第17話 「妹、襲来」

「あー」


 そんな声が、街中へ降りそそいだのはスズメがちゅんちゅんと鳴きはじめた頃。


 その頃には宇宙船も多くの人々の目に触れるようになっていた。窓から見える宇宙船がテレビの中にも映っていて、日照権がどうのこうの言っていた。


 ドスドスとマイクを叩く音がして、ぱらりぱらり、あーあー。


「ええっと早朝からご迷惑かもしれませんが、宣戦布告をいたします。――女の子にご注意を」


 箸からだし巻き卵がすべり落ちる。


 それと似た感じで、宇宙船のおなかの部分から何かが落ちていく。窓からでは豆粒程度のもので何がなんだかわからない。テレビの中ではその落下物をカメラが懸命に追いかけていく。距離があるからだろうか、画像は荒かった。


 それでも、人型であることはわかった。


 クルクルと回っていたそれは、急にピンク色の光を発し、ぴたりと空中に静止する。かと思えば、一直線へと飛行しはじめた。


「マズいですね」


 言ったのは、ピスティだった。目の前に置かれた山盛りのサラダには目もくれず、ただ窓の外を睨んでいた。


 わたしと食事とをほっといて、集中することなんてあるんだ。


「そんな場合じゃありません。外へ行きましょう」


 ピスティは立ち上がるなり、わたしの腕を取る。優しくも力強い力に、わたしはなすすべがない。


「え、あ」


「では、お父様お母様、失礼」


 ぺこりと頭を下げるピスティ。


 母さんの「わたしの娘じゃないけれど、娘をよろしくね」という言葉を背中に聞きながら、わたしは外へと出る。


 制服を着ててよかった……。じゃなきゃ、パジャマで外へ連れ出されてたかも。


 ちなみにピスティは制服を着ている。警察官に捕まることがないようでほっと一安心。


 とはいえ――この様子じゃ警察もビキニ姿の女性に声をかけようとはしなかったかも。


 宇宙船の影と発せられる光で、うすく桃色に輝いた街。イヌは空に浮かぶ宇宙船へ遠吠えを繰りかえし、人々は指さしあっている。ご老人はどこから引っ張り出してきたのか、大砲のようなものを運んでるし、魔女たちは宇宙船のまわりをくるくる飛んでいる。


 いたるところでパトカーのサイレンが鳴りひびいていて、ゾッとする。


 異常な世界においても、これは異常らしかった。


 家を出るなり、ピスティは立ち止まる。わたしではなく、飛来する桃色の光を指さす。それは、明らかにさっきよりも大きくなっていた。


「わたしたちの方へやってきてる?」


「まさしく。ですから、広くて誰もいない場所へ行く必要があります」


「どういうこと? なんであれは――」


「説明する暇はありません」


 有無を言わせぬ口調。


 ピスティの横顔は、いつになくこわばっている。いつもはへらへらふわふわ笑ってるくせに。


 それが、ますますわたしを動揺させた。


 ちょ、ちょっと待って、と考える。広い場所広い場所……。


「キッカちゃんの宇宙船がちた場所は?」


「いいですね。確か規制線が張られていたはずですから」


 言うなりピスティは、わたしをひょいっと両腕で抱える。お姫様抱っこ。苦情を言う前にピスティは走り出している。


 びゅうと風が吹いて、ぎゅっと目を閉じちゃう。トットット、と風切り音を振り払うように、足音が聞こえる。


 おそるおそる目を開けると、街並みが流れるように過ぎ去っていく。人々の驚く顔、びっくりして飛びあがるスライムなどなどが現れては消える。


 まるで、電車みたいな速さ。


 ちらりと背後を振りかえれば、光がぴったりとわたしたちを追いかけてきていた。


「あ、あれなんなのっ!?」


「ワタシの考えが正しければ――」


 タンッとピスティが方向転換する。むぎゅう。Gがわたしをピスティの胸に押し付ける。


 前を見れば、すでに宇宙船の落下地点へわたしたちは入っている。


 そこにあったはずの宇宙船はすでに宇宙港の方へと引き取られている。そういえば、キッカちゃんは整備するとか言ってたっけ。一度母星に帰ってみようと思いますとかなんとか。


 墜落現場には穴はなく、大きなものが滑りこんだようなへこみと跡が残っているばかり。あとは、土木機械がいくつか残っているくらいで、あと少しもすれば、きっと何事もなかったかのようになるに違いない。


 そんな素寒貧な場所に、わたしたちはやってきた。


 やがて、ピスティは立ち止まった。


「どうぞ、お姫さま」


「ありがとう――じゃなくてっ。あれは一体なんなのよ」


 スッとピスティが指さす。


 その先を見れば、桃色の光が目の前に着陸する。


 それは、女の子だ。


 かわいらしい女の子。


 白ビキニを着た――どこかの誰かさんに似たようなヤツがそこにはいた。


「あれ、妹?」


「姉妹機という意味ではそういうことになりますかね」


 姉妹機――あの子はアンドロイドってことか。


 アンドロイドで、ユリニウム兵器。今思うと、ピンク色した光を放つのはどれもユリニウム兵器だった。


 ピスティの妹らしき、その女の子は白ビキニを着ている以外は、あまりピスティには似ていない。


 背はわたしよりも小さくて小学生みたいだし、胸だってぺったんこだし、髪は桃色に光っている。


 なにより、幼い顔立ちには、笑みが浮かんでいる。


 それはピスティとは違って、見るものすべてをバカにしたようなもの。


 ツンととがった唇が今まさに動いていく……。


「お姉さま、お久しぶりです」


「久しぶり、ユリリン」


 ユリリンと呼ばれたその子が、にっこりと笑う。


 それから、彼女の目が、状況を飲みこめずにいたわたしを向いた


「そちらの方は」


「ワタシが飼っているペットです」


「違う! どっちかっていうと、そっちが買われてるみたいなもんでしょ!?」


 そうでしたっけ、とピスティがとぼけたように言う。


 さりげなく、1歩前に出ながら。


 目の前に立ちふさがる地獄の番犬からわたしを守るかのように。


 でも、目の前にいるのはユリリンというアンドロイド。


 それが、目を細めてこっちを見ている。


「確かにペットみたいに華奢だよね、ここの原住民って」


「それよりも、なぜあなたがここに?」


「そりゃあ、この星のみんなをユリニウムに変えるためだけど?」


 ユリリンは言って、両手を広げた。真っ白な腕が空気を抱きしめるように動けば、びゅうと強い風が吹いて、ユリリンの髪を揺らした。


「なんとかっていう宇宙船のやつらは、ここを破壊しろって命令してきたけど、そんなのもったいないじゃん?」


「いやいやいや、意味わかんないし。破壊しろって、どういうこと」


「あの宇宙船の言ってること、聞いてなかったの?」


 じいっと覗きこむように、ユリリンが見つめてくる。その瞳がいたずらっぽく光っていた。


「……宣戦布告がなんとか言ってた」


「でしょ? まさか、アタシらがなんのために使われてたかなんて、一緒にいるんだから知らないわけがないよねえ」


「…………」


「え、ホントに知らないの? お姉さまから教えてもらってないの?」


 からかうような声がやってくる。


「じゃ、アタシが教えてあげる――」


「それには及びません」


 ユリリンの言葉をさえぎってピスティの声がする。


 いつになく早口で、いつもの余裕がなかった。


「どうしたのお姉さま。まるで聞かれたくないみたいだけど」


「兵器であることは言ってますし、この状況からかんがみても明白でしょう。だから、説明する必要はありません。みんな飽き飽きしてしまいます」


「アタシたち以外に見ている人がいるみたいな言い方だね」


「どうでしょうね」


 ピスティが肩をすくめる。


 それから、こっちを向いたその顔は、いつになく真剣そのもの。笑ってもないし、からかってもいない。


 いつもとは違う。


 まともにならざるを得ないものが目前に迫っている、ということを痛感させられる。


「さいちゃん」


「な、なに。っていうか、あの子が宇宙船から来たってことは」


「ええ、純粋に兵器として使うつもりのようですね」


「……強いの」


「非常に。ユリニウムが生み出すエネルギーは、最大でビッグバンにも相当します」


「宇宙が生まれるくらいってことね。そんなのありえないっ」


 ピスティが表情を緩めて笑った。それがちょっぴりうれしかった。


 その笑みも、すぐに引きしまっちゃったんだけど。


「さいちゃんは見たはずだよ。地球が再生するところを」


「それは……そうだけど」


「地球を破壊するためか、単に惑星上の高度な知性を有する生命体をユリニウムへ変えるためなのかはわかりませんけれども、あの子は危険です」


 ピスティが腕まくりをする。自信満々と言った感じだけど、わたしは不安だった。


 空はほんのりとピンク色に染まっている。


 イヌ、カラス、ネコ……さまざまな動物の鳴き声が、ハーモニーを奏でながら、宇宙船の分だけ狭くなった空へと吸い込まれていく。


 何か、イヤな予感がした。


 と、ポンと頭にピスティの手がやってきた。


「そんな顔しないでくださいってば。ワタシはおねえちゃんですよ? 姉より強い妹はいないってね」


「それ、フラグじゃないの」


「フラグにならないように、さいちゃんにお願いしたいことがあるんです」


 ピスティがゆっくりと顔を近づけてくる。まさかこんな往来でキスを――なんて想像するわけないじゃないか。


 そうじゃなくて、ピスティはわたしの耳元で、囁いた。


 わたしへの頼みを。


 作戦を。


「いいですか。あれが頼みです」


「あーうん、あれね」


「そうです。あれです、バビューンとビームが飛び出したあれですからね」


 なぜ、あれあれ言ってるのか。きっと、ユリリンとやらに悟られないようにするためなんだろう。


 きっとそうだ。絶対に、名前を忘れたからではないと思う。というかそう思いたい。


「とにかく、おねがいしますね」


「わかってる」


 わたしはユリリンを見る。


 こっちをおちょくるような目で笑ってくる女の子。


 その姿はかわいらしくもあり、恐ろしくもあった。


 ピスティが、わたしの頭を撫で、くるりと背を向けた。


「お話はもういいの?」


「ええ、長話なんていうのは、これが終わったあとにすればいいだけですからね」


「あはっ。お姉さまはアタシに勝てるって思ってるの?」


「思ってますよ。そのための作戦がありますから」


「あんなヒトに何ができるっていうのさ」


「それは見てのお楽しみ」


「そっか。――じゃあ行くからね」


 瞬間、ユリリンがピスティの真正面にいる。


 振りかぶられた小さな手。ユリニアムの色に光る手がピスティへと襲い掛かる。それがスローモーションで見える。


 ピスティは避けようとしない。


 空中に生まれた半透明の膜でそれを受け止める。


 それを確認してから、わたしは走り出した。


 ――妹のことはワタシが食い止めておきます。その間に。


「絶対、百合丸を持ってくるから」


 待ってて、と爆発でも起きたみたいな轟音に背中を押されながら、心の中で呟いた。


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