第11話 観測崩壊まで残り72時間

朝の光が、どこか歪んでいた。

 窓の外の街並みは確かに東京――のはずなのに、

 建物の輪郭がところどころ“文字列”のように滲んでいる。


 「……始まったのか。」


 《観測層の安定率、83%から急落中。》

 《時間の整合性が崩れています。》


 アナライザーの声が響く。

 昨日、あの“author_layer”と接触してから、世界の法則が狂い始めた。

 物体が一瞬だけノイズ化し、人々の記憶が書き換わる。

 テレビでは報道されないが、俺には見える。

 ――現実が“編集”されている。


 「原因は、俺か?」


 《部分的に。あなたが上位層のコードへ干渉した影響が波及しています。

  ですが、完全な崩壊を止める手段も、あなたの中にあります。》


 「俺の中に?」


 《第3層で取得した“読者権限”。

  あなたは物語の“改稿”ができる可能性を持っています。》


 「書き換える……ってことか。」


 《ただし、使用すれば“あなた自身の記録”が消失します。》


 息が止まる。

 世界を救うには、自分という登場人物を“消す”しかない――。


【同時刻/探索学園 管理棟】


 氷堂セラはモニターの前に立っていた。

 スクリーンには“春日ユウト”の行動軌跡がリアルタイムで表示されている。


 「……データが歪んでる。追跡ができない。」


 「観測崩壊が始まったんだ。」

 御門博士が低く呟く。

 「君の言っていた“author_layer”。あれは本当に存在する。

  そして――ユウトはそこに触れた。」


 「まるで……“物語”が彼を通して書き換わろうとしているみたい。」


 御門は目を細める。

 「もしそうなら、我々の“現実”も物語の一部ということになる。」


 セラの手が震える。

 「じゃあ、私たちも……登場人物?」


 「違う。今この瞬間、選べる。

  ――観測する側に立つか、それとも、物語に呑まれるか。」


【ユウト視点/午後2時】


 街の中央に、巨大な“亀裂”が現れていた。

 空間が裂け、その奥に光の層が見える。

 人々はそれに気づかない。

 観測できるのは、“物語を読んでいる者”だけ。


 「アナライザー。これが崩壊の“始点”か?」


 《肯定。author_layerの干渉が、この座標を通じて現実に漏れ出しています。》


 「止めるには……?」


 《あなたが“物語の続きを書く”こと。

  それが唯一の修復手段です。》


 風が吹いた。

 遠くでチャイムが鳴る。

 まるで世界そのものが、ページの端をめくる音のように。


 「……書き換えてみせる。」

 拳を握る。

 胸の奥で、アナライザーの声が微かに震えた。


 《了解。タイムリミット――残り71時間42分。》

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