追放された悪役令嬢、静かに暮らしたいのにヒロイン(偽聖女)のせいで世界がホラー化してた件
藤宮かすみ
序章『偽りの断罪劇、あるいは幕開けの絶望』
玉座の間に集った貴族たちの視線が、刃のように突き刺さる。
磨き上げられた大理石の床がシャンデリアの光を反射し、私の惨めな姿を隅々まで照らし出しているかのようだ。
「エリアーナ・ヴァロワ! 貴様の罪、もはや許しがたい!」
正面に立つ婚約者、セオドア・アステリア王太子の声が朗々と響き渡る。
その隣には、今にも泣き出しそうな顔で寄り添う可憐な少女――この物語のヒロイン、リリアがいた。
セオドアは、庇護欲を掻き立てるその小さな肩を優しく抱いている。
(ああ、始まった)
内心で、私は静かにため息をついた。
この光景は、前世でプレイした乙女ゲーム『永遠の愛の鐘が鳴る時』のメインイベント、悪役令嬢エリアーナの断罪シーンそのものだ。
プライドが高く、平民上がりのヒロインをいじめ抜いた結果、王太子に婚約を破棄され、国外追放を言い渡される。そういう筋書きだ。
日本の会社員だった私が交通事故で命を落とし、このエリアーナに転生していると気づいたのは、まだ幼い頃だった。
それからというもの、この日をどれだけ待ちわびたことか。
シナリオに逆らって破滅フラグを回避するなんて面倒なことはしない。
ただ、この窮屈な公爵令嬢の座と、好きでもない王太子妃の座から解放されたかった。
「聖女であるリリア嬢に対し、嫉妬心から数々の嫌がらせを行い、その心を深く傷つけた! その罪、万死に値する!」
万死に値する、ねえ。
私がしたことと言えば、リリアのお茶会にわざと遅れていくとか、ドレスの趣味を少しだけ馬鹿にするとか、その程度の子供じみた意地悪だけだ。
ゲームのシナリオ上はもっと過激なことをしていたはずだが、面倒だったので全て省略した。
それでも物語の強制力というのはたいしたもので、リリアが勝手に階段から落ちて「エリアーナ様に押された」と泣き、セオドアがそれを鵜呑みにした。
結果は同じだ。
周囲の貴族たちが口々に私を非難する。
「公爵令嬢の風上にも置けぬ」
「聖女様になんてことを」
――その声は、異様なほどの熱を帯びていた。まるで狂信者の集会だ。
私は努めて冷静に、しかし内心の安堵を隠しながらセオドアを見つめた。
その時、ふと違和感を覚える。
セオドアの瞳。美しい空色のはずの瞳が、不自然なほど爛々と輝いている。
リリアへの愛と、私への憎悪。それは分かる。
だが、その奥に宿る光は、まるで人間のものではないような、底なしの狂気を感じさせた。
群衆もそうだ。誰もがリリアに陶酔し、私への憎悪で心を一つにしている。
その一体感は健全な義憤とはどこか異なり、もっと粘着質で不気味なものだった。
「よって、私セオドア・アステリアは、エリアーナ・ヴァロワとの婚約を、これをもって破棄する! そして貴様には、ヴァロワ公爵家辺境領への永久追放を命じる!」
――来た!
これでやっと自由になれる。田舎でスローライフだ。
心の底から湧き上がる歓喜を抑え、私は淑女の礼を取る。
「謹んで、お受けいたします」
その瞬間。
ぞわり、と首筋を冷たい何かが舐めるような悪寒が背骨を走り抜けた。
見れば、セオドアの腕の中でか弱く震えていたはずのリリアが、ほんの一瞬、私を見て唇の端を吊り上げたように見えた。
それはすぐにいつもの怯えた表情に戻ったが、私が見た幻ではなかったはずだ。
何かがおかしい。
ゲームのシナリオ通りのはずなのに、何かが、決定的にずれている。
これは、ただの断罪イベントじゃない。
これから始まる、もっと深く暗い何かの、ほんの始まりに過ぎない。
広間から引きずり出される私の耳に、貴族たちの歓声とリリアを讃える声が、まるで遠い世界の響きのように聞こえていた。
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