21 モラトリアム終了のお知らせ

 お手紙に返事が来た!


 うそ、嘘でしょジョナサンさん! ファンへの心遣いが過ぎませんか!

 伯爵邸を宛先に書くとあって、どれだけの緊張を強いたでしょう、申し訳ない!


 ――と、私が小躍りしたのは、野外演奏会から四日後の月曜日のこと。


 執事のバートに物陰に呼ばれ、禁制品かの如くに手紙を渡され、差出人を見たその瞬間に私のテンションは天井に達した。

 お手紙を抱き締め悶絶する私をすごい目で見て、バートはほぼ地の底から響くような声で。


「……イヴンアローのご子息という方がいらっしゃるのに……」


 即座に真顔に戻る私。

 なるほど、男からの手紙だったからお父さまの目に触れないようにしてくれたのか。


 とはいえ我がドーンベル家の使用人さんたちは、サムがあることないこと言い触らしたせいで、私とアルヴェインの恋(そんなものは存在しないのに)を応援するムードになっている。

 そこに私が浮気じみたことをしているとなれば、『ロルフレッドとティアーナ』に感化され、純愛を奉ずる彼らとしては面白くなかろう。


「違うの、バート」

「と、仰いますと」

「彼、ジョナサンさん。筆名はジョン・ボルト」


 途端、ぱっかりと開くバートの口。

 そう、ジョン・ボルトは『ロルフレッドとティアーナ』の作者の名前。


 私はしたりと頷いてみせる。


「何しろお会いしたことがありますからね。そのときのお礼を書き送って、それにお返事が来ただけなの」

「おぉ……」


 バート、しっかりして。

 ともあれジョナサンさんを、貴族令嬢の火遊び相手という汚名からは守ることが出来た。ふぅ。




 お手紙はめちゃくちゃ丁寧だった。

 まず、私が彼のスランプを打破するために形振り構わず頑張ったことへのお礼。

 そして私のお手紙に対する、これまた凄まじく丁寧な返事。

 最後に、「新聞社とのやり取りがあるので王都のこの辺りの区画にも家を借りているが、創作に集中したいときに引っ込むあばら家が海辺にもありまして、そちらに移っている間はお手紙に気づかないかもしれない。私からの返信がなくともご寛恕いただきたい」というようなことが書いてあった。


 はぅ……っ。

 ジョナサンさん、ということはなんですか、今後もお手紙を差し上げてもいいんですか……っ!?


 お手紙を胸に抱きしめ、私は深呼吸。

 ジョナサンさんの私生活に障ると判断して、私が友人たちにもハンナたちにも、頑として黙っていることが二つある。

 うち一つが、ジョナサンさんは男性に恋をする人だということ。

 そしてもう一つが、彼のお住まいの所在。


 つまりこのお手紙は、私だけに与えられた特権……。


 そう考えると光栄すぎる。

 私は自室の鏡台の、いちばん物が入っていない抽斗にお手紙を仕舞い込み、そして思わず抽斗に向かって合掌した。

 どうかどうかジョナサンさん、これからも健やかに創作を続けてください……。




 ――と、いうようなことが昼間にあったので。


 油断した。

 晩餐のあと、お父さまから改まって呼ばれていると、蒼くなったハンナから伝えられて、私は座っていた椅子をひっくり返しそうになった。


 間違いなく、昼間に受け取ったジョナサンさん――つまり、お父さまからすれば不審な男性からの手紙――を咎められると思ったのだ。

 ああどうして裏切ったんだバート、と内心で嘆きの声を上げつつ、私はともかくも身支度を整え、お父さまの書斎へ急行。


 真っ青になりながら扉の前に立ち、ばくばくと打つ心臓の鼓動を聞く。


 どうしよう、「ジョナサンって誰だ」と訊かれたら。

 上手い言い訳が思いつかない。


 万が一私が三流ゴシップ紙掲載の小説にのめり込んでいるとお父さまに知られてしまったら、絶対に「今後の三流ゴシップ紙禁止令」が出る。

 誰もがアルヴェインのように物事を考えてくれるわけではないのだ。

 それに――私に対する禁止令だけならまだしも、下手をすれば私に「そんな低俗なもの」を読ませたということで、ハンナたちまで何かの罰を受けるかもしれない。

 どうしよう、どうしよう。


 扉の前に立つ従僕も、「使用人総出での三流ゴシップ熱狂がばれたか」と思っているらしい。

 私と彼が交わした視線には絶望が混じる。


 が、従僕は気丈にも、扉を開いて中に声を掛けた。


「――お嬢さまがいらっしゃいました」


「通せ」


 中からお父さまの声。

 従僕が祈るように私を見てから、半開きにした扉を全開にした。


 私は鳩尾の前で震える両手を握り合わせ、しずしずと書斎の中に進んだ。

 中に入るその瞬間だけは、思わず顔を伏せていた。

 どうか、どうか他の用件であってくれ……!


 背後で扉が閉まる気配。

 その外で、従僕もまた祈っていることを私は確信する。


 息を吸い込み、私は顔を上げた。


 お父さまと、そしてお母さまと、そして家令までもがそこにいた。

 これはまずい。


 ――私は息を止めた。


 縮み上がる私を一瞥し、重厚なデスクの向こう側で、お父さまが溜息を吐く。


「――フィオレアナ。なぜ呼ばれたかわかっているな」


 わかりたくありません。


 ぷるぷる震える私。

 鋲打ちの革張りソファにちょこんと腰掛けるお母さまが、そんな私に憐れを催したのか、「あまり脅かすような真似はしないでくださいな」と言ってくれる。

 大好き、お母さま。


 私がなんとか、蚊の鳴くような声で、「わかりかねます……」と応じると、お父さまは派手に溜息を吐いた。


「――本日、私は国王陛下から直々に謁見を賜った」


「国王陛下……!?」


 喉の詰まったような声が出た。

 嘘でしょ、三流ゴシップ如きでこの国至尊の方が動く……!?


 衝撃に目を見開く私を一瞥し、お父さまは短い間で三回目の溜息。



「おまえ、私の許しもなく、イヴンアローの若造と会っているらしいな?」



 ――――。


 ……あ。



 そっちかい。

 三流ゴシップより、なおやばいそっちのネタなんかい。


 ――私は白目を剥きそうになった。



◇◇◇



 お父さま、国王陛下、そして話題が私とアルヴェインの密会について――


 ――嫌な予感しかしない。

 というかどこだ。

 どこで見られてバレていた。


 くっそなんだよアルヴェイン、「微笑ましく思われるだけだ」って嘘じゃん。

 しっかり垂れ込まれてるじゃん。どうすんだよこれ。


 だらだら冷や汗を流す私。

 声も出ません。


 衝撃で即席の陶人形となった私を、さすがに可哀想に思ったのかなんなのか、お父さまの脇に佇む家令が、そっと言葉を足してくる。


「……お嬢さま、先週、イヴンアロー閣下が後援する野外演奏会に赴かれたとか」

「――――」


 その場に頽れそうになる私。


 だから……! だから、アルヴェイン、言ったじゃん……!

 なぁにが、「気を揉むな」だよ!

 揉むべきだったじゃん! 力いっぱい揉むべきだったじゃん!

 見られてたんじゃん!


 涙目になる私。

 もうさっさと罪を認めようと思って、「はい……」と力なく応じる。


「……お誘いいただきまして、断れず……」


 言外に、「断ろうとしたんだよ?」というニュアンスを匂わせる。

 だがお父さまは鼻が詰まっていたに違いない。その匂いを力いっぱい無視してきた。


「未婚の娘が、私の許しもなく男に会うなど言語道断だ。わからなかったか」


「申し訳ありません……」


「いつどこで連絡をとっていた?」


 私はぎゅっと目を瞑る。

 バートの首が飛ぶよりは、私が修道院送りになる方がまし。


「お手紙です。バートが見る前に、こっそり抜いていたんです」

「本当に悪知恵が働く」


 呆れたようにそう言われ、私はしょんぼり項垂れる。

 お母さまが、「まあまあ」みたいに取り成す声を出してはくれているが、こっちにも若干呆れた風がある。

 親不孝な娘でごめんなさい。


 がっくりと肩を落とす私に、お父さまが本日四回目の溜息。

 溜息を吐くと幸せが逃げるという。このままでは私が、お父さまの全ての幸運を吸い出してしまいかねない……。


「そんなおまえに朗報だ」


「朗報……!?」


 激しい驚愕の呟きが漏れた。

 思わず顔を上げてしまう。


 朗報?

 今の流れで、何がどう朗報に結びつく?


 お父さまは苦虫を噛み潰したような顔。


「どうやらイヴンアローは、あの若造の先走った行いを、出来ればにしたかったようだが、」


 ――『が』!?


 今、『が』と仰いました、お父さま!?

 待って待って待って、アルヴェインのあの暴走求婚は事故みたいなものだから! もうやめとこうって空気になってるから!

 そう、なあなあにされるのを狙っていたの!

 求婚したのはあっちだし、イヴンアロー側が話を動かさない限り、なんとなく自然消滅していくかなと思って!

 若者の一時の過ちみたいな感じで!


 なのに、『が』!?

 逆接で文をお繋ぎになる!?


 目を見開き、過呼吸寸前の私。


 そんな私を心底忌々しそうに見て、お父さまは苦々しげに言葉を押し出した。


「――おまえたちの……あ――逢引が、」


 言葉に詰まるお父さま。

 家令もお母さまも若干気まずそう。

 私は顔から火が出そう。


 逢引じゃないもん、違うもん、作戦会議だもん!


「逢引が、陛下のお耳に入ってしまった。正確には王女殿下がお聞き及びあそばされ、陛下に進言なさったようだが……」


 あの小娘ぇっ!


 憎悪に打ち震える私。

 王女殿下って、確か今十二歳かなんかじゃなかった!?

 まだ子供じゃん! 他人の恋路に口を出すなよ!

 そもそも恋路ですらないわけだしね!


「それで……陛下からお言葉を賜った。

 我々が……」


 ちょっと目を閉じるお父さま。

 どうやら頭の中で、陛下から賜ったお言葉をこねくり回してるっぽい。


「……祖先の業という垣根越しに睨み合っているのは、陛下もご存知、とのことだったが……」


 お父さま、その、「そんな睨み合ってないのにぃ」みたいな口調は如何かと思う。

 私の社交界デビューの夜、往路の馬車でイヴンアロー家の悪口をどれだけ仰っていたかお忘れですか。


「ここに生まれた……あー、それぞれの子息と息女が……」


 言いながら、ぞんざいに私の方に手を振るお父さま。

 私は気絶しそう。


「……仮にその垣根を越えるだけの情熱を燃やしているのであれば、その炎を暖炉に入れるかあるいは海に沈めるか、きちんと話し合うべきだ、とな」


 海に。海にお願いします。

 そもそも燃えてないから。入れられたら暖炉さんも困っちゃう。


 ――切実にそう願いつつ、私は今にも卒倒しそう。


 つまり――つまり――


「つまり、おまえたちの婚約を如何にするべきか、陛下の御前で話し合うことになった」


 瞬間、私はその場に頽れた。

 お母さまが「きゃっ」と悲鳴を上げた。


 だけど、こればっかりは仕方ない。


 もうやだもうやだ勘弁して!











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