第5話 「当たり前の非日常」

「ヘイ、〇ーグル。開港記念日について教えて」


 朝食を終え、部屋に戻ったわたしはスマホにそう聞いてみた。


 結局、母さんは開港記念日のことを教えてはくれなかった。それどころか聞いても聞いてもはぐらかしてくるし、からかってくるし、親としてどうかしてると思う。


 ピロリン、とスマホが教えてくれようとした矢先、ピスティにスマホを奪われた。


「そんなちゃちなAIなんかより、ワタシの方がずっといいですよ」


 ピスティの指がスマホの画面の上を高速で滑っていく。速すぎて、こっちの目がグルグル混乱しちゃいそう。


 手を出したら、ポイっとスマホが返ってきた。


「へい、グー〇ル……あれ?」


「AIは使えなくしました」


 ピスティがポンポンとわたしの肩を叩き、それから自分の胸を叩いた。


「この超アナライザーアンドロイドのワタシになんでも聞いてください」


「……へい、ピスティ、開港記念日について教えて」


「すみません、よくわかりませんでした」


「開港――」「よくわかりません」


 わたしはピスティの胸をはたいた。むしゃくしゃするくらい柔らかかった。


「エッチ」


「どこがだ!」


「まあ、スキンシップはさておくとして、実際、ワタシ知らないんですよね」


「じゃあなんでAI使えなくしたし」


「嫉妬ですよ嫉妬。かわいいでしょ」


 うるうるとした目で見てくるピスティ。仮に、段ボールの中のトイプードルだったら、わたしも胸が締め付けられていたかもしれない。でも、このアンドロイドはわたしよりも大きい。……胸だけじゃなくて、背も。


 しかも、黒ビキニを装備してる。


 これのどこがかわいいんだろう。


「超すごいアンドロイドだったら、ぺぺぺーって調べられるんじゃないの」


「できません。ワタシは基本的にスタンドアロンなので、ネットにつなぐことは不可能です」


「役に立たないってことね」


「失敬な。ユリニウムを検知することができます」


「……役に立たないってことね」


 わたしはスマホを操作して、開港記念日を調べる。


 それによると、開港とは宇宙港のことを指すらしい。


 宇宙港!


 それってつまり、宇宙の港ってこと?


「バカですね、宇宙船の港ってことですよ」


「それってほとんど一緒じゃない?」


「一緒にしないでください」


「え、そこまで言うの……」


「すみません、アンドロイドっぽいところが出ちゃいました」


「どこがアンドロイドっぽいか教えてくれる?」


 わたしは無知だけど、ピスティはもっと無知だ――違う、ムチムチだ。こんなのがアンドロイドだって今でも信じられない。


 そんなことを思っていたら、ピスティが微笑ほほえんだ。おめにあずかり光栄です、とばかりの笑みに、わたしの顔がわけもなく熱くなった。


「ワタシの場合ですと、ここジャパンには宇宙船が出入りする港があるということになります」


「なんでジャパンってわざわざ言ったの。ってことは、開港記念日ってそういうこと?」


「宇宙人に港を開いた――鎖国を止めたから、ということでしょうか」


「マンガじゃあるまいし」


 家の中はまったくの洋風だ。畳じゃなくてフローリング、クローゼットの中にはワンピースとかブラウスとかがかかってるし、窓の外には目が痛くなるほど金ぴかの城が経っているわけでもなかった。


 江戸時代じゃないし、いつもの日常とそれほど変わってない。


 少なくとも、わたしはそう思ってる。


「違うのかもしれませんよ?」


「……何が言いたいの」


「推測に自信がもてませんので、直接見た方がいいと思います」


「直接?」


 ええ、とピスティが胸を張った。


「外へ行きませんか」







「なぜ服を着なければならないのでしょう?」


「捕まるからだよ」


「おかしいです。ワタシはヒトではありません。超ビューティフルアンドロイドです。ゆえに、ヒトの法律には縛られません」


「いいから脱ごうとするなっ。それ母さんのだから破ったら怒られるぞ」


「それはちょっと困りますね。お母様に嫌われたくはありません」


「今思ったんだけど、なんで母さんのことそんな風に呼んでるの?」


「そりゃあ、将来のお母様ですから」


 意味が分からなかった。宇宙からやってきたっていうアンドロイドはズレてるんだろうな。


 それはさておき。


 今のピスティは、どこからどこを見ても普通のおねえさんだ。アンドロイドだって言われなきゃわからないだろうし、痴女というより、窓の向こうでため息をつく社長令嬢って感じだ。


 白のワンピースに麦わら帽子、真っ白なミュール。さわやかな風の吹く春の陽気にぴったりの格好だった。


「どうです? 百合百合したくなりました?」


 ……こんなこと言わなければ、きっとモテモテに違いない。


 くるりくるりと回って見せつけてくるピスティを無視して、振りかえる。


 我が家はいつ見ても我が家で安心する。AIに支配された家とか核シェルターになってたらと思うと、うすら寒くなってくる。


「宇宙船に変形するかもしれませんよ?」


「アンドロイドさんはロボットアニメが好きなの?」


「女の子がいちゃいちゃするのだったらなんでも」


「節操ナシ」


 会話はそこまでにして、わたしは歩き出す。


 ぱっと見、街は以前と変わらないように見えた。


 遠くのビル群に巨大ゴリラとか巨大なとか、三つ首のドラゴンがいるわけでもない。


 歩いている道には、宇宙人も火星人も、ヘビ人間もいない。


 いつものように、ドバトがホーホホッホと鳴いている。


 さっきのは白昼夢だったんだろうか。


 などと思っていると、正面から人がやってくる。


 一瞬、宇宙人じゃないかと思って身構えたけれども、普通の女性だった。ポポポポ言いそうな8尺の女性でもなければ、正気度を削られそうな異形の存在じゃなくてホッとする。


 よくよく見れば、その人はペットを連れていた。


 びょんびょん。


 空気の抜けたソフトテニスのボールみたいな青い球体。それが女性に合わせてジャンプを繰りかえす。


 アスファルトの上で飛び跳ねるそれは、スライムだった。


 思わず、立ち止まって目をゴシゴシこする。現実だ。信じられないことに夢じゃなかった。


 夢であってほしかった……。


「ほらポチお手」


「どう見たってポチって見た目じゃないよ! いいとこスラミンとかじゃん!?」


 女性がぎろりと睨んできた。レーザービームどころじゃなかった。


 はひっすみませんすみません。


 わたしは水飲み鳥のように何度もぺこぺこしながら、その場を足早に去る。背後から「今日は病院に行きましょうね」という声と、ぶぎゃあというスライムの悲鳴が聞こえてきた。


「今の見た?」


「もちろん。すごく情けなかったですよ」


「……そっちじゃない。あのペットのこと」


「どう見てもスライムでしたねえ。ファンタジーの中のものかと思ってました」


「あんなのいなかったのに。どうなっちゃったの……」


 わたしの頭がどうにかしてしまったんだろうか。もしかしたら、イヌはイヌじゃなくてスライムみたいな恰好をしてるのかも。


 じゃあ自分は……?


 改めてみても、自分は自分、ヒトはヒトのままだった。ついでにアンドロイドもアンドロイドで、変人のままだった。


「さいちゃんは何も変わっていませんから安心してください」


「そりゃどうも」


「しかし、どうしたことでしょうね。観察していた地球とまるきり違うではありませんか」


「何かわからないの、超天才アンドロイドさん」


「ハイパーインテリジェンスなアンドロイドとしては、まったくなにも」


「スクラップの間違いじゃない?」


「その単語はアンドロイド保護法によって禁止されてます。ワタシの惑星であれば24時間ビリビリの刑でしたね」


「なにそれこわい」


「安心してください、ビリビリにされるのは服だけですので」


「そっちの方が怖いよ!」


 そんなやり取りをしていても、わたしたちは目立ってない。やかましいって意味では目立ってたかもしれないけどね。


 そもそも、ガッションガッションロボットが歩いてるんだもん。


 大通りに出ると、車道とロボット道があって、そこを三階ビルくらいのロボットが腕をL字に曲げながら右左折している。その足元を青い制服を着たサモエドのおまわりさんがキャンキャン吠えていた。


「なにこれ」


「いやあすごい」


「感心すんなっ。現実だと思っちゃうだろっ」


「目をそらさないでください。現実です、超現実」


「これのどこが現実なの!? 路面電車が走ってたとこをロボットが歩いてるし。犬のおまわりさんなんて歌の中でしか聞いたことないよ!」


「どうどう落ち着いて」


 わたしの目の前にやってきたピスティが、両肩に手を置いてくる。


 顔が近づいてくる。


 異常な日常風景が、整った顔に覆われていく。ズンズン近づいてくるピスティに、わたしのからだはこわばった。


 ユリの香りがふわっと包みこむ。


 鼻と鼻とがぶつかる寸前、ピタッと止まったピスティが、わたしの目をまじまじ見つめてくる。


「深呼吸」


 言われて、何度も何度も呼吸を繰りかえす。


 心の中の焦りみたいなものが、だんだんと落ち着いてくる。


「落ち着きました?」


「うん……」


「よかったよかった。ユリニウムも観測できましたし、ワタシも満足です」


 ありがとう、と言おうとして、わたしは口を閉じる。


 わたしのためにしてくれたんじゃなくて、ユリニウムのために――自分のためにやったってことか。


 なに勘違いしてるんだろ。


 かあっと全身が熱くなる。足元から火であぶられたみたいだった。


 わたしはピスティを押しやって歩き出す。


「あ、ちょっと待ってください。どこ行くつもりなんですか」


「……ついてくんなっ」


「そういうわけにも行きませんよ」


 そんな言葉を無視しながら、わたしはさまようように歩く。


 このおかしくなってしまった世界から逃げるように。

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