狼と猫
@Kotarou1925
第1話 闇と血
静けさの中にある部屋は薄暗く、陰鬱であった。
そんな部屋の隅にある隠し小部屋に一人の男が身を隠していた。
外は強い雨にも関わらず部屋には大した音が届かない。
時折遠くで雷が落ちる音が聞こえる。
だが稲光は部屋を照らす事はなく。
その部屋にあるのは簡素な木の机と椅子。
そして本棚とそれに収められた幾ばくかの本。
この地下室へと続く階段上の戸が開き、人が部屋に入ってきた。
足音からして2人か。
そう思い恐る恐る隠し小部屋の隙間から見ると1人が灯りを持って、もう1人は剣を片手に持っているのが見て取れた。
身を隠している男はそれを見て心臓が跳ね上がるのを感じた。
それと同時に死が近づいてくる恐怖も。
自分に出来るのはどうか気付かれることなく過ぎ去ってくれと願いながら身を縮こませる事だけだった。
入ってきた2人は共に黒いローブを身に付けていた。
顔を見たが仮面を付けているようで全く見えなかった。
黒いローブに黒い仮面。
まるで死神だ、と男は思った。
それと同時に死にたくないとも。
部屋に入ってきた2人組は部屋を一通り見回してその後本棚の本を漁り始めた。
なにも本を読む、という事がしたい訳ではないようで手当り次第に本を手に取ってはパラパラとページを動かして内容をざっと確認するだけ。
一通り本棚の本を調べ終えた2人組のうちの片方がもう1人に向けて話しかけた。
「本は関係ないみたいだ。全部どこにでもあるようなものしかないね」
その声は男なのか女なのか分からない声だった。
声を聞きながらもう1人は机や椅子を触ったり動かしたりしている。
「机や椅子も何の変哲もないただの木だな。仕掛けもないようだ」
もう1人の声も男か女か分からない。
どうやらローブが姿形を、仮面が声を、それぞれ認識阻害のような魔法が掛けられた魔道具なのだろう。
裏社会で使われていると聞いた事がある。
やはり入ってきた2人組は隠し小部屋にある金庫の中身を狙ってやってきたのだ。
もう少しだ。あと数ヶ月もすればあれを持ち帰って自分は解放される。
だがこの家を突き止められた今そうも言っていられないだろう。
こいつらがここの存在に気付かず立ち去ればすぐさま帰投命令が出て自分は帰れるのだ。
それを希望に男はひたすら息を殺す。
しばらくして何も見つけられなかったと諦めたのか2人は小声で話してから階段を登って部屋から出ていった。
どうやら自分は助かったらしいと一瞬安堵したが、まだ気を抜くのははやいと自らに言い聞かせしばらく待つ事にした。
息を殺し、耳をすませてこの家の扉が開いて閉まる音を聞き、雨音とは違う外に繋がれていたであろう馬が走る音を聞いて、ようやく息を吐き出した。
そこから1時間ほど待って物音がしないことを確認してから男はようやく隠し小部屋から出ることにした。
本棚の下にある板が動き、人が1人入れる程の隙間から男は這い出した。
生きた心地がしなかった。男はそう思いながら本棚を元に戻した。
男はしばらく別の場所に身を隠す必要があると考え荷物を纏めようと金庫を左手に持って階段を登った。
部屋はがらんとしている。
誰もいない。
窓から外を確認する。
誰もいない。
扉が開く。
「こんばんは」
扉の向こうには黒いローブの人間が立っている。
そんな馬鹿な。
確かに馬が駆ける音がした。
それから1時間以上なんの物音もしなかったはずだ。
まさか待っていたのか?
俺がここにいると確信していなければ出来ないことだ。
いや、今はそんな事はどうでもいい。
ここを切り抜ける方法を考えろ。
男は必死に思考を巡らせる。
そんな男を無視するようにローブの人物から声を掛けられる。
「こっちの方が確実だったから、騙させてもらったよ。しかし我慢強いな。もっとはやく出てくると思ってたんだけど。まぁ、ここまで逃げおおせたんだからそれくらい用心深いのも納得か」
何を言っているんだこいつは。
自分は騙された?
よく考えれば、馬が駆けていく音は聞いたが実際に馬に乗ってローブの人間2人が出て行くのを見たわけではない。
最初から走り去ったのは一人だけだったということか。
死の恐怖から解放されて気が緩んでいたのだろう。
本来なら気付くことに気付けなかった。
完全なミスだ。
だがここでこれを奪われるわけにはいかない。
目の前の敵を排除すれば全て同じことだ。
何の問題も無い。
そう思考を切り替え、男は自らの腰にある魔法の触媒でもあるナイフに手を伸ばした。
だが、それを手に取ることが出来なかった。
何故?そう思って男が見ると自らの手首から先が地面に落ちていた。
「はっ?…あ、があぁぁぁ!!!!」
思わず自分の手を抑えて声をあげる。
噴き出す血によって床には赤い水溜まりが出来始めていた。
音もなく気付いたら自分の手が切断されていた。
目に映るこのローブの人物は手ぶらだ。
触媒も手にしていない。
触媒を使わない程の魔法士か?
いや、魔法の発動には予兆がある。
魔法でないならなんだというのだ。
少なくとも相手はこちらには分からない何かで攻撃してきている。
男は自らの状況が最悪なことを悟る。
「悪いけど、付き合ってやる程こっちも暇じゃないんだ」
仮面のせいで性別も年齢も分からないがそれでも底冷えするような声が頭上から聞こえる。
せめて、せめてこいつは殺さなければ。
そう考えて暴発でもなんでもいい、一か八か、触媒無しで魔法を使おうとした。
魔力の起こりが走り─────
男の視線は天井を見ていた。
魔法は発動していない。
男がすこし目を動かすと自分の胴体が見えた。
頭の無くなった胴体が。
そこから噴き上げる自らの血が。
男が見た最後の光景がそれだった。
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