第2話 神の婚礼
「いやぁ!めでてぇ!!まさか奥手すぎるお前がこんなに早く所帯を持つなんてな!」
「私も驚きですが、馬が合うというのはこのようなことなのでしょうね」
「……」
メリッサ家に薬草畑を見に行って数日すごした私は帰宅する時には家族が増えていた。
数日泊まり、何かと世話を焼いてくれていた女性がいたのだが、実は彼女は女中さんではなくアレクサンドランス様の妹さんだという。
通りで美しい女性だなって思ったよ?
帰り際に彼女に『貴族令嬢が同じ部屋で数日殿方とすごしたらそれは傷物と同様の意味をもつのでもうお嫁にはいけません。どうか妾でもよいので連れて行ってください』と言われ、婚姻する事を決めた。
貴族の常識を不勉強だった私の落ち度でもあるし、彼女は薬草にも詳しく、私の薬草の話も真剣にきてくれたので彼女と夫婦になる事には否定はない。
ただ……当然のようにアレクサンドランス様が馬車に同乗してきた時に「あれ?もしかして私、やっちゃったかな?」ともちょっと不安になった。
そして、屋敷に到着すると、まるで我が家のようにアレクサンドランス様がちゃっちゃと仕切って祝言の準備を整え、その晩には、こうして家臣達も総出での大宴会が開かれることとなったのだ。
『ドラオ家当主の育て子『ホォリ』様がメリッサ侯爵家の次期当主の妹と婚姻しましたよ!おめでたいですね!』と声を大にして知らしめるにいたり、家臣達も豪華な食事と沢山のお酒に『こりゃあ、めでたい!!』『お祝い!!』みたいな歓迎一色の空気に染まった。
貴族SUGEEE!!
なんだか、知らない間にアレクサンドランス様がアウェイ感を払拭してドラオ家を完璧なる『ホーム!』と化していた。
これ、アレクサンドランス様にお家を乗っ取られたんじゃない?
飲めや歌えや、ヒャホーイ!な陽気で豪快な宴は、5日に渡って続くに至り、私はふと我に返るが、もはや領地の誰もが、なんなら領線を接する国すらも、大宴会の内容を知るほどに知らしめられていた。
そんな感じで新婚生活が始まり、住む場所はどうしようか?と改めて相談した所、彼女は屋敷の中にある薬草畑をみていたいのでこの屋敷に暮らしたいと言ってくれた。
正直、カリスと離れて暮らすことになるのは、不安だったので、これまで通りの生活ができるのは大変ありがたかった。
ただ屋敷には、厳つい人相の家臣も住んでいるので、やはり女性には恐怖かも?と思い、渡り廊下で繋がる離れを作り、家臣達が立ち入らない区域に指定した。
ただ、完成と同時に何故かアレクサンドランス様の部屋が作られており、当然に一緒に住むようになった。
まぁ、知らない人ばかりでは不安だろうしね?
少しすると、彼女が「二人でお世話ができるのだから、薬草畑をもっと広げませんか?」と提案してくれたので、私は、育ててみたかったいくつかの薬草を育てることにした。
因みに種は…………。
神器を使って創生した。
実は、アレクサンドランス様の屋敷の倉庫には神器がいくつかあり、祝言の品としていただいてきたのだ。
アレクサンドランス様曰く「かつて神から人へと押し付けられたガラクタです」だそうだ。
……。
まぁ、外れてはいない表現ではある。
素を持たない人の身では、神器は、所詮ちょっと綺麗なゴミくらいの価値しかない。
素を扱える神々か、神々の血筋、あるいは王の儀式を行った王にしか神器は扱えないものであるのだ。
『メタモルフォーゼ!』
てい!と創生の棍棒を振る。天辺についた鳥ちゃんの嘴を足元にある草にチュンッ!すると、草は、イメージした通りの薬草に変化する。
ふむ、やっぱり神器は便利だね!!
ただ、この世界の修復に素が使われているので、あまり素を使うのはよくないだろう。
武器類はともかく、素を具現化するには大量の素を消費する。
最初の一つだけ創生し、残りは自家栽培で増やすことにする。
「おい、マジかよ……凝縮した素の気配がすると思ったら神器かよ?!」
誰にも見られないように納屋で隠れて使用していたが、カリスにはやはりバレたようだ。
カリスは、私の手にした鳥棍棒を見て驚きの表情になる。
「そうなんだよ!これ、アレクサンドランス様の屋敷の倉庫にあったものでね!そうだった!!今回の婚礼品の中にカリスが使えそうな神器も貰ってきたよ?」
「……マーカの野郎、俺のものも盗んでやがったのか」
「まぁ、色々作りすぎちゃって倉庫に置きっぱなしにしていたものだしね……」
神器と大それた名がつけられたそれらは天界にあった時に神々が思いつきで作っていた便利グッズみたいなものである。
より良い改良を……と繰り返していたので、新しいものを作れば古いものは使われず……というのもままあり、倉庫には山にしまわれていた。
神には寿命がないので物は貯まる一方なのだ。
「まじか!くれ!!」
「OK!」
私は創生した薬草をスコップで掘りだし、バケツに入れて、納屋をでた。
「あ、旦那様……もしや、それが新しい薬草ですか?」
納屋を出ると丁度、私の妻がいた。彼女はバケツの中の薬草に気づいたようだ。
「そうだよ!いつか植えようと思ってとっておいたやつだよ!これを畑に植えておいてくれる?」
「勿論です!まぁ!これは、私が見たいとお願いした薬草ですか!覚えていてくれていたのですね、ありがとうございます」
「へへへ、これからも欲しいものがあったら言ってね!薬草ならある程度は手に入れられるからね!」
「ありがとうございます。頼りになる旦那様に嫁げて幸せ者です」
「私こそ、こんなに薬草に詳しくて理解がある女性を妻にできて幸せだよ」
「……」
嬉しそうい笑う妻に私も一層得意な気持ちになる。
だが、カリスは何とも言いがたし……な顔をする。
「あ、そうだ。婚礼の品に貰った神器ってどこにしまってあるのかな?」
「それなら、兄上のお部屋にありますよ。丁度今、部屋におります」
「そっか!じゃあ、ちょっと部屋に行ってくるね」
妻にバケツを預けて部屋に向かう。
「おい、ホォリ、あんまりヤベェ薬草は出現させんなよ」
「大丈夫だよ。地上の素もまだまだ足りない状態だからそんなに無茶はしないよ」
「ならいいが……」
アレクサンドランス様の部屋を訪ねると、彼は珍しく難しい顔で手紙を読んでいた。
そういえば、朝一、彼に手紙を届けにメリッサ家の家人がきていた。
「お邪魔しても大丈夫?」
ノックなしに扉を開いてしまったため今更だが確認すると彼は視線をあげて書を伏せた。
「丁度良い所に……新婚生活もつつがなく過ごしていると確認できた今、私も改めてお話ししたいことがお二人にあります」
「……」
「……」
またオズル家当主の首が欲しいって話かな?
カリスが回れ右して帰ろうとしたが、神器は?と小声できくと、ぐっと押し止まった。
「とりあえず、ホォリが貰った神器をくれ」
「では、こちらにお座りください。今、出しますので」
アレクサンドランス様の穏やかながら有無を言わさない指示に、カリスはチラリと私をみたが、とりあえず示された席に座した。
アレクサンドランス様は、寝室に入るとどこかに隠してあったのか、神器を持ってくる。
ガンッと天井に当たり、アレクサンドランス様の動きが止まった。
どうやら長すぎて天井に突っかかったようだ。
「…………察した。槍かよ」
カリスがそれをみて『外れ』じゃねぇかよ!な反応になる。
「素が通せるから不壊武器にはなるよ?」
ここは地上なので、素材だけでも貴重である。
アレクサンドランス様が何事もなかったようにそれを斜めにして持ち出し、テーブルにおいた。
身長以上あるでっかい槍である。
「洗濯物を干すくらいしか用途がないつまらぬものですがどうぞ」
「まぁ、実際に洗濯物を干してたやつがいたからある意味その用途であってるぞ」
「でも重かったから、途中でもっと細いものに交換したんだよね」
アレクサンドランス様がその言葉に微笑む。
「なるほど、元の持ち主であられたのですね、ところで、お二人はどちらの国の王であられたのですか?」
「??神だよ?」
「神だ」
「……」
アレクサンドランス様が、湯を注ぎ薬草茶を入れてくれた。
「…………なるほど……どのような経緯でこのような畜生共しかおらぬ地上に都落ちなされたのですか?」
「……畜生共って……」
「話せば長くなるからサクッというと、地上に薬草を撒く旅に出た私が神器をもった兵にやられちゃって、神を失った世界が保てなくなり崩壊し、なんとかしようと頑張ったら、天界も壊れて、神も見ての通り人間になっちゃったんだよね」
「それは、また大変でしたね」
「そうなんだよ」
「おい、今の説明をしれっと受け入れんのかよ」
カリスは疑い深いが、人間というのは本来このように素直に話を聞いてくれる者達なのだ。
私が薬草を広めるために世界を旅していた頃は、素直に薬草調合や、薬草栽培の話を聞いてくれる人たちばかりだった。
「…………所で私は神界のことはあまり存じ上げないのですが、神のご親戚に黒い猿はおりますか?」
「…………黒い猿??」
「なんだそりゃ?」
「あの天変地異の出来事の後……つい数年前に北の大陸に黒の雷が降り注いだ直後に黒い猿が現れ各地を襲っているという話があるのです」
「黒い雷……?」
「その猿は食べ物を狙っているただの野生猿じゃないの?」
「非常に統率がきいており、まるで軍隊のような一団になっていると……また狙っているのは薬草が多い土地と、王の命だそうです。厄介な事に猿が死して倒れた土地も不毛の大地となるため、王が倒れ猿の強襲から生きながらえた民も餓えで多くがなくなっているとのことです」
「……毒草と同じ効果があるのかな?……だとすれば核となっているのは素……素を扱えるといえば……神だけど……」
「………地の神かもしれねぇな……」
「え?」
私はカリスの言葉に驚き、彼をみる。
たしかに地の神はいる。
ただ、特定の姿形を取らず集合体として生きている。そのせいか彼の意識はとても薄弱であった。それに神といえど理の中にあり、地に生きる者への干渉などそう容易にできるはずもない。
「黒の雷……仮にそれが高濃度の素だとすれば説明がつく。ホォリが射られた時に吹き出した高濃度の素は地の物と混ざり黒くなっていただろう……毒草もそうだが、地のものには過ぎたる量の素を含むものが黒く染まる」
「ほう……それでいくと、黒は黄金よりも強いということですか?」
アレクサンドランス様が目を細めて思案しつつ確認してくる。
「そうなるかな……?黄金に染まっているものは素を多く溜め込んで輝いていると思うのが正しいかも?そして、器以上の素を溜めこんで器が壊れちゃったものが黒になるんだ……ただ、器自体が壊れているから、素を豊富に溜め込んでいるかどうかは物によるかな?薬草でいえば毒草は効能が弱いものが多いでしょ?それは器自体が壊れて素を溜め込まずに流してしまっているから効能が弱くなっているんだよ」
「なるほど……そういう理由なのですね……」
「で、猿の死した土地が不毛の土地になったっていうなら、高濃度の素に染まったって考えられる……だが、そもそも高濃度の素を身の内にとどめられる器ってのは神と神界の生き物、神の眷属だけだ。そして、神界の生き物ってのは鳥と鹿しかいねぇわけなんだわ」
「……つまり、猿は地の神の眷属ということですか?」
「俺はそう思うが、ホォリ、はどうだ?」
たしかに、カリスの推測は理にかなっていた。
そもそも、北の大陸に黒の雷を降り注ぐことができるとすれば、それは神の技であり、それが原因で各地で素を目印にして襲う集団が出てきたというのならば……神の尖兵と考えるのが正しいだろう。
地の神は姿こそないが、意識ははっきりとある。つまり世界の意識はたしかに、地には存在しているのだ。
だが、地上は彼にとって自らの身体のようなものだ……尖兵を作り、人々を苦しめることに何の意味があるのか……。
地の神が原因だとすれば、それは自傷行為に他ならない。
地の神にとって、地の全ての生き物は大陸王が愛した慈しむべき大事なものであるはずだ。それを自らの手で壊そうとするなど……にわかには信じがたい。
「北の大地にはリドフェがいるはずだ。何かしらねぇか聞いてみるか……」
「……リドフェ……?といえば風神様ですね」
「そうだ。死んでなければ3、4日中に連絡はつくはずだ」
カリスは立ち上がると窓をあけて鳥を呼ぶ。それから、布に近況を伺う文を書いて鳥に縛り、放った。
「……それは……鳥伝ですか?」
「リドフェ行きの文は、その辺の鳥で問題ない。あいつは風の神だから鳥達に慕われてんだよ」
「……そうなのですね、人の身ではありますが私でも可能でしょうか?」
「うぅーん、難しいかな?神器と同じで素がないと多分、鳥呼びが成功しないと思うな?」
「……それは残念です」
やってみたことがないのでわからないが、野生の鳥に触れられるくらいに普段から接近している人を見たことがないから、多分鳥伝以前に警戒されて難しいのではないかと思う。
そして、二日後、私達は思わぬ所で事情を知るのであった。
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