【完結】宇宙(そら)の運び屋は、あなたの想いを届けます
角山 亜衣(かどやま あい)
第1部
1-1.高額報酬には裏がある
エルラド星系:ワープ・ステーション近郊──
まただ。何度目かのアラート。
きっと何かの間違い。そうに決まってるんだから。
あたしは、セレスティナ・エシュタール。
訳あって二十歳そこそこで星系間の運び屋なんてやってます。
まあ、何かと世知辛い世の中ですから……生きていくには、出来ることをやるしかないわけで。
今も“貨物船レムリアス”に、お預かりした荷物を積んで、宇宙を飛び回ってるところです。
『マスター、お気づきとは思いますが、先ほどから貨物室の異音を検知したというアラートが発報されてます』
コクピット内に、AIの相棒リリスの声が響く。
もちろん気付いているわよ。
だって、あたし……必死に見なかったことにしてるんだから。
「あ、あら、そうだった? 気付かなかったわ~……えっと……あ、そうだ! 念のため確認だけど、今、貨物室に残ってる荷物って、何だったかしら~?」
答えは聞くまでもない。そう、これは無駄な抵抗である。
(今のうちに、どうか、どうか、鳴りやんで! アラート!)
『受領No.13047、支援物資に偽装した遺体収納カプセル、いわゆる“棺桶”です。マスター、警告を放置し続けるのは、推奨できません。異常がないか、目視による確認を』
「えー! 無理、無理無理無理! リリス、あなたAIなんだから、スキャンとかして、どうにかしてよぉー」
『最終的にはマスターの目視による確認が必要になりますが、……、……、スキャン完了。異音は棺桶の内側から発せられております。ちなみに、生体反応は──ありません(ドロロォォ~ン)』
リリスは声色を低くして、効果音までつけてくる。
「や──!! なんで怖い演出いれてくるのよ──!? やめてよ──(ひーん)」
はぁ~、なんでまた、こんな厄介な仕事を引き受けちゃったんだろう……。
☆
――遡ること、数日前。
惑星エルラドⅣの都市区画にある、依頼の仲介所──通称“窓口”。
『荷物運搬依頼の完了を確認しました。報酬をお支払いします』
その日も普段と同じく、窓口で新しい依頼のリストを眺めていた。
「リリス~、口座の残高、どのくらいあったっけ?」
『レムリアスの整備費を差し引くと、現状のままでは七日程度で底を尽く程度です。いわゆる、カツカツな状態と言えます』
「……切り詰めてギリ七日ってことよねぇ」
“レムリアス”は、あたしの愛機です。見た目は骨董品級のゴッツイ機体だけど、実はナイショのオーパーツ的な能力をたくさん秘めている特別な機体なの。
どんな“能力”を秘めているのかは──追々、ね。
「近場で、ササっと済ませられて、報酬も割高な依頼とか……ないかしらぁ」
『そのような依頼があったとしても、リスクが伴いますよ? 堅実に同じ方面への依頼を出来るだけ多く──』
「わーかってるわよ──……って、あ! これ! 報酬多くない? お隣のカルディア星系までの運搬でこの報酬──相場の三倍以上あるわよ!?」
『依頼内容:指定貨物の至急搬送……貨物について、詳細が書かれておりません。慎重に検討することを推奨します』
「そうね、リリス。あなたの言うことも一理あるわね。でも、今のあたし達に必要なものは、なあに? そう、クレジットなのよ!」
あたしは迷わず『受領ボタン』に指を伸ばした。
『ぁぁ──……』
「大丈夫よ! カルディアⅡまでなら、ワープ・ステーションが空いていれば……そうね、四、五日もあれば到着できるはず。ついでに、航路上の資源採掘惑星へのお届け依頼がいくつかあるから、積めるだけ受けちゃいましょう」
積載量と荷物の大きさを計算しながら受領ボタンを押していく。
『マスター、先ほどの高額依頼の主よりコンタクトです。貨物の受け渡しは宇宙港搬入出エリアZが指定されました』
「げ……“Z”……」
『警告はしましたよ。慎重に、と』
搬入出エリアZとは、宇宙港の中でも一般の利用客はおろか、運搬業者ですらあまり足を踏み入れない“暗部”だ。
事故機のパーツ、産業廃棄物、放射性物質、取引が禁止されている生物まで――
表向きには厳格な管理が謳われているが、実際は“見て見ぬふり”の持ち込み・持ち出しが横行しているエリアなのである。
今更悔やんでも仕方がない。
まずは“真っ当な荷物”をエリアBで受領する。運搬ドローンが、愛機レムリアスへと荷物を運んでいくのを見届け、あたしはエリアZへと向かった。
エリアZの照明は薄暗く、足元には廃材や不燃ゴミが雑然と積まれていた。
リリスがインカム越しに声を落とす。
『(本件に関して、依頼の選択が妥当かどうか判断しかねます)』
「でも、もう受けちゃったんだし……キャンセルしたら、評価が下がっちゃうんだから、やるしかないじゃない?」
やがて、薄暗がりの奥から、フードを深く被った人物が銀色のカプセルを従えて現れた。
『あなたが、運び屋さんですか?』
ボイスチェンジャーを通したような、合成音声が響く。
「はい、セレスティナといいます。積み荷を確認させていただいても?」
言いながら、あたしは相手の顔を覗き込もうとしたけれど、フードの中の人は仮面を付けていた。
(怪しすぎる……)
『こちら、ご遺体を収納するカプセルです。訳あって早急に惑星カルディアⅡまで届けて欲しいのです……。ご存じかと思いますが、ご遺体を運搬するには各種手続きが必要で、それには数日を要してしまいますので……』
「(ご遺体か……)そうですね、了解です。カルディアⅡまで急ぎで、ですね?」
フードの人物はわずかにうなずくと、ジュラルミンケースを渡してきた。
「こちらは“前金”となっております」
中身を確認すると、希少金属のインゴットが二つ。
リリスがインカム越しに声を落とす。
『(現在のレートで換算すると、今回の運搬報酬の二倍以上に相当します)』
(つまり、この依頼の報酬は、相場の六倍以上!?)
表向きは“窓口”を通した正規の依頼としつつ、こうした物品で別途報酬を用意するのは、“ワケあり”の積み荷をナイショで運搬する際の常套手段だ。
「(……口止め料ってことか)悪くないわね。中身を完璧にカモフラージュできる小型コンテナがあるので問題ないわ。あとは任せてちょうだい」
フードの人物が素早く姿を消すと、リリスがもう一度、声を落とす。
『(よろしいのですか? 遺体の搬送には正規の手続きが必要で──)』
「わーかってるわよ。きっと、お葬式の日取りに“主役”が間に合わないとかで、すっごく急いでいるのよ。死者の“想い”をご遺族の元へお届けしましょう? 行先はカルディアⅡで決まりね!」
『…………承知しました。“想い”というよりも、何かの“企み”が秘められてそうにも思えますが』
リリスは溜め息をつくような“間”を入れてくる。なんとも人間味があって良い相棒だと、つくづく思う。
運搬ドローンが小型コンテナを運んでいくのを見送り、あたしもレムリアスへ搭乗する。
「リリス、念のためカプセルの中身をスキャンしておいてくれる?」
『承知しました、マスター。……、……、カプセルの中は遺体のみです。生体反応はありません』
「ありがと。それじゃ、出発しましょうか!」
こうして、あたしたちは惑星エルラドⅣの宇宙港を後にした。
翌日、資源採掘惑星に立ち寄り積み荷を受け渡して、ワープ・ステーションへと向かっていたのだ。
☆
「……アラート、消えたわね」
『そうですね。異音は止んだようです』
ここからワープ・ステーションまでは、まだ十時間以上かかる──。
またいつアラートが点灯するかと思うと……この依頼、一刻も早く終わらせたい。
「リリス、ワープ・ステーションの混雑状況をチェックしてくれる?」
『承知しました、マスター。……、……、現時点でワープ待ちが二十三件入っています。私たちの到着予定は、十一時間四十三分後。待ち行列はさらに増えている可能性が高いようです』
「えー、そんなに!? ──いいわ。進路変更! 正規ルートを外れて、監視宙域の外へ向かってちょうだい。禁断の単独ワープで飛ぶわよ!」
『非推奨。単独ワープを使用するには、銀河連邦保安局 情報部統合本部長シリル・ハーシュの許諾が必要になります』
「リリス、いい? 今はね、緊急事態なの。あの荷物が静かにしている間に、さっさと届けてしまわなきゃダメなのよ! 始末書ならあとでいくらでも書いてあげるわ!」
『……承知しました、マスター。ワープエネルギー残量確認。クリア。航路変更。……、……、三時間後に、ワープドライブを稼働します。────始末書の代筆は承りませんよ?』
(ちっ……読まれてる)
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貨物室内を映すモニターには、薄暗がりの中に小型コンテナがひとつだけ見える。
ただの荷物にすぎないはずなのに、今回ばかりは――何か禍々しいものに見えて仕方がなかった。
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