第12話 重いからどいて、灰まみれ #5-2

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清潔で整った施設であるはずの試験会場の内部は、意外にも雑然としていた。蛍光石でできた壁は光を吸い込みながら点滅し、壇上は階段のように連なっている。


誰かはつま先を打ち鳴らし、また誰かは拳をぎゅっと握りしめていた。

中央には魔法陣が揺れており、ここが「試験」だということを除けば、ほとんど展示会のようだった。


魔法球が空中を漂い、名もなきクリーチャーがバリアの中でふわふわと浮いていた。大気中の魔力が不安定なせいか、生徒たちのローブの裾がかすかに揺れている。


それぞれ魔法使いの衣を纏った生徒たちが、緊張した面持ちで立ち尽くしていた。まさに「待機中」の状態。

この場所がまもなく試験の戦場となるという暗黙の予兆だった。


私は埃まみれで、身だしなみも整っていないまま、この「不安定な風景」の中に混じっていた。


誰も声をかけてこなかったが、無視もされなかった。正確に言えば、皆が私をちらちらと盗み見していた。


その時だった。


「ねぇ、もしかして……本当に推薦状を持ってきたの?」


さっき私がクッションのように潰してしまった黒髪のボサボサ頭が聞いてきた。

声は小さいが、語尾ははっきりしていた。


「あたし、たぶん。」


私は短く答えた。無駄な感情を込める余裕はなかった。それよりも目に留まったものがあった。


壇上の端から誰かが歩いてきた。ひげを何とか抑え込んだ監督官。その視線は、私の頭上に突き刺さっていた。


「……ええと、受験番号は何番かな?」


「……ありませんけど。」


監督官が一瞬言葉を失った。彼は後ろを振り返った。そこには書類を持ったスタッフが数人いて、ひそひそと話し始めた。


「……ない。」

「そんな受験生はいない。」

「名前もない。」

「推薦状だって……?そんなの書類にないよ。」


スノハはじっと立っていた。古びた服と煤けた灰まみれの少女の頭上には、まだ消えていない花火の文字と残骸がふわふわと浮かんでいた。


「ちょっと待ってて……確認してみる。」


監督官がスタッフの方へ戻っていく。彼の背中からは「困ったなあ」という気配がにじみ出ていた。


スノハは最も派手な演出を巻き起こした張本人だったが、同時に最も静かに孤立していた。

自分を取り巻くざわめきの中、どこからか打ち上がる花火の音。目が合うとそらす視線たち。


そしてその中心に、スノハはみすぼらしくいた。


私は目を逸らしたまま、そっと服を払った。まるで雨に打たれたかのように髪は濡れており、膝には乾いた泥がこびりついていた。


だが、その頭上には一枚の上等な紙が。

マダムの紋章が、紫のインクと金色で優美に浮かび上がっていた。

一目で本物だと分かった。


スノハは無言で手を伸ばし、それを広げた。


「……それ、本当に……マダムの?」


かすれるような声の質問だった。ボサボサ頭が問いかけてきた。


近くにいた数人の生徒がそっと顔を向けた。

私は紙をわずかに傾けた。インクが光を反射した。


そしてその下に書かれていた彼女の名前は……これが名前なの?と思ったが、口には出さなかった。


小さいながらも圧のある字体で刻まれていた。


マダム。


その一文字で、すべては充分だった。


「……うん。」


その短い一音で、空気が一気に静まった。


遠くで誰かが口を押さえ、また別の誰かが瞬きをした。息づかいが減り、紙の上でかすかな光がまたたいた。


「じゃあ……その方が、直接……推薦状を?」


「うん。」


再び問われても、返ってくるのは同じ短い音。

周囲のぎこちない沈黙は、さらに濃くなった。


私は視線を向けなかった。誰がどんな顔をしていようと、どんな目を向けていようと、私にはあまり関係がない。興味がなかった。

それは高慢でも不遜でもなく、ただただ、疲れていただけだった。


「……うわっ、校長?!」


遠くから誰かが叫んだ。その瞬間、無数の首が一斉に振り向いた。


スノハは顔を上げなかった。


一方、アゼル——黒髪のその少年の背筋には冷や汗が流れていた。


スノハは相変わらず薄汚れてボロボロだった。泥のついた膝、濡れた髪、整っていないシャツの裾。明るい照明の下ではさらにみすぼらしく見えたことだろう。


だが、その手に握られた一枚の紙が、すべての空気を一変させた。


その名前をわざわざ口にせず「その方」と呼ばれる存在なら、ここにいる誰もがその人物を知っているということ。そして、その名前を偽るというのは——


「……こんなときに、マダムの推薦状が二枚出るなんて?」


監督官が仰天した顔で言った。


「二枚?」


スノハが興味深そうに顔を上げた。


監督官はアゼルの方を向いた。


「……君、その推薦状。ホンモノか?」


アゼルが顔を上げた。髪の隙間から金色の瞳が光った。


「……正確に言えば、直接いただいたわけではありません。」


「……じゃあ、どこで手に入れた?」


「……書類を整理していたマダムが忙しい隙に、そっと……名前を……書きました。」


「……君が?」


「……はい、私がです。」


長い沈黙が流れた。アゼルの冷や汗が頬を伝って落ちた。


「……それ、泥棒だよね。」


「……すみません。」


アゼルの推薦状は偽物だった。


「正確には、偽造じゃないんですけどね……」


「マダム、見てましたから。」


「……じゃあ、本物じゃないってこと?」


スノハが静かに言った。


「……基本的な倫理観が欠けてるね。」


アゼルは少し顔を背けて、ささやいた。


「でも……僕も、生き延びなきゃいけなかったんだ。」


監督官たちの間に、低い緊張が走り始めた。


「校長先生に報告すべきですね。」


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