1 幼馴染はサキュバス

第1話

 魅力ってのは果たしてどこから生まれてくるものなのか。

 スタイルが良ければそれでいいってわけではないだろうし、かといってただ着飾ればいいってわけでもない。どこにどう魅力を感じるかってのも人それぞれで、肩甲骨に並々ならぬ情熱を感じる人もいるわけで。


 私は自分の手を眺めた。

 この前琴春ことはに塗ってもらったマニキュアは、今日も輝いているけれど。これだけでドキドキさせられるほど惠利沙は甘くないよなぁ、と思う。


 うーん、難しい。そもそもなんで私がこんなに悩まないといけないのか。


 これも全ては惠利沙が私をドキドキさせるせいだ。

 ていうか、惠利沙の方から今日は私の教室に迎えに来るって言ったのに、全然来ないし。もう皆帰っちゃったんだけど。


 クラスの子にはお母さん迎えに来るといいねー、とか馬鹿にされたし。


 あれもこれも全部惠利沙が悪い。もう今日は絶対全ての会計を惠利沙の奢りにしてやろう。そう決めたらなんかテンション上がってきた。


「惠利沙、いるー?」


 私は惠利沙の教室の扉を開けた。

 日の光がいつもとは違う角度で窓から差し込んでいる。そんな中で、惠利沙は一人教室に立っていた。


「あ、水葉ちゃん。ごめんね、ちょっと時間かかっちゃって」

「何してるの?」

「お掃除」

「惠利沙、今日当番だったの?」

「ううん。でも、クラスの子が今日はどうしても外せない用事があるらしくて、代わりにやってあげることにしたんだー」


 彼女はそう言って、ふわふわ笑う。

 ……はぁ。

 相変わらずだ、惠利沙は。


「ちゃんとお礼、言ってもらった?」


 掃除用具入れから箒を取り出しながら問う。

 惠利沙は私を見て、目を細めた。


「うん。私の番の時は、代わってくれるって」

「ならよかった。そう言ってくれる子なら、安心だ」

「水葉ちゃんは心配性だなぁ」

「惠利沙、ちょっとぼんやりしてるところがあるし。悪い子に利用されないか不安になる時ある」

「大丈夫だよ。いざとなったら、水葉ちゃんが守ってくれるでしょ?」


 力だけで言ったら惠利沙の方がよっぽど強いんだけども。

 彼女たちサキュバスは人の精気……生命力のようなものを吸収して生きている。そんな生態だからなのか、こう、力がすごいんだよね。小さい頃とか握力測る機械破壊してたことあったし。


 いや、まあ。

 力が強かろうと弱かろうと、惠利沙は惠利沙だ。私にとってはドキドキさせたい幼馴染ってだけである。


「守るって言っても、私にできることなんてこれくらいだけどね」


 私は箒で床を掃きながら言う。

 昔っから両親の手伝いをするのが趣味だったから、掃除洗濯料理に至るまで、大体の家事は得意なのだ。それに、昔の惠利沙はちょっとわがままで、遠足の時は水葉ちゃんの作ったお弁当が食べたいー、とか言って私を困らせていた。


 だから料理もめっちゃ勉強したんだけど。

 最近はあんま、そういうの言われなくなったな。


 や、別にいいんだけど。朝早く起きてお弁当作るのだって楽じゃないし。


 ……。

 なんか、お弁当について考えてたらもやもやしてきた。いつもいつも私ばっかり、惠利沙のことで悩まされている。惠利沙も同じくらい、私についてで悩まないと嘘だと思う。


 そう、そうだ!

 今この教室には私と惠利沙だけ……ってことは! 今なら人の目を気にせずに、惠利沙をドキドキさせられる! この前はドキドキさせられてしまったけれど、今度はこっちの番だ。


「惠利沙。なんか教室、ちょっと暑くない?」


 私はブラウスの胸元をぱたぱたさせた。

 友達曰く同性相手でもこういう仕草にたまにドキッとすることがある……とのことだけど。はてさて。


「確かに、あっついねー」


 惠利沙がボタンを三つほど開けて、大胆にブラウスを煽ぐ。

 ちょっ……!


「あれ、どうしたの水葉ちゃん。ぼーっとしてるけど」

「や、暑いから……」

「もしかして、熱中症? 大丈夫?」


 彼女はゆっくりと私に近づいてくる。その無防備すぎる様子に、私は鼓動が速くなるのを感じた。自分がサキュバスだってことを、ちゃんとわかっているのかいないのか。ただでさえ凄まじく顔がいいしスタイルもいいのに、ここまで無防備だとそのうち大変なことになりかねないのでは。


 なんで私が、惠利沙の心配をしないといけないのか。でも、しょうがない。だって惠利沙は、私の幼馴染なのだ。ほっとけるわけない、よなぁ。


「大丈夫。それより惠利沙、前開けすぎ。ブラ見えてるから」

「ん? ああ、これは見えてるんじゃなくて……見せてるの」

「……。惠利沙がどんな趣味持ってても否定はしないけど。危ないことすると、クロエさん悲しむよ」


 クロエさんというのは、惠利沙のお母さんだ。

 ……正直あの人は、惠利沙が危ないことをしてもそれでこそサキュバス! って喜びそうだ。クロエさん、刺激のあることが大好きだからなぁ。この前一緒に食事に行った時だって、なぜかパスタに大量の唐辛子を入れて食べてたし。


 サキュバスは辛いもの好き……なのかな。

 いや、惠利沙は甘いものの方が好きか。


「違うよ。これは、水葉ちゃんに見せてるの」

「……え」

「どうかな、これ。新しく買ったやつなんだけど……可愛い?」


 にこりと笑って、私に一歩近づいてくる。

 彼女は私よりもずっと背が高くて、こうして近づかれるとちょっと威圧感がある。押しつぶされそうな感じっていうか。他の背が高い人に迫られてもそういう感じはしないから、これはサキュバス固有のものなのかもしれない。

 いやいや、そんなの今は良くて!


「可愛いんじゃない?」

「ちゃんとこっち見て言ってよ」

「見てるよ。……横目で」

「正面から見て」

「なんで」

「だって、そうしないとちゃんと見えないでしょ? ほら、ここのとことかフリルがすっごく可愛くて……」


 いいんだけど。別にいいんだけど!

 そもそも初めてブラ買い行く時、私もついてった記憶あるし! 今更照れるとか恥ずかしがるとか、そういうのもない。だいたい惠利沙はいつも私にあれが可愛いとかこれが可愛いとか言って、服やらアクセやら何やら色々見せてくるのだ。


 今日はそれが、ブラってだけで。

 私は意を決して、惠利沙の方を見た。


 ……ボタン、ちゃんと留めてるし。

 ちょっと?


「惠利沙?」

「なあに?」

「や、なあにじゃなくて……」


 見てほしいんじゃなかったのか。

 ……。

 惠利沙が正面から見てって言うから仕方なく見ようとしたのであって、決して私が見たかったわけでは——。


「……ふふ。ブラ、ちゃんと見れなくて残念?」

「は、そ、そんなことないけど!」

「そういう顔してるのにー」


 どういう顔だそれ。


「言ってくれたら、見せてあげるよ?」

「はい?」

「惠利沙のブラが見たくて仕方ないですー、って言ってくれれば。いくらでも、見せてあげる」


 彼女はそう言って、ふわりと笑う。

 悪魔だ、と思う。


 こういうの、天然でやってしまうから怖いと思う。惠利沙の言動はいちいちなんというか、えっちなのだ。クロエさんはそうでもないから、これはもう惠利沙の元々の性格なんだろうけど。


 昔からほんと、わざとやっているのかってくらい私のこと誘惑してきてたなぁ。


 何かとベタベタしてきたり、距離近かったり。

 最初は私も友達同士ならこれくらいの距離感なのかな、なんて思っていたけれど。他の友達ができるにつれて、惠利沙との距離感が異常だってことに気づいた。気づいたからといって、それを是正するつもりもないんだけど。


 近いのも、蠱惑的なのも、惠利沙の個性だって思うし。

 でも!


 それはそれとして、やっぱり私ばっかドキドキさせられるのは違うのだ。とはいえ私はサキュバスでもなんでもないただの人間。この悪魔的なえっちさを真似することはできない。

 だから、私は——


「じゃあ、見せてよ」

「……ほぇ?」

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