第12話 買い物と約束
シモンの遺体が発見されてから一夜が明けた。
捜査の網は徐々に広がりを見せ、東部一帯が物々しい雰囲気に包まれつつあった。
そんな中タンゴとラウルはいつも通りに朝食を済ませ、買い出しに出ていた。
「これとこれいくら?」
タンゴが値段を尋ねたのは保存食の干し肉とチーズ。
「干し肉は3食分で銀貨1枚だよ。チーズは1個銀貨1枚」
「じゃあ12食分を貰える?チーズも同じだけ」
「チーズもね、合わせて銀貨16枚だけどいいかい?」
「うん」
言いながら銀貨を16枚手渡す。
「まいどあり、ちょっと待ってな」
店主が紙袋に入れて手渡す。
それを受け取って次の目的地へと向かう2人。
「次は薬屋だね。昨日使った解毒ポーション補充しとかないと」
「そうだな。追加で予備も買っておくか?」
「そうしよう。他に買うものあったっけ?」
「あとはそろそろ水入れを新調したいくらいだな」
「となると雑貨屋か。うーん、距離的に薬屋行ってから雑貨屋だね」
そんな話をしながら歩いていると角から飛び出てきた人影とぶつかってしまった。
ぶつかってきた人影は体勢を崩して倒れてしまい、思わずタンゴが手を差し出す。
「わ、ごめんなさい。大丈夫?」
「大丈夫」
そう答えタンゴの手を取ったのは、綺麗な赤髪を肩甲骨辺りまで伸ばした少女。
年の頃は10代後半程だろうか。
「でも、いきなり通りに飛び出すのは危ないよ? 今みたいにぶつかっちゃうし」
「それはわざとだよ」
女性からの思わぬ返事にタンゴが聞き返す。
「わざと俺にぶつかってきたの?」
「うん。ちょっと、お話したくて」
女からの言葉に2人は悟られぬ程度に警戒体勢を取った。
「タンゴ、知り合いか?」
ラウルからの問い掛けに少し考え、答えに至る。
女にも聞こえる程度の小声で答える。
「……多分そうだね。というかラウルも知ってるんじゃないかな? とりあえず、路地に入ろうか」
その言葉に3人で女が出てきた路地から更に奥、人気のない場所まで進む。
「この辺りでいいんじゃない?ゼーレ」
「さすがだね。気付いてくれると思ったよ、タンゴ」
2人のやり取りにラウルも得心がいったと頷く。
「…こいつがあれの中身か。そういえばお前は1度会ったことがあったな。その時に女だと気付いていたのか?」
「そうだね。それに、今この街であんなことしてまで俺にわざわざ話し掛けてくるような女の子なんて、ゼーレくらいしか思い当たらなかったし」
タンゴの言葉に満足な笑顔を浮かべラウルに向き直る。
「君は、ラウルだよね。はじめまして。あの時も噂は聞いてたよ。とんでもなく強い剣士だって」
「あぁ、俺もお前の噂は聞いていた。それで、何故わざわざ俺達の前に素顔を晒して出てきた?」
ラウルのその質問にタンゴが答えた。
「目的は俺でしょ? 」
ゼーレが笑う。
「正解。ほんとなら今頃帝国にいるはずだったんだけどね。ここ数年捜しても捜しても見付からなかった相手が突然目の前に現れたんだ。当然、会いにいくよ」
「でもこんな街中でやり合ったらすぐ軍が駆け付けるよ?」
「勿論分かってる。だからこうして素顔で会いに来たんだよ。タンゴ、デートしようよ」
ラウルが割って入る。
「受ける必要がないな。こちらにメリットが無いだろう」
ゼーレはここで賭けに出る。
「メリットならあるよ。君達がここに留まる理由なんでひとつしか思い浮かばない。知りたいのは僕が盗んだ物のことでしょ? 僕に勝ったならそれを教えてもいい」
どうだ? 自分の推測が間違ってなければ乗ってくるはず。
タンゴからの返答を待つ。
タンゴ達からすれば、それはたしかに大きい。
だがそれを教えた事がバレたら、彼女の殺し屋としての信用は地に落ちるだろう。
そうなれば裏で続けていけなくなる。
最悪、消される可能性もある。
それでもその覚悟を持って目の前に表れたのだ。
タンゴを殺せなければ死ぬ。
それ程の覚悟の表れだった。
だが、タンゴが勝てば知りたい情報が手に入る可能性がある。
なら返す言葉はひとつ。
「……いいよ。やろうか」
「おい」
「あははっ! タンゴならそう言ってくれると思ってたよ! 」
「いいのか? 」
もしゼーレと戦ってそれが露呈すれば、何らかの情報を持っていると思われ、最悪拘束されるかもしれない。
それを危惧しての問い掛け。
「当然、ここまでするんだから考えがあるんでしょ」
「もちろん!」
「でも、実際どうするの? 俺達簡単には街の外出られないよ? ……まさか今すぐじゃないよね?」
「さすがに今すぐはしないよ。ちゃんと仕事着で行くし」
「ならどうするの」
「すぐにわかるよ。また連絡するね」
「そう。じゃあ俺達はこの街で待ってるよ。あんまり待たせないでね?」
「勿論。それじゃ、またね」
まるで気心の知れた友人のようなやりとりをしてゼーレは去っていった。
来た道を戻った2人は、何事も無かったかのように薬屋を目指していた。
一般的に薬屋と呼ばれるのは魔法薬──ポーションを製造、販売しているものを指す。
ポーションを制作するのはそのための資格を取得し、国に認可された魔法薬士と呼ばれる人々だ。
魔法薬とはひとくちに言っても様々なものがある。
薬屋簡単な傷を治す下級回復薬から臓器の損傷を治す上級回復薬、毒を除去する解毒薬などが存在する。
傷を治す薬草や解毒作用のあるものなどを調合し、強化魔法で効果を増幅させたものを総称して魔法薬と呼んでいる。
そのどれもが、街の外に出て仕事をする者達にとって命綱となることもある。
それ故にであるが、値段は非常に高い。
そして勿論、性能が良ければつり上がっていく。
「上級解毒3本と上級回復2本と中級回復2本全部で、大銀貨20枚ね」
「くっ、必要経費……!」
「ハハハ、こんだけ売れるのは久しぶりだよ。みんな買っていっても中級回復までだからね。上級解毒ポーションなんて買うとか、君達魔獣ハンター?」
「専業ではないですけど、狩ることもあります」
「そりゃあすごいな! この街には専業ハンターはいないからね。それも売れ残ってたんだよ」
「それは、良かったです」
「いやー、有難いよ本当に」
ハンターとは、魔獣狩りを専門とする職業である。
魔獣が落とす魔石は高値で売れるため、それを狩ることを生業とする者たちがそう呼ばれる。
「またご贔屓に〜」
店主の声を後ろにしながら2人は雑貨屋に向かう。
「おいタンゴ、あといくら残ってる」
「大銀貨10枚と銀貨50枚くらい」
「まぁ、もう暫くは持つか。あいつ次第だが」
「そうだね……。まぁ、全部必要経費だから……」
雑貨屋での買い物はラウルが新しく水入れを買うだけだったので直ぐに終わった。
値段はひとつ銀貨5枚。
ちなみに、その時の銀の相場によって変わるが、おおよそ銀貨60枚で大銀貨1枚と等価である。
いかに魔法薬というものが高価な品か分かるというものだろう。
2人はゼーレからの連絡がはやめに来てくれる事を祈りながら宿に戻るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます