沙に抱き寄せられていた。スカートから手が離れる。
私はそっと、彼女の背中に腕を回した。
「……行ったみたい」
「あはは……危なかったね」
私は笑いながら、彼女から少し体を離した。
自然と、見つめ合う形になる。
足音がなくなると、辺りは再びしんと静まり返る。
私たちはどちらからともなく、キスをしていた。一度だけじゃなくて、何度も。顔の角度を変えて、力加減を変えて——舌を絡めたりもして。一度深いキスを現実でしてしまったからなのか、惠利沙は遠慮がなくなっている。
私は体から力が抜けるのを感じた。精気を奪われているわけではないはずなのに、脚が震える。
それは、単に彼女とのキスが心地よくて仕方がないせいで。
体の反応を自覚すると、顔が熱くなってくる。
私、ほんと。最近めちゃくちゃだ。
「そんなに私と、キスしたかったんだ?」
挑戦的な声を出してしまう自分に、驚く。
前よりずっと、私は小悪魔に近づいてきているのかもしれない。
「……だって。水葉ちゃんが、可愛すぎて」
彼女は小さな声でそう言って、そっぽを向いた。そういう惠利沙の方が、私よりずっと可愛いって思う。私は思わずぷっと吹き出した。
「ふふ、ほんと……惠利沙は可愛いね」
「む。からかわないでよ」
「本心だから」
やっと、普通に話せるようになった。私たちは顔を見合わせて笑い合った。さっきまで見えない壁みたいなものがあったけれど、今はそれを感じない。
キスしたおかげなのか、それとも。
「惠利沙。困ったことがあったら、いつでも私に言ってくれていいよ。どこにいても駆けつけて、助けてあげる」
自然とそんな言葉が口から出ていた。
「うん。じゃあ水葉ちゃんも、何かあったら私に言ってね」
「キスしたくなった、とかでも?」
「……いいよ」
鼓動が速い。
私たちは、すでに前とは違う関係になってきているのかもしれない。友達という枠を飛び出して、さらにその先へ。
……だとしたら、嬉しいんだけど。
私は彼女に手を差し出した。
「じゃあ、惠利沙。私を教室まで、連れてって?」
私の手を、彼女は優しく握ってくる。
「もちろん」
そう言って、彼女はふわりと笑った。そのいつも通りの笑みに少しだけ安心して、でも、ちょっと物足りなさを感じた。もう少し、照れてくれてもよかったのに。私と同じくらい彼女の鼓動が速ければって、いつも思うけど。
どうなんだろう。
その胸に手を置けば、私と同じくらい速い鼓動を感じられるのだろうか。
……いや。
もしそうだとしても、彼女の胸に触れるなんて、今の私には無理だ。未来の私ならできるのかって言われたら、それもわからないんだけど。でもキスが普通にできるなら、その先もいつか自然にできるようになる……のかなぁ。
全然想像できないけど。
昼休みのことを何度も思い返していたら、いつの間にか放課後になっていた。今日の授業は全く頭に入っていない。一応ノートは取っておいたから、復習はできると思うんだけど。
「水葉ー。帰ろうぜー」
琴春が声をかけてくる。
「うん」
「あ、ヘアゴム返すね」
私は琴春からヘアゴムを受け取って、髪型を結えた。
スカートは昼休みが終わる前に元に戻している。これで正真正銘、いつも通りの私だ。スカートが長いってだけでずいぶんこう、安心感があるよなぁ。
ああいうのは私にはまだ早すぎたのだ。多分。
「今日はどっか寄ってく?」
「んー……歩きながら考える」
「おけ。じゃーとりあえず行きますか」
琴春とはちょくちょく一緒に帰ったり遊んだりしている。去年から仲がいいし、色々気を遣わなくていいから一緒にいて楽なのだ。ちょっとそのテンションについていけなくなることがあったりするけど。
「……あれ?」
不意に、琴春が声を上げる。どうしたの、と聞こうとしたけれど、その前に琴春はなぜか他の教室に私を引っ張っていく。
「しっ。……見て、水葉」
琴春は廊下を覗き込みながら言う。
いきなりすぎてついていけないんですが。
「惠利沙のあの様子……妙だと思わない?」
「え?」
私は琴春の肩に手を置いて、廊下を覗いた。そこには誰かと電話で楽しそうに話している惠利沙の姿があった。
普段よりも柔らかな笑顔。微かに聞こえる声は、いつもより少し高い。
それは、明らかに特別な人に対する態度だった。
私はこれでも、惠利沙と昔からずっと一緒に過ごしてきた。だから彼女にとってそれなりに特別な存在だと自負していたけれど。でも、あんな声も、あんな顔も、私には——。
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