第19話
「なんか惠利沙とこうしてると、ドキドキしてきちゃうな」
「ふふ、私も。……触ってみる?」
「触る……!?」
言葉でドキドキさせる作戦、失敗。
「惠利沙の手って、綺麗だよね。指細いし、爪の形もいいし」
「触り方がえっちなんだけど。もしかして水葉ちゃん、手フェチ?」
「ち、違うから!」
いい感じに手を触ってドキドキさせる作戦、失敗。
「なんか、そういう雰囲気の人が多いみたいだけど……私たちも、なってみる?」
「なるって?」
「そういう雰囲気に」
「……ふふ。それ、私とえっちがしたいってこと?」
「えっち……!? そ、そうじゃなくて!」
思わせぶりなことを言ってドキドキさせる作戦、失敗。
……あれ、全然うまくいってないな?
結局惠利沙をドキドキさせられないまま、出口まで辿り着いてしまう。おかしい、予定ではもう少し彼女をドキドキさせられるはずだったのに。最終手段としていきなりキスをするというのもあるけれど、それもちょっとなぁ。
そういうのは、私のキャラじゃないし。強引なのはどうかと思うし。
でもでも、いい加減少しは惠利沙のことをドキドキさせたいっていうのも確かで。
……はぁ。全然うまくいかないし、ほんと。
私は辺りを見回した。さっきまで意識していなかったけれど、なんか今日は惠利沙だけじゃなくて私まで見られている気がする。気のせいかとも思ったが、明らかにこう、生暖かい目が私に向いていた。
私は首を傾げた。
「なんか、見られてない?」
「今気づいたの?」
「え、いつから見られてた?」
「水葉ちゃんが私を見つけてくれた時からずっと。多分私たち、親子だと思われてるよ」
「えっ。な、なんで?」
「だって水葉ちゃん、さっき言ってたじゃん。お母さんどこー? って」
「……あ」
そういえば。
え、待って。
もしかしてこれまで惠利沙にしてきたアプローチも全部、周りの人に見守られてた感じですか?
ふーん、そっかそっか。
……マジですか。
「あ、ああああぁ……。は、恥ずかしすぎるんだけど……! もっと早く教えてよ!」
「だって、聞かれなかったし」
「悪魔みたいなこと言わないでよ!」
「私、悪魔だし?」
それはそうだけども。
う、うぅ。
穴があったら入りたい。拙いアプローチを見て、周りの人はどう思ったことやら。ていうか私も私だ。惠利沙のことばかり見ていないで、もっと周りのことを見るべきだった。もうここ二度と来れないよ、恥ずかしいし。
恥ずかしすぎて死にそう。てか死んでるよもう。
俯いていると、惠利沙がくすくすと笑う。
「この歳でもうママかー。それも悪くないかもねー」
「何言ってんのほんと。……はぁ。もう出よ」
「すっごいテンション下がってるねー。かわいそう」
「誰のせいだと思って……!」
そもそも惠利沙がふらふらどこかに行っていなければ、こんなことには……!
なんてのは、八つ当たりすぎるけど。
私は小さく息を吐いた。
「……もういいや。これからどうするの? お母さん」
「んー、ママ的にはもう一周したい感じかな」
「じゃあそうしよっか」
「うん。あ、水葉ちゃん水葉ちゃん」
肩を落としながらもう一度施設内を回ろうとした時、彼女が私の耳元に唇を寄せてくる。
「可愛かったよ、さっきのアプローチ」
「……っ」
「次はどんなアプローチをしてくれるのかな?」
彼女はにこにこ笑っている。
あ、悪魔……!
こちとら本気でやっているのに、全くドキドキしていないっていうかむしろ馬鹿にされてるし。
「……どうなっても知らないから」
私は低い声で言った。
「どうなっちゃうのかな? 怖いよー」
ははは、こやつめ。
……。
絶対吠え面かかせてやる。
私は彼女の手をぎゅっと握って、さらなるアプローチを考えた。これ以上馬鹿にされないためには、プライドを完全に捨ててアプローチする必要がある。
私を馬鹿にしたことを絶対に後悔させてやろう。
待ってろ惠利沙。
「ふー、楽しかった。やっぱりこういうところって落ち着くねー」
「そうですね」
はい。
結局私は、惠利沙をドキドキさせることができなかった。ボディタッチを増やしてみたり、耳元で囁いてみたり、色々したのだけど。惠利沙はいつも通りふわふわ笑っているだけだし、なんなら同じことを私にもしてくるし。
そのせいで私の胸は今もドキドキうるさくなっている。
私はため息をついた。
いいけど。いいんだけど。惠利沙に楽しんでもらうって目的は達成できたわけだし。
「次はどこに行く? この中見ていく?」
アクアリウムが入っているのは、デパートの中だ。
こういうところは普段来ないから、回ってみるのも面白そうだ。デパートの中のお店って、近所にあるようなお店とは違うし。
「そうだね。ちょっと見ていこうか」
私は彼女の手を軽く握って、デパートの中を回り始めた。
うーん、なんかどこのお店も品がいい感じだ。なんというか、お金持ちーって感じ。いやどんな感じだって話だけど。
クロエさんはこういう場所が合いそうだな、と思う。デパートにあるお高いお店でシャンパンとか開けてそう。わかんないけど。実際あの人、食事に行くといつも高そうなお酒飲んでるんだよなぁ。
やっぱり社長だから、お酒は強くないとやっていけないのかな。会社名とかは知らないけれど、あのお酒の開け方からすると結構大きい会社なのかも。もしかするとサキュバスというのは、体質的に社長が向いていたりするんだろうか。
……そういえば、
アロマのお店を見ていると、恵伶奈さんを思い出す。私たちより六歳上の、惠利沙のお姉さん。私たちがまだ小学生の時に海外の高校に行ってしまったけれど、私は恵伶奈さんに昔は憧れていた。
かっこいいし、アロマが趣味っていうのも大人っぽくてすごいなぁって思って。
今、大学に通っているのかな。それとももう働いてる?
どちらにしてもきっと、あの頃よりもっとかっこよく成長しているに違いない。
そう、思っていると。
「水葉ちゃん」
鋭い声が聞こえてくる。
はっとして顔を上げると、惠利沙が無表情で私のことを見下ろしていた。
ぞくりと、肌が粟立つ。
「他の女のこと、考えてるよね?」
彼女はそう言って、にっこり笑う。
繋いだ手に、鈍い痛みが走る。私は雰囲気が突然変わったことに驚きながらも、彼女を見つめた。
「私との、デートなのに。琴春ちゃんのこと? ……よそ見は、ダメだよ」
「ごめん。こういうお店見てると、恵伶奈さんのこと思い出しちゃって」
「……お姉ちゃん?」
「うん。恵伶奈さん、元気してる? もう何年も会えてないから、どうなのかなーって」
「……元気だよ。こっちにはほとんど帰ってこないけど」
「そっか。ならよかった。きっと、前よりもっと素敵な人になってるんだろうなぁ」
私はディフューザーのサンプルを手に取った。
シトラスは彼女が好きだった香りだ。
食べるお菓子も柑橘系のものが好きだったし、柑橘の申し子なのかも。
「お姉ちゃん、より」
彼女は掠れた声で言う。
「お姉ちゃんより、私を見てよ!」
悲鳴のような言葉だった。
私は目を丸くして、ディフューザーを置いた。彼女の言葉に、周りの視線が集まる。
「あ……」
彼女は目を見開いて、走り去ろうとする。私は咄嗟に、彼女の手を掴んだ。
「待って、惠利沙!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます