第19話 空へ
【sideカリス】
淡々とこれまでの経緯を話すホォリにホォル……ではなくレドは納得した顔になる。
「なるほど……それでアールノッテ王をつれてきたのですか……」
「笛の音は黒兵には影響がなかったけれど、本体にはやはり影響があったみたいだね」
ホォリは一生懸命、もげた鳥をくっつけようと試みているが、何回やってもくっつくことなくポロッ、ポロッと落ちる。
どうしても諦めきれないらしい。
「……それで……北の先に飛ばしたということですが……これからどうするのですか?」
「とりあえず様子見かな……?今回ので、ある程度小さくなっているから、もしかしたらレジルの意志で抑え込める?かも?的な?」
「ずいぶん楽観的ですね……」
静観を提案するホォリにレドは思う所があるようだが、俺はホォリの案に賛同を示した。
「あれは、俺らにはどうにもならん……黒兵が湧いたら駆除するくらいしか対応方法がねぇよ……」
俺の言葉にレドは意外そうな顔になった。
さすがの俺も絶対勝てねぇような不毛な勝負に挑む無謀はする気はない。
人の身ではない昔なら、やり合った可能性はあるが……地上がめちゃくちゃになるのは間違いないので、それはそれで、ホォリにキレられる気はする。
とりえず、まだホォリの器がない状態なので、ホォリを死なせるわけにはいかないし、ホォリを子孫ともどもある程度守ってやれるように何かしら考えておかねぇと、こんな物騒な世の中なので、いつ子孫達が断絶しちまうか気が気じゃない。
「北の先はアールノッテには近いから、レジルの寂しさも少しは紛らわせると思うんだよね……」
「承知した。子孫達にも此度の事を伝え、くれぐれも笛の音を絶やさぬようにする」
アールノッテの誠実な言葉に、俺は、かつて大陸王の宴に招かれた事を思い出す。
そうか……あの時の宴にいた男の子孫か……。
初対面にも関わらず、その男がアールノッテであると直感してわかったのは、面影が似ていたからだろう。
とても誠実そうな男であった。
そして、とても素直な心地よい音楽を奏でる男だった。
「レジルが言うには、人の負の感情を集めていたようなんだ……この世界はこれからきっと良くなっていくだろうし、もうあんなに膨大な塊にはならないとは思いたいけれど……」
ホォリにしては珍しく語尾を濁したのは、アレが人ならざるもので、どうなるのかわからないからか、それとも人側の負の感情についてこれ以上悪くならないという未来に確信が持てないせいか……微妙なニュアンスである。
レドは、そんな言葉尻を正しく察したのか、苦い顔になる。
「北は海に囲まれた場所だから、もし黒兵が誕生してもそう簡単には大陸には渡ってこれないと思うし……一応、リドフェに定期的に監視してもらって何かあれば連絡をもらう感じになるかな……」
「ですが、我々も今は人の身、永遠の監視は無理ですよ……ましてや国が違いますし、今後、輪廻を繰り返すほどに記憶が薄れていくことも考えられます……」
レドの指摘にホォリが視線を下げた。
「まぁ、そん時はそん時だろう……海を渡って黒兵がまたわんさか増えたら、そん時に考えようぜ!それがいつだかわかんねぇし、今すぐどうこうするのは俺たちには無理だ。方法なんてねぇだろう」
「……」
『終いにしようぜ!』の提案に、レドは何か言いたげであったが、ほかに案がなかったからか、渋々同意の頷きをした。
「まぁ、案外ひょっこり大陸王が現れてすんなり解決なんて事もあるんじゃねぇか?」
「…………限りなくない話だと思いますが………ホォリは、あると言っていましたね」
どうせ未来の話をするなら、明るい話題にしようぜ!と水をむければ、レドはそういえばとホォリを見る。
ホォリは、目をぱちくりさせた。
「大陸王は現れるよ?」
どこに疑う余地が?という顔に俺達は、おかしいのは自分たちの感覚なのかと錯覚しそうになる。
「……大陸王は……おられるのですか?」
アールノッテ王の言葉に、ホォリは驚いたように彼をみた。
「え?……アールノッテは大陸王のために笛を奏でるために北に向かったんだよね?」
「え、えぇ……祖先からはそのように聞いております」
「あ!そっか!!そっくりだけど、アールノッテじゃなかったんだよね、ごめん、すっかり忘れていたよ」
「そ、祖先をご存知なのですか?!」
鳥に乗って迎えにきたホォリを何となく人外認定していたようだが、実物を知っているとは思わなかったようだ。
まぁ、人の身の寿命考えたら、だいぶ前の話になるらしいしなぁ……。
「そりゃあ、アールノッテは、大陸王の友達で、地の神のお気に入りだったからね!レジルと意思疎通していた人間といったら、美しい音を奏でるアールノッテと、美しい食器を作るベーラルだけだよ。あ!あとパジルク!!……ああああああ!!」
「?!どうしました?!」
「どうした?!」
ホォリはハッとして叫ぶので俺達は、また何か厄介な話かよ?!と警戒する。
「パジルク王って、パジルクだよ!!カリス!!ほら湖の上で美しい踊りを披露していたあの青年!!パジルク!!覚えている?」
「?……おぉ、そいつも王になったのか?」
「今回、東の国々から兵や基礎薬を集めて持ってきてくれたんだ。南の門を守ってくれたよ」
「あいつ、戦えたのか……」
見る限り軟弱な男だったが……武器すら持てなそうだったぞ?
「まぁ……ちょっと、個人戦は期待できないようだったけど……」
「ラヴァル王が返却した大剣が持ち上がらなかったらしいですよ……それと、パジルク王は、王になる気はなかったけれど、ある夜、いつものように踊っていたら大きな剣が降ってきたそうです」
「…………大陸王の島に行ってもいねぇのかよ、マーカの野郎どんな仕組みを作ってやがんだ」
「おそらくレジルや大陸王と距離が近過ぎて、王と同じ素が扱える体質になってしまったのでしょう」
「……なるほど……そういや、宴の時に天からわんさか食い物を持っていって振る舞ったこともあったしな」
レドの眼差しが冷たくなる。
ホォリは『そういう事もあるんだ!』という顔になる。
「だとするとベーラルの子孫も王になっていたりするかもね」
「……多分、辺境の国とはそう遠くはない国がそれだと思いますよ」
レドがスンッとした顔で真実を告げる。
まじか……近い国にベーラルもいんのかよ。
「へ、へぇ、ベーラルも王になったの??」
可能性はあったが、まさかまじに王になったとはホォリも予想外だったようだ。
ただの変態的な鉱物オタクだったからな……王というより職人向きだろう。
「王がいるかは確実とはいえませんが、掘れば金銀宝石が出てくる土地があります。素の渦ができるほどに力を込めて作られた場所です。大陸王と地の神が長居をしていた場所だからか……あるいは、大陸王が使うための食器を作らせていたので地の神が産んだ場所だったのか、いずれにせよ、明らかに異質の山ばかりがあるのです」
「そういえば……ベーラルは、神器も作ってくれたから、天の素材も取れるようにって私とレジルが、彼のアトリエの裏庭に鉱脈を作ったかな……」
「……」
「……」
共犯とはいえ、犯人の片割れが暴露された。
レドはスンッとした顔になる。
「ホォリ、さすがに人に神器作らすのはどうかと俺も思うぞ……?」
「……そうなんだけど………この鳥棍棒も……その手があったか!!」
「!?」「?」
ホォリはとれてしまった鳥をぎゅっと掴む。
「ベーラルに直してもらえばいいんだよ!!彼の子孫ならきっと修理できると思う」
「……ご自分で直せないんですね」
レドのつこみに、ホォリは苦笑いをした。
「私は、ほら、あまり器用じゃないからね……」
その説明に、俺たちは思わず頷いてしまった。
「あ……」「ん?」「……??」「?」
その時、ふわりと素が舞った気配がした。
見れば地から金の素がはらり、はらりと舞い上がる。
それはとても小さく薄く、粉雪のように舞あがるが、途中できえてしまう。
「……魂の残滓だね……」「……黒兵のものでしょう……」
ホォリの言葉にその粒子を追う。
それは、空一面に舞い上がっていた。
魂は細かな素になり形をとどめていない。
つまり輪廻をすることができず、天に昇っても、そのまま天に止まって世界に滞留するしかない。
「……地に落ちてから夜の空をみましたか」
「?いや……」
レドは、それに視線を向けたまま、静かに言った。
「素は金に輝き夜空を照らします……大陸王の島に向かう道標を作るように……素未満のあれらですが、素の強いものに惹かれる性質があるので、きっと同じように集うことになるでしょう……そして、もし大陸王が復活し、大陸王の島が力を取り戻したなら、もしかしたら魂は再び地に戻る可能性もあります」
「………」
「………」
この光は、空に滞留し、夜には人々を照らす光となる。一つひとつは目視できないほどに儚い存在であるが……たしかに存在はあるのだ。
いつか大陸王が戻れば、大陸王の島が力を取り戻したならば、素は循環を始め……彼らが再び魂と成ることも可能だろう。
彼らは、大陸王の復活までの間、空にあり静かに眠るだけなのだ。
アールノッテは、笛をとった。
静かに、彼らのために曲を奏でる。
それは、とても優しい旋律の曲であった。
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