2 私は小悪魔になりたい
第9話
迷った子と書いて、迷子。迷うのは基本子供だってことなのかもしれないけれど、じゃあ私たち高校生が迷ったら、それはなんと呼べばいいのだろう。迷い高校生? あるいは——。
「お姉ちゃん。ママ、ちゃんと迎えに来てくれるかなぁ」
私は彼女の頭を撫でながら、言った。
「大丈夫だよ。陽依ちゃんのママはぜーったい陽依ちゃんのこと見つけてくれるから。……そうだ! 陽依ちゃんに、とっておきのおまじないを教えてあげる!」
「おまじない?」
「そ。大好きな人とずーっと一緒にいられるおまじない」
それは、昔惠利沙に教えてもらったおまじないだった。
大好きな人のことを頭に思い浮かべて、その人への想いを胸に集めていくようなイメージをする。そして、胸に手を当ててその想いを掌に移して、最後に両手をそっと合わせるのだ。そうすることで、想いは願いとなり、その人との強い結びつきになる……らしい。
おまじないを終えると、陽依ちゃんはにっこり笑った。
「これで、ママとずっと一緒にいられる?」
「うん。お姉さんが保証するよ」
よかった。さっきまでは今にも泣き出しそうな顔をしていたけれど、笑顔になってくれて一安心だ。
やー……。
いや、どうしてこうなったんだっけ?
私は辺りを見回した。部屋の中には子供、子供、子供。
そう、ここはいわゆる迷子センターってやつなのである。
遡ること一時間前。私は惠利沙に誘われて、このショッピングモールに遊びに来ていた。新しい服が欲しいとのことで、彼女と二人で色んなショップを見て回っていたのだけど。
その途中で泣いている子供を発見して、話を聞いたらお母さんとはぐれてしまったらしく。
このままにしておくと危ないと思ってその子——陽依ちゃんを迷子センターに連れてきたのはいいんだけど。なぜか私まで迷子と勘違いされて、陽依ちゃんと一緒にセンターにぶち込まれることになったのである。
私って髪型も子供っぽいし童顔だし背も低いしで、子供に見られることが多いんだよね。それはまあ、別にいいっちゃいいんだけど。もしかしてこんな感じだから惠利沙をドキドキさせられていないのかなってちょっと思うわけで。
「陽依ちゃんのママはどんな人なの?」
「えっとねー……」
彼女は楽しそうに、自分の母親について語ってくれる。
それを聞いていると、センターに一人の女性が駆け込んでくる。どうやらその人がお母さんだったらしく、陽依ちゃんはぱっと顔を明るくさせた。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
彼女は私の方を見て言う。
「どういたしまして。もうはぐれちゃダメだよ?」
「うん! お姉ちゃんも、ママに会えるといいね!」
「あ、あはは……」
私は母親と一緒に来たわけではないんだけど。
陽依ちゃんを見送った後、今度は見覚えのある人が入ってくる。間違いなくその人は、惠利沙だった。
「惠利——」
「水葉ちゃん!」
彼女は私の姿を見つけるや否や、凄まじい勢いで飛び込んでくる。
ぐおっ。す、凄まじい重量感。きっと超大型犬に抱きつかれたら同じ感じになるんだろうな。
いやいや、惠利沙は犬じゃないんだけども。
「いきなりいなくならないでよ! さらわれたのかなって心配したんだから!」
「むぐぐ」
心配してくれたのは嬉しい。嬉しいんだけど。
ちょ、ちょーっと強く抱きしめすぎかなって思います。そろそろほんとに窒息死しそうなんですが。
ああ、やばい。小さい頃に飼っていたトイプードルのモカが川の向こうで手を振っている……! いや、手っていうか足か。いやいや、そもそも足を振るってどういう状況?
「……ぷはっ」
私はようやく彼女から離れて、息を整えた。
マジで死ぬかと思った……!
「え、惠利沙。抱きしめる時は力加減考えて……」
「ご、ごめん。ていうか水葉ちゃん、なんでこんなところに? 水葉ちゃんって方向音痴じゃないよね?」
「ああ、それは……」
私は陽依ちゃんのことを惠利沙に話した。
話が終わると、惠利沙はちょっと呆れたような表情を浮かべる。
そんな顔で私を見ないでいただきたい。
「……はぁ。水葉ちゃん、こうって決めたら周りが見えなくなるところあるよね。連絡してくれれば、私もこんな心配せずに済んだのに」
「ほんとごめん」
「いいよ。それが水葉ちゃんのいいところでもあるし」
彼女はそう言って、私の手をぎゅっと握った。
「でも、次は私もついていくから。置いてっちゃやだよ」
「……うん」
彼女の指がするりと動いて、私の指と絡む。これはいわゆる、恋人繋ぎってやつでは。
……。
いや、別にドキドキしてはいないよ? 手を繋いだだけでドキドキしちゃうかもー、みたいなことをこの前考えたりもしたけれど、手を繋ぐのは慣れてるし。
ただ、その。こういう繋ぎ方をするのは初めてだから、ちょっとだけ、ほんのちょーっとだけ、鼓動が速くなっているってだけで!
これは驚きの方の鼓動の速さであって、いつもみたいなドキドキとはまた違うのだ。
……なんてのは、言い訳に過ぎないんだけど。
私、ほんとやばいかも。
惠利沙に何度もドキドキさせられてきたせいなのか、もはや惠利沙に何をされてもドキドキするような体になってしまっている。私は、パブロフの犬……?
いやいやいや。落ち着け私。大丈夫、これくらいなら大したことない。
「行こ、水葉ちゃん」
「そう、だね」
「……あれ、水葉ちゃん。なんか顔、赤くない?」
「今日、ちょっと暑いからかな」
手を繋いだだけで顔を赤くするってどうなんだ?
私はひどく恥ずかしくなりながら、彼女と一緒にショッピングモールの中を歩いた。
このドキドキが、掌から彼女に伝わっていなければいいけれど。
……いや、待て。
こんな受け身の姿勢じゃダメだ。私の目的はいつだって、惠利沙をドキドキさせること。ならば……。
「なんかさ。こうしてると、恋人同士みたいだよね」
私は笑いながら言う。
これならさすがの惠利沙も照れるだろう。
「ふふ、確かに」
照れるだろうと、思っていたのに。
なんでそんな嬉しそうに笑うの。
そんな顔されたら、私。
……やばい。ほんとに、やばい。胸がありえないくらいどくんどくん鳴ってて、このままじゃ心臓がどうにかなってしまうんじゃないかって思う。まさかこんなカウンターを喰らうとは思ってもみなかった。
落ち着け、落ち着け私。これくらいどうってことない。次の策を考えないと。
「でも、どっちかっていうと姉妹とかに見えるかもね」
おい私。
もっと攻め攻めで行く予定だったのに、気づけばダメージを軽減するための言葉を口にしてしまっている。こ、これで勝ったと思うなよ。
私は一体何と戦っているんだ。
「水葉ちゃん、ちっちゃいもんねー。私はそういうとこも好きだけど……髪型も髪飾りも、ずっと前から変わらないよね」
「ん、まあね」
「何か理由あるの?」
私は子供に見られるのが嫌いではない。
というか、あんまり高くない身長とか童顔であることを活かして、わざと自分を子供に見せているのだ。髪型もヘアゴムも昔から全く変えていないし、下手すれば小学生と間違われるかもしれない。
でも、それでいいというかそれが目的だったりする。
そういえば、惠利沙には話したことなかったっけ。
「子供に見られたいから」
「えっ。も、もしかして水葉ちゃん子供みたいによしよしされたいの? 赤ちゃんになりたいの? だったら私が……」
「違いますけど!?」
そんな趣味はございませんが?
私はため息をついた。
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