第25話 料理人、また戻ってきてしまった
「まさかまたここに来るとはね……」
「俺は別に気にしないけどな」
『オイラも!』
キッチンカーの修復を待っている間、俺たちは泊まる宿を探した。
ただ、どこも空いている部屋はなく、気づいたらこの間泊まった宿屋に戻ってくることになった。
白玉がいるのは知っているから、交渉しなくても済んだが、なぜか俺は女将に手を強く握られて応援された。
「〝体を大事にしなよ〟って言われたけど、蹴ってくるのはゼルフだからな……」
そもそもゼルフと白玉が静かに寝てくれれば問題はない。
俺はただ静かに寝ているだけだからな。
「ハルト、腹減った」
『オイラもこのままじゃ、骨だけになるぞ!』
キッチンカーを壊した張本人たちがご飯をねだってきた。
ただ、こいつらは飲食店で食べられないからな……。
「ちょっと下に行ってくる」
俺は女将にキッチンが借りられないか聞いてくることにした。
一応、誰もいなかったが食事処に使っていたと思われるテーブルは見かけた。
元々キッチンはあったのだろう。
「すみません、少しいいですか?」
「どうしたんだい? 縄でももらいにきたのかい?」
「縄……ですか?」
なぜか女将は嬉しそうに俺に縄を渡してきた。
一体、何に使わせるつもりで渡してきたのだろうか。
「あら、違ったのね」
そう言って、すぐに縄は取られてしまった。
ひょっとしたら寝相が悪いゼルフを縛るのに貸してくれたのか?
それなら配慮に気づかなかった俺が悪いな。
「キッチンを借りることはできますか?」
「キッチンかい? あまり使ってはないけど……」
女将は後ろを振り返った。
奥の方に大きめのキッチンがあるのが目に見えた。
「すみません。うちの奴らがどうしても俺のじゃないと無理で……」
「まぁ、そういうこともあるわよ」
すごく理解のある女将で助かった。
誰もいない時ならキッチンを借りても良いと教えてくれた。
少しだけ追加でお金を払うと、ニコニコしていたから問題はないだろう。
だが、再び〝体を大事にしなよ〟と言われてしまった。
そんなに俺って不健康そうに見えるのだろうか。
今は社畜から解放されたから、顔色はいいはずなんだけどな……。
俺が部屋に戻ると、ゼルフと白玉は深刻そうな顔で待っていた。
「どうだ? キッチンは借りられたか?」
『オイラ、鶏ガラスープになっちゃうぞ……』
この際、ちゃんと反省してもらおうと思い、俺も絶望感を演出する。
「そうか……」
『オイラを美味しく食べてくれ……』
あまりにも落ち込むため、どこか可哀想に思えてきた。
白玉なんて死ぬなら食材にしてくれと言うぐらいだからな。
「くくく、キッチンは借りられたぞ」
「なっ!?」
『クゥエ!?』
一瞬にして表情が切り替わる。
淀んだ空気が一瞬で澄み渡り、まるで少女漫画のワンシーンのようにキラキラしていた。
もう瞳が潤んで別人かと思うほどだ。
「だけど問題が一つある!」
「問題?」
『何がだめなの?』
俺は手を広げた。
「材料が何もないんだ」
「『……』」
キラキラした空気感が一瞬にして地獄に戻った。
それもそのはず。
ゼルフと白玉はキッチンカーにある材料だから、美味しいご飯ができていると思っている。
だが、俺は街を散策して色んなものに触れてきた。
この街には肉や野菜、スパイスは多種類あり、むしろ材料は思っている以上に売っていた。
「せっかくだから異世界の食材で作ってみたいからな。ほら、買い物にいくぞ!」
「はーい」
『クゥエー』
荷物持ちとして、ゼルフと白玉を連れ出し、俺たちは買い出しに行くことにした。
乗る気のないゼルフと白玉はトボトボと付いてくる。
「それで何を作る気なんだ?」
「スパイスカレーを作ろうと思ってね」
「『スパイスカレー?』」
俺たちが最初に向かったのはスパイス店だ。
香辛料の匂いがした時に、すぐに思いついたのがカレーだった。
キッチンカーでもカレーの販売って王道だけど、スパイスを持ってきてなかったから諦めていた。
「さっきスパイス店に寄ってきたんだが、この町には宝物がいっぱいあるぞ」
ハーブのような看板のスパイス店に入ると、ゼルフと白玉は興味深そうに見ていた。
「すごいたくさんのスパイスが置いてあるだろ?」
「ハルトの言うスパイス店って錬金術店のことだったのか」
「錬金術店……?」
あまりに聞いたことのない単語に俺は首を傾げる。
「ああ、ここに置いてあるのは錬金術でよく使う材料だな」
「ははは、兄ちゃんはわしの店がなんだと思ったんだい?」
スパイス店……いや、錬金術店の店主は笑っていた。
「スパイスが欲しくて……」
「ほぉ、錬金術の材料をスパイスって知ってるのに、肝心なことは知らなかったのか」
どうやら錬金術は魔法の実験や研究に使われることが多く、普通は料理に使われることが少ないらしい。
この街では健康のために錬金術を取り入れており、スパイスをたくさん使っている。
少しローブのような怪しげな服を着ていたのが気になっていたが、話を聞いていて納得ができた。
「それで何が欲しいのかな?」
「えーっと……」
俺はスパイスをいくつか伝えていく。
過去にスパイスカレーを作ったことはあるが、絶対に必要なものは三種類。
――クミン、コリアンダー、ターメリック
この三種類に辛味が欲しければ、チリパウダーやカイエンペッパーを加えると美味しいスパイスカレーができる。
「変わった組み合わせだな。ちょっと待っててくれ」
そう言って、店主はスパイスを用意しに行った。
「本当に美味しいものができるのか?」
『オイラも心配だぞ』
怪しげな表情で俺を見つめてくる。
「ひひひひ」
ゼルフと白玉が驚いた表情になるのが楽しみだ。
そんなことを思っていると、ついつい笑いが溢れ出てくる。
「まるで錬金術師だな」
どうやら今の俺は錬金術師に見えるようだ。
スパイスカレーも一種の錬金術みたいだからな。
「ほら、兄ちゃん! たくさん用意しておいたぞ」
「ありがとうございます!」
スパイスは一部粉末に砕いてもらい、紙に包んでもらった。
料理にスパイスを取り入れている街だからこそ、たくさんの量を買うことができる。
今後もしばらくは通うことになりそうだ。
その後も必要な材料をいくつか買って、宿屋に戻ることにした。
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